33、
目を開けると、そこは薄暗い空間だった。見覚えのない天井。ひんやりとした空気。
頭の奥が重たく、鈍い痛みがじわりと広がる。魔法の反動か、あるいはどこかに頭をぶつけたのか……定かではない。
背中に感じるのは、冷たく硬い感触――石の床だ。手足は後ろ手に縛られ、動かそうにもびくともしない。
……俺は、誘拐されたのだ。
馬車に乗った、あの瞬間。あれ以降の記憶が途切れていることを考えれば間違いない。
誰が、という問いには、答えが一人しか浮かばない。
ディマスだ。
考えたくもないが、俺は今、まさにゲームで見たあの最悪のルートに入りかけている。
見慣れた、どこかで既視感のあるこの流れ。プレイヤーの目で知っているからこそ、これがただの嫌がらせで終わらないことはわかる。
「ようやくお目覚めか?」
「おい、このガキ、どうするんだ?」
「さあな。命まではいらねぇ、穢してやれって話だったが」
右手の方から、男たちの声が聞こえる。三人……いや、気配からしてそれ以上はいないようだ。
そのうちの一人が放った「穢す」という言葉に、心臓がひどく脈打った。
それは、ただの暴力じゃない。俺がゲームで知っている、“あの”エンド……。
「……くそ」
俺は男たちを睨みつけた。だが、何の意味もない。睨みで助かるなら、苦労はしない。
――待て。魔法がある。
詠唱さえできれば、拘束されていても発動は可能なはずだ。
俺は声にならぬよう唇を動かし、小声で詠唱を始めかけた、そのとき。
「魔法能力は高いと聞いている。口も封じておけ」
冷たい声が場を裂く。続いて、足音がひびく。硬い床に響く、規則的な音。
それはどこか、無機質で、氷のように冷たかった。
「そりゃ危ないな」
男の一人が布を持って近づいてくる。
俺は身を捩って抵抗したが、縛られた身体では到底振りほどけない。
すぐに口を塞がれ、息がこもった。
「はは! いい恰好じゃねぇか、リアム・デリカート」
その声に目を向けると、ディマスがいた。
どこか得意げに、余裕たっぷりに俺を見下ろしている。
「蠅のような貴様には、その姿がよく似合う。いや、ウジ虫と呼ぶべきか」
眉をわずかに上げて、満足げに笑っていた。
きっと、こいつにとって俺は“排除すべき障害”で、今日ここで行われることは“粛清”の一つに過ぎないのだろう。
ふざけるなよ……。
「王妃に必要なのは、まず純潔だ。王の神聖な子を宿す器としてな」
その口ぶりは、あくまでも理屈として俺を否定していた。だが、その先の言葉は、ただの私怨に満ちていた。
「今からお前は、その資格を――失うことになる」
低く笑ったディマスは、暴漢たちに手を振る。
「好きにしろ。……孕ませても構わん」
笑い声が、石壁に反響する。
ぞっとするようなその音に、背筋が粟立った。
男たちは俺の周囲に散らばるように膝をついた。
一人が頭側、もう一人が腰、最後の一人が顔の横に――いやな位置取りだ。
まるで獲物を囲む猛獣のように、間合いを詰めてくる。
「お坊ちゃんのくせに、肌が白ぇな」
頭上から、ざらついた指が頬を撫でる。その感触だけで、胃がひっくり返りそうになった。
「中もきっと綺麗なんだろうなぁ」
耳元にかかる声が、無遠慮に肉薄する。
何もかもが気持ち悪い。全部が、吐き気を催すほどに不快だった。
「……脱がせろ」
足元の男が、そう呟いた。その言葉一つで、現実が急激に重くなっていく。
──落ち着け、俺。今は冷静でいろ。まだ、機を――
だが、顔の横の男が懐からナイフを取り出したことで、脳内の緊張は一気に限界を越えた。
銀色の刃が鈍く光る。冗談で済ませられるものじゃない。
その刃が俺の衣服に近づき――
裂けた。布の音がやけに響いた。
「んっ……っ!」
身体を捩った俺に、足元の男が馬乗りになるように押しつけてくる。
嫌だ、触れるな。触るな……!
叫びたいのに、声が出ない。口の奥で声が濁っていくだけだ。
視界の隅で、ディマスが椅子に腰を下ろし、脚を組むのが見えた。
あくまで傍観者として、指示を出す観客。
自分の立場を守るために、最後まで見届けるつもりなのだろう。
「……さあ、“器”の最終確認だ。下も切ってやれ」
ディマスの声とともに、ナイフが再び俺の下半身へと――
そのときだった。
「リアムッ!!」
ドン――!
重たい扉が打ち破られる音と、誰かの叫び声が、空間を裂いた。
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