42、
カーテンの隙間から、柔らかな朝の光がこぼれ落ちる。
その穏やかな眩しさに瞼を開けると、寝具の温もりが心地よくて、俺はつい寝返りを打った。
──その瞬間、ぬくもりに触れた腕がぴくりと反応する。
目を見開いた先にあったのは、静かに眠るキースの顔だった。
「──っ……!」
思わず声が漏れそうになり、慌てて手で口を塞ぐ。
心臓の鼓動が早まる。どくん、と高鳴る音が、耳の奥でやけに大きく響いた。
……そうだ、俺は──キースと……。
昨夜の記憶が堰を切ったように脳裏に流れ込む。
熱を孕んだ唇、触れるたび震えた肌、重なった呼吸──
そのすべてが、決して嫌ではなかったという事実が、胸の奥に静かに残っている。
こうして隣で眠るのは、初めてじゃない。
子供の頃、嵐の夜にはキースが俺のベッドに来てくれたこともあったし、怖くて彼の寝床に潜り込んだこともあった。
けれど、今は──違う。全く、違う。
これは、兄弟としてのぬくもりじゃない。
俺は寝息を立てるキースの横顔を見つめながら、そっと息を吐いた。
穏やかで、どこまでも優しいその表情は、昔と変わらない。
けれど今は、その顔に頬を寄せたいと思う気持ちが、胸の奥から湧き上がってくる。
「……男とか、無理だと思ってたんだけどなぁ……」
ぽつりと漏れた独り言は、自嘲でも後悔でもない。
ただ、気づいてしまった。
湧き上がる想いは昨日よりも少しだけ深くて、もはや性別という枠組みなど、俺の感情には関係ないのだと。
──これは、心の問題だったんだ。
そう思った瞬間、胸の奥に積もっていた重たい霧が少しだけ晴れた気がした。
俺は伸ばした指で、キースの髪をそっと撫でる。
そのとき、扉の向こうから控えめなノックが響いた。
振り返ると、そっと顔を覗かせたのはアンだった。
俺と目が合うと、彼女は唇をかすかに動かし、「リアム様」とだけ無音で呼びかけてくる。
──どうやら、俺だけに用があるらしい。
キースを起こさぬよう注意深くベッドを抜け出し、廊下へ出る。
アンは低く抑えた声で、薄いクリーム色の封筒を差し出してきた。
「……申し訳ありません、リアム様。火急にお渡ししたいものがありまして」
「……誰から?」
「レジナルド王太子殿下からでございます」
その名を聞いた瞬間、胸に残っていた余韻が一気に緊張に呑まれた。
──ディマスの件、か。
受け取った封筒には、王家の紋章が刻まれている。
慎重に封を切ると、中には簡潔な文面が並んでいた。
『今夜、他の誰にも知らせず王城の東の塔へ来てほしい。君と二人で話したい。迎えの馬車はこちらで用意する』
……なぜ、秘密裏に?
文面には理由は明かされていない。けれど、この手紙が王家の名である以上、王族を騙るような行為とは考えにくい。
ならば、これは本当に──ただ事ではない。
「……何か……」
「リアム様?ご気分でも?」
小さく漏れた俺の呟きに、アンが心配そうに眉を寄せる。
彼女に見せるべきではない、と咄嗟に笑顔を作った。
「ううん、今度またお茶会をするから来てほしいって」
「まあ……それは素敵ですね」
アンは柔らかな笑みを浮かべ、礼儀正しく一礼して廊下の向こうへと戻っていった。
俺はゆっくりと扉を開き、部屋に戻る。
ベッドの上では、まだキースが静かに眠っている。
──このことを、彼に話すべきか。
胸の奥が揺れる。
でも、すべてをキースに委ねてしまっていいのだろうか。
何も知らず、何もせず、ただ守られるだけで……俺は、キースの隣に立てるだろうか。
「……少しでも、力になりたい」
自分に言い聞かせるように呟いた声は、誰にも届かずに部屋の空気に溶けた。
そして、俺はその夜──
誰にも告げず、王城へ向かうことを、選んだ。
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