26、
あれよあれよという間に日が流れ、ついに──決闘当日となった。
あの後、ディマスから正式な《決闘申込書》なるものがデリカート家に届けられた。
なんだその制度……とツッコミたいが、この世界では決闘は合法らしい。
しかも日時は二週間後と指定されており、準備期間としては短くもないが、長くもなかった。
ただ、いざその日を迎えてみると──とにかく早かった。あっという間だった。
結果から言うと、俺の剣術は──
びっくりするほど上達してない‼
……いや、少しはマシになったと思う。思いたい。
父の伝手でコンブリオ卿に指導を受け、アレックスには毎日昼休みにみっちり鍛えられ、
家ではキースが真面目に指南してくれた。
……で、たまにレジナルドが顔を出して「足の運びが甘い」とか「重心はこうだ」とか助言してくれるのだけど。
──お前が出てくるとディマスも出てくるから、マジでやめてくれ‼
とにかく、家族と関係者総出の育成計画により、俺はなんとか「人並み以下」くらいには持ち直した。
元が“ど素人”だったことを考えれば、上出来だろう。
決して“勝つ”つもりはない。ただ、“無傷で帰還する”──それだけが俺の目標だった。
※
場所は王立学園内の練習場。
天気は快晴。観客席はぎっしり埋まり、ノエルやセオドアをはじめ、クラスメイトに加え──
……キースや父、そしてコンブリオ卿の姿もある。いや、職場大丈夫なの⁈
ギャラリーには、件の王太子様・レジナルドの姿も。あの人のせいで俺はここにいるんだけどな?
審判を挟んで、俺とディマスは背を向けて十歩、歩いた。
振り返れば、互いの距離はおよそ二十メートル。
ディマスの目は、あからさまな殺気で俺を射抜いてくる。
対する俺は、内心ガタブルしながらも、とにかく“死なない”ことだけを胸に構えた。
「これよりディマス・グラーベとリアム・デリカートによる決闘を開始する」
審判の声が響く。
「これは騎士道精神に則った正式な決闘である。勝敗に異議は認められず、定められたルールに従って行うものとする。両者、異存は?」
「ないです……」
「異存はない」
お願いだからジャンケンで済ませてほしい。俺、必ず後出しして負けるからさ……。
「構えて──」
「──始め!」
審判の号令と同時に、ディマスが飛び込んできた。
速い⁉ 怖い⁉
剣が振り下ろされる瞬間、反射的に木剣を上げる。
──カキン、と金属音が耳元で炸裂し、腕にズンと衝撃が走った。
「このッ、レジナルドにたかる蠅が……さっさと駆除されろ!」
「だから!僕は狙ってないですって‼ 応援はしますけど‼」
観客席は沸いているが、俺にはどうでもいい。
目の前の怒りの化身が怖すぎて、声も裏返りそうだった。
ディマスの剣は容赦がない。刃こそ潰してあるとはいえ、当たれば当たり前に痛い。
俺はギリギリでかわし続けたが、それも限界が近づいていた。
──10分経過。
息があがり、汗が背を伝う。
ディマスも息は乱れているが、余力は明らかにあちらの方がある。
「さすが、蠅だ。しぶとい……」
「それ褒めてないよね⁈」
ノリで返したその瞬間、よそ見したのが悪かった。
右腕めがけて振り下ろされた一撃が、俺の二の腕にクリーンヒットした。
「痛っ──!」
衝撃で剣を落とし、膝をついた。
「終了!」
審判の宣言が響く。
模擬剣を落とした時点で、負けは決まっていた。
ディマスは勝利に満足したのか、ふん、と鼻を鳴らしてレジナルドのもとへと戻っていく。
俺の方には審判が近づき、心配そうに問いかけてくれた。
「大丈夫ですか?」
「……だいぶ、痛いですね……」
笑ってごまかしたが、骨に響く痛みは本物だった。
これは、タンスの角に小指ぶつけるの100倍くらい痛いヤツだ……!
「お兄ぃ!」
駆け寄ってきたのはノエルだった。耳元で慌ただしく詠唱を始めると、温かな光が腕に宿る。
「よかった……骨は折れてないみたい。打撲なら治せる……!」
ノエルの手のひらから聖属性の癒しが伝わってきて、痛みがじわじわ引いていく。
魔法、すごい……。
※
「……リアムに絡むとは、ディマス様は困ったものだね」
父が不機嫌そうにぼやいた。
するとノエルがスイッチを入れる。
「お父さん!あの人いつもリアムに“蠅”とか言うんですよ⁉」
「は……?」
「ノエル!今それ言う⁉」
止める暇もなく、キースと父の声がハモる。
「ほう……それは聞いたことがなかったな」
「詳しく聞かせてくれ、ノエル君」
「あ、自分も話せます」
どこからともなく、セオドアが現れて手を挙げる。
「うわぁあああああ‼ セオドアまで⁉」
──このあと、ディマスに関する密告大会が開催されたのは言うまでもない。
※
「……大丈夫か?」
自室に戻され、ベッドに横になった俺の元へ、アレックスが見舞いに来てくれた。
優しく覗き込んできた彼に、俺は苦笑しながら応える。
「大丈夫ですよ。お騒がせしてすみません、先輩にまで……」
「俺の指導が足りなかったんだ。申し訳ない」
「違いますって……僕の実力不足です。先輩も、コンブリオ卿も、丁寧に教えてくださいました。だから、責任感じないでください」
真っ直ぐにそう伝えると、アレックスは静かに笑って──
「……わかった。じゃあ次は、絶対に負けないように。もっと鍛えよう」
頭を撫でながら、そう言った。
「え、いや……もうやらなくていいんですけど……」
俺が肩を竦めると、彼は静かに立ち上がった。
「父も来たがっていたのだけど、マリー様に出禁をくらってるらしくてね……」
「……え⁉」
──母様⁉ それが家族ぐるみの付き合いがない理由か⁉
去り際、アレックスが一度だけ振り返る。
「リアム。……君が父に──」
「はい?」
一瞬、何かを言いかけて──やめた。
「いや、なんでもない。……今日はゆっくり休むといい。また明日」
彼はそれだけ残して、静かに去っていった。
※
──その後。
目を閉じていた俺は、ふと何かの気配で瞼を持ち上げた。
「……早く、僕を選んでくれるといいんだけどね」
低く甘い囁きが聞こえる。
視線を動かすと、そこにいたのは──キースだった。
「……起きなくていいよ、リアム。ゆっくり、おやすみ……」
そう優しく笑い、そっと俺の頬を撫でた。
最後に、唇に柔らかい何かが触れたような気がしたが──
俺は、そのまま意識を眠りに溶かしていった。
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