3、
「えっと……? ええっと……?」
俺の視線の先にいるのは──間違いなく、ノエルだった。
まさかの仁王立ち登場。人って、本当に予想外のことが起きると、声出なくなるんだな……。
セオドアも言葉を失って隣で固まっていた。
当然、教室中の視線がこちらに集中している。俺の困惑メーターはすでにレッドゾーンを振り切っている。
……いやいや、ちょっと待て、どうしてこうなった。
脳内ではパニックの嵐が吹き荒れていたが、何も言わずにいれば“無視”と受け取られかねない。
それで険悪なムードになって断罪ポイントが加算されるなんて、まっぴらごめんだ。
俺は見上げたまま、顔の筋肉を総動員して笑顔を作った。
「ええっと……ノエル君、だよね? どうかしたのかな?」
高慢に見えないよう、声色を丁寧に調整しながら問いかけると──
「えっ、声可愛い……! リアきゅんの声カワユス……!」
……え?
両手で口元を押さえ、ノエルが瞳を輝かせてこちらを見つめている。
“リアきゅん”? 俺のことか? その発言、どこか懐かしいオタクの気配を感じるんだけど……。
「え、あの、えっと……?」
さすがに面食らって言葉を詰まらせる俺に、ノエルは「あっ」と小さく叫んで我に返った。
「ああもう、ごめんね! ちょっと話したいことがあって……!」
「話したいこと……?」
「うん。君、リアム・デリカート君だよね? ……でも……」
ノエルは急に迷ったように、ぶつぶつと何かを呟きはじめた。
あれ? どうして俺の名前を……?
リアムは平民出身で、力に目覚めた後、子爵家の養子になった──という設定。
社交界で顔が知られるほどではないし、俺自身ノエルと会うのは今日が初めてのはずだ。
……ってことは、まさか。
このノエル……俺と同じ、“転生者”の可能性がある?
だとしたら、軽率にそのことに触れるのは非常に危険だ。
元の世界を知っている彼が、もし「ゲーム通りの展開に戻そう」とする人物だったら──俺の雌堕ちフラグがフルコンボで立ち上がる。
「とりあえず、急ぎじゃないなら後日でもいいかな? クラスメイトだし、また話す機会はあると思うし。改めて……リアム・デリカートだよ」
無難な距離感と社交辞令。この場ではそれが最善と判断し、俺は立ち上がって手を差し出す。
ノエルは少し考えるように眉を寄せたが、すぐに表情を明るく戻し、俺の手を握った。
「うん、そうだね。ノエル・フィーネです。よろしくね、リアム君!」
軽く握手の後、隣のセオドアも立ち上がる。
「俺も自己紹介しとくよ。セオドア・アレグレット。リアムとは昔からの仲なんだ、よろしくな」
セオドアが手を差し出すと、ノエルは一瞬手を見つめ、それから俺の手を離してセオの手を取った。
二人が並ぶと、なんというか──絵になる。
このゲーム、どこを切り取っても美男美女しか出てこないの、ほんと規格外。
「ノエルでいいよ。私も、セオドアとリアムって呼んでもいい?」
俺とセオは顔を見合わせ、それからノエルを見て、微笑んで頷いた。
こうして見た目にも明るい会話が成立していれば、周囲から“虐めの兆候”には見えない……はず。
少なくとも、ゲームの“初対面で罵倒イベント”は回避した。
「はい、皆さん。席についてください」
そのタイミングで、黒板の前から女性教師の声が響く。
黒ローブ姿の彼女は、いつの間にか教室に入っていたらしい。
俺たちは軽く会釈をして席に戻る。
ノエルは去り際に小さく「またね」と呟いた──が。
……お願い、もう“またね”はナシでいこう。な?
✦✦✦
その後、授業説明や書類配布などを経て、本日のスケジュールはすべて終了となった。
鞄をまとめていると、セオドアが顔を寄せてくる。
「俺、この後クラブ見てくつもりだけど……リアは?」
クラブ、すなわち部活。王立だけあって種類は豊富で、運動から文化までよりどりみどり。
入学式のときに「見学期間が設けられている」と生徒会長が言っていたのを思い出す。
前世からしてインドア派の俺は、運動部に入るつもりなど毛頭なく、文化系にするつもりだった──が。
ふと目を上げると、ノエルと目が合ってしまった。
にこっと、あの笑顔。
そのまま鞄を持ち直し、まっすぐ俺の方に──
ヤバいッ!!!
「えっ、あ、うん! 僕さ、先生に呼ばれてて! 行かなきゃ!! セオ、また明日ね!!」
鞄を持ったまま、ほぼ反射で立ち上がり、足早に教室を出る。
三十六計逃げるに如かず!
背後でセオとノエルの声が聞こえたような気もしたが、聞かなかったことにして、俺は手だけ振って全力で逃走した。
✦✦✦
──というわけで、現在俺は校内を絶賛迷走中である。
学園の敷地、広すぎる。
妹の設定資料集にマップはあったけど、部分的だったし、記憶も曖昧で役に立たない。
しかも、時々──ちらちらと桃色の髪が視界の端に入る。
……確定じゃないけど、絶対ノエルだよなアレ!?
追われてる、俺!!?
なんなんだよこの鬼ごっこ……!
逃げ場を探して目を走らせていたとき、ふと視界に入ったのは“図書館”のネームプレート。
中から本を持って出てくる生徒が数人いる。出入口はどうやら複数あるらしい。
よし……中で攪乱できるかもしれない。
俺はできるだけ平静を装いつつ、図書館へと滑り込んだ。
司書に軽く会釈して中に入る。
想像以上に広い。天井まで続く本棚、窓辺の読書スペース、ひっそりとした空気──。
人影に紛れながら奥へ進んでいくと、本棚の影から……見えた。
ノエルの姿。
やっぱり追ってきてた!!
物音を立てぬように気をつけながら、俺はノエルとは逆の方向へ。
気づけば、周囲に人気はなくなっていた。ようやく、気配も完全に消える。
「……どんだけ広いんだ、ここ……」
独り言のつもりだった。
けれど──返ってきた。
「──八百万冊。」
背後から、静かな声。
カーテンの隙間から差し込む光の中、音もなく姿を現したのは──
金色の髪に、宝石のような瞳をもつ青年だった。
まるで後光を背負ったかのような気配に、俺は思わず息をのんだ。
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