表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/52

30、

「兄様、さっきはありがとうございます」


放課後。昼に助けてくれた礼を言いに、俺はキースの研究室を訪ねた。

紙束を整理していたキースが顔を上げ、柔らかく笑う。


「気にしないでいいよ。ノエル君とセオドア君が、息を切らせて呼びに来てくれたんだ」


……ああ、だからか。

昼の移動中、ディマスに声をかけられる少し前から、二人の姿が見えなかったのを思い出す。


ありがたい話だ。正直、俺ひとりではどうにもできなかった。


「しかし……困ったものだね。登校初日にして、あの噂だ」


キースも、俺と同じように自宅療養(という名の“有給休暇”)を取っていたため、学園の異様な空気は知らなかったようだった。

面食らっているのが表情からもよく分かる。


……うう……本当にどうしたもんか。

いっそ目の前にいるキースと婚約してしまえば、状況は丸く収まるのかもしれない。

──でも、それってそのまま結婚コースだろ……?


とはいえ、父や母が新しい婚約者候補を探してくれるとは到底思えない。

あの人たちは、もう完全に「キース一択」で固まっている。


今から別の恋人を作って誤魔化すってのも無理があるし……レジナルドとの噂があれだけ広がってちゃ、そもそも他に相手がいない。


──結局、選択肢は絞られる。


俺と結婚したいって公言してるのなんて、キースか……リンドンくらいだし。

いや、リンドンは、ない。全力で、ない。


キースだって、俺にとっては簡単な選択肢じゃない。

嫌いとかじゃなくて、もう、根本的な性的嗜好の違い。

たぶん、俺って所謂「受け」なんだと思うし……いや、そういう問題か?


「実際のところ、リアムはどう思っているんだい?」


とん、と紙を机に置いてキースが立ち上がる。

俺の前まで歩み寄ってきて、軽く首を傾げた。


怒ってはいないけど、あきらかに“本気”の顔だ。


「どう、とは……」


俺が言葉を濁すと、キースは静かに続けた。


「王太子妃になりたくないって言っていたけれど……この噂は厄介だ。殿下自身が否定していない以上、下手をすれば、そのまま正式な婚約に進んでしまうかもしれない」

「ま、まさか。僕なんて、ほとんど社交界にも出てないのに……」


俺が目立たぬように振る舞ってきたのは、そのためだ。

派手に動けば、父の派閥──筆頭侯爵家の後継として、王妃候補に担ぎ上げられるのは目に見えている。

それを避けるために、存在感をできる限り抑えてきた……はずだった。


「社交界に出てないことなんて、もう関係ないよ。デリカート家はこの国で最も力のある家のひとつ。君の父上は、民の人気も高い。──そんな家の嫡子を、王太子が気に入っている。それだけで十分だ」


「いや、それは……恋愛って意味では──」

「リアム。勘違いしてはいけない。王と王妃に必要なのは、恋愛ではなく、信頼と協調だよ。王が共に歩めると判断した者が、妃になるべきなんだ」


キースの声音は、教師としてのそれに近かった。

冷静で、理詰めで、だからこそ逃げ場がない。


「君にはそれだけの資質がある。学業でも、立場でも、家柄でも。そして殿下は、それを“信頼に足る”と判断したように見える」


「……そんな……」


俺は、言葉を失った。

反論したくても、何ひとつ論拠がない。


全部、正論だ。

……ぐうの音も出ないとはこのことだな。


キースはふうっと息を吐くと、俺の頬に手を伸ばした。

掌が触れた瞬間、すこしだけ鼓動が早くなる。


「僕が……嫌いかい?」


静かに、けれどまっすぐに問われて、俺は目を見張った。


「君が本当に、僕のことを嫌だと言うなら──諦める。その上で、王太子妃になるのか、なりたくないのか。もし“なりたくない”なら、僕が君のために、相手を探すよ」


「そ、それは……」


言葉が、喉の奥で詰まった。


……卑怯だな、俺。


キースのことを“男だから”って理由で避けようとしていたくせに、

ここで「嫌い」って言ってしまえば、確実に距離を置かれる。それが、怖かった。

言葉を飲み込んだ俺を、キースはしばらく見つめて──やがて、困ったように笑った。


「……嫌とも、良いとも言ってくれないのか」


優しく息を吐いて、再び頬を撫でる。

指が、そっと俺の顎に触れ、顔を持ち上げた。


目を合わせるのが怖くて、反射的に視線を逸らす。

だけど、その指は逃がしてくれなかった。


「……本当に君は。なら、いっそ……試してみようか」

「……試す?」


──何を、って言う間もなく。


唇が、重なった。


俺の返事を聞くよりも早く。

迷いもなく、ためらいもなく。


温度が、息が、落ちてくる距離の中で──

俺はただ、呆然と目を見開いた。


読んでいただいてありがとうございます!

応援いただけると励みになります♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ