32、
「もう、俺はどうすれば……」
放課後の教室。
俺は自分の机に突っ伏したまま呻いた。向かいの席ではノエルが購買で買ったらしい焼き菓子を、能天気にぽりぽり齧っている。
いいよな、お前は……!なんでも即断即決の行動派で……!!
前世から、俺と妹はそういう性格の対照だった。俺は石橋を叩きすぎて割っちまうタイプ、ノエル──というか真夜だった頃のあいつは、全速力で橋の上を駆け抜けるタイプ。で、渡りきってから「遅いよ~」なんて笑う。
今回も、あっさり答えを出してきた。
「だからさ。もうキース先生でいいじゃん。キスして嫌じゃないならさ、進めば? あれ、第一接触だしさ?」
「……第一接触って何だよ。宇宙人か俺は」
「いやほら、お兄ってキス魔じゃないじゃん。誰にでもするわけじゃないでしょ? そういう人が大丈夫だったなら、いけるって証じゃん?」
……うん、うん。わかってる。わかってるけど……!!
もうちょっと人の心って、揺れるもんなんだよ!?俺は繊細なんだよ!!
「そうも簡単にいかんだろうがああああ……!」
机に額を押しつけた俺に、ノエルは呆れたようにお菓子を口に運びながら言う。
「お兄、ほんと変なとこだけ思い切りいいのに、意味わからんとこで悩むよね~。……ねえ、それよりさ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「ん……?」
顔を上げると、ノエルはさらっと、とんでもないことを言った。
「朝ってさ、勃つじゃん?」
「……は?」
「だからぁ。朝起きたとき、そこが立ってるやつ」
と、俺の下半身を指さすな!いや、そこ指さすな!!
「おま、お前!!女の口からそんなっ……!」
「男の口ですけどー。でさ、前世でも男だったお兄に聞くのが一番かなって思って。お父さんとかに聞くに聞けないしさ」
堂々としすぎてて何も言えん……!
が、確かに今のノエルは男だし、前世から見れば経験値の差はあるか……。
それに、表情はわりと真面目だ。
……仕方ない。兄としての威厳と知識を総動員するしかない。
「……まあ、その……放っときゃたいてい収まるもんだよ。早く起きて冷ましとくとか、気持ちが萎えること考えるとか、方法はあるけど」
「へぇ~……あ、でさ、お兄はどうしてんの?」
「うっ」
自分のこととなると急に答えづらくなる。
言い淀んでいると、「お兄~」とノエルが詰め寄ってくる。くそっ……!
「……俺はあんまり朝にそうなってないことが多いんだよ……」
「そんなこともあるの?」
「なんつうか。夜中に勝手に勃ったり萎えたりしてるらしくて。朝には収まってるっていうか……まあ、人によるけどな」
「へええ~……生き物みたい。名前つけようかな」
「やめろおおおおおっ!!!」
ああもう……真面目な話がどこまでも台無しだ。
とはいえ、ノエルにとっては前世と身体が違う分、こうした変化は未知の連続なのだろう。
俺がもう少し気遣ってやれればよかったのかもしれないな……。
「……この話、続きは家でしような?」
「いいよ?ナイジェルに会えるし~♪」
「お前らデートとかしてんじゃないだろうな」
「してる」
「即答……」
「スピードは大事!見切り発車もまた決断力ってやつだよ~」
お前のその即断即決力、俺にも分けてくれよ……。
⸻
※
というわけで、俺とノエルは一緒にデリカート侯爵家に帰ることになった。
学園の正門前、馬車の停車場へ向かう途中──
「あっ、忘れ物!」
とノエルが引き返し、俺ひとりで停車場に到着した。
すでにデリカート家の紋章が入った馬車が停まっていて、御者が俺に気付き、丁寧に頭を下げてくる。……見覚えのない顔だ。
「あれ、初めてだよね……?」
俺が問いかけると、御者は再度頭を下げた。
「申し訳ございません。朝お迎えに上がったアルフが急病でして、代わりに私が……。ご心配でしたら別の御者を呼びますが……」
「あ、いや、大丈夫。ありがとう、よろしくね」
主人格からの苦情かと余計な不安を与えたかもしれない。
俺はそう言って馬車に乗り込もうと、扉へ足をかけ──
そこで、思い出した。ノエルがまだ戻ってきていない。
「そうだ、ノエルが遅れて──」
振り返ろうとした、そのときだった。
「……っ⁉︎」
突如、身体に鋭い衝撃が走る。
胸の奥にまで響くような重い魔力の波。
視界が揺れて、暗く沈んでいく──
最後に見たのは、御者が俺に向けて差し出した掌。
……魔法、か……?
そう思った瞬間、意識がぷつりと途切れた。
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