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34、

「その手を離せ! お前たちにリアムを傷つける権利はない!」


鋭く、響き渡るような威厳の声が空間を割った。

男たちの手が一瞬止まり、刃物を握っていた手が宙で凍りつく。

俺がその声の方へと目をやると、そこにはレジナルドが護衛を引き連れ、堂々と立っていた。

暗がりの中でも彼の姿は一際鮮やかで、逃げ場のない絶望に差し込む光そのもののようだった。


「……くそっ、まずい、逃げろ!」


暴漢たちが怯んで動揺し、ばらばらに立ち上がる。

レジナルドの護衛たちがその後をすぐさま追っていった。


――助かった。


張り詰めていたものが切れたように、息が一気に吐き出された。

震える手足、まともに支えられない体。これまでで最も極限に近い恐怖だった。

レジナルドが俺の傍まで駆け寄り、手際よく縄を解きながら、そっと言った。


「よく頑張った。もう大丈夫だ、リアム」


その声は穏やかで、酷く優しい。

脱ぎかけていた自分の上着を肩へかけてくれる動きも、まるで壊れ物に触れるようだった。


「……ありがとうございます、レジナルド先輩……」


なんとか声を整えようとしたけれど、震えは隠しきれなかった。

声が、涙にかき消されていく。

レジナルドは何も言わず、ただ静かに背中を撫でてくれていた。



隠された回廊の奥、ひと気のない部屋の中。

魔法によって気配を消しながら、ディマスは窓の隙間からその一部始終を見ていた。


歯ぎしりが、狭い空間に微かに響く。


(どうして……どうしてリアムなんだ……)


レジナルドが向けた視線。声色。仕草。

どれをとっても、あれはただの同級生に向けるそれではなかった。

そして、自分には一度たりとも見せたことのない――柔らかく、あたたかな表情だった。


(私は……私は、王太子妃に相応しいのに……!)


嫉妬は怒りへと変わり、怒りはじくじくと胸を焼く妄執へと変わる。

それでも、今は冷静でなければならない。


ディマスは手早く魔法を使い、男たちの痕跡を消しにかかった。

依頼人の存在が悟られぬよう、証言を撹乱する魔法も同時に施す。

徹底的に、計画的に。冷徹さは彼の本領だ。


(リアム……お前だけは、必ず……)


誰にも聞かれぬその空間で、ディマスの黒い執念はさらに深く――そして冷たく、形を成していった。



馬車の中は静かだった。

豪奢な内装も、今はただの箱にしか見えない。

レジナルドが隣でそっと俺の肩を支えてくれていた。


「……君は昔から、どんな時も、芯が強いね」


笑みを浮かべて言われても、今の俺は震えて情けない有様だ。


「そ、そんなことないです……。今だって……」


か細い声で返しながら、少しだけ顔を上げる。

レジナルドはどこか懐かしむように、優しく微笑んでいた。


「昔、庭で犬に追いかけられて泣いていた私を助けてくれた子がいたんだ。……銀と水色が混じったような髪の、碧の瞳をした子だった」


それは──


「……リアム、君だよ」


俺の背に添えられていた手が、そっと頭を撫でてくる。

その手の温度が、じわりと胸に染みる。


「君が学園に入ってくるのを、ずっと待っていた」


それがレジナルドの“本気”なのだろう。

だからこそ、彼の言葉には翳りがなく、冗談の色もない。

……けれど俺は、“リアム”じゃない。


それを、言えるわけもない。


「失礼いたします。王太子殿下、暴漢たちは全員捕らえましたが、背後に他の指示者がいる可能性があります」


場所の扉の向こうから、護衛がそう伝えてきた。

レジナルドはその場から手を伸ばして、馬車の扉を開いた。


「だいたいの察しはついているのだが……痕跡は?」

「それが、まるでないのです。暴漢たちも依頼主を見ているはずなのですが……証言がどれもばらばらで」

「なるほどね……手ごわいものだな」

「もう一つご報告がございまして」

「どうした?」

「デリカート侯爵家からお迎えが参っております」


え、うちから⁈

だいぶん早くないだろうか。レジナルドが伝えてくれたのか……?

レジナルドは、ふ、と笑い声を漏らす。


「なるほど。伝達もなしにこの早さか……私と一緒のことをしていたようだね。一歩私が早かったようだけど」

「え……?」


俺はレジナルドの言葉に首を傾げた。

そういえば、レジナルドはどうしてこの場所が分かったのだろうか?


「君にね、密偵をつけていたんだよ」


俺の疑問を読み取ってか、レジナルドは穏やかな声でそう告げた。


「少し危ないと感じてね。君が誘拐される前から、彼の人にはちょっと尋常でない雰囲気があったからね」


レジナルドの視線はどこか鋭さを帯びていて、普段の柔らかい笑みとはまるで違う、王太子としての冷静さが滲んでいた。ディマスと目星がついているようではあるが、その名を呼ばないことにも王太子としての配慮が窺える。

……密偵なんてつけられていたなんて知らなかった……それは俺が気づかないほど徹底していたということだろう。


「どうやら君の家も……いや、キースだろうな。つけていたんだろうね」

「兄様が……?」


そう呟いた時、扉の向こうからキースが現れた。

あのいつもの穏やかな笑顔を浮かべて──だが、その目は明らかに笑っておらず気迫が宿っていた。 その後はキースに連れられて、侯爵家へと戻った。

こうして、一連の誘拐騒ぎは幕を下ろしたわけだが……。

……だけど、胸の奥がざわついている。この違和感はなんだろう。どうにもすっきりとしない気分だった。


読んでいただいてありがとうございます!

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