23、
「あの、兄様……」
「ん?」
「いや、ええとですね……そろそろ……おろしてもらえませんかね……?」
「どうして? 嫌?」
「や、うぅ……」
俺はいま、キースの膝の上──という、ものすごく気まずい位置に収まっている。
あの日、「存分に口説かせてもらう」と告げた兄は、言葉通りの実行力を見せてきた。
以来、スキンシップの嵐である。
この抱っこだって、なにかと理由をつけては強行される日常行事になりつつある。
しかも、俺が文句を言えば、キースは柔らかな声で「小さいころからしてることだよ?」とくる。
実際、膝の上に乗せられるのは“前から”だった……気がする。
いやでも、待てよ? いつまでこんなことされてたっけ?
……つい最近まで……されてたよな……? おかしいな……?
前世だったら、男同士で膝抱っこなんて小学校低学年までだと思うんだけど?
この世界、スキンシップの基準どうなってんだ……?
「あの、兄様」
「うん?」
「こ、こういうのって……一般的には何歳くらいまで、するもんなんですかね……?」
振り返りながら聞いてみる。
マジで知らんのだよな、この世界の家庭事情。
キースは少し考えてから、淡々と答えた。
「さあ? それぞれの家じゃないかな。うちの場合は……父上も母上も、リアムにくっつきたがるでしょ。僕もその一人、というだけだよ」
そう言って、俺の耳に、くすぐったいほど浅い口づけを落とす。
(いやいやいやいや!!)
答えになってねぇ!! しかもそのキス、絶対“家族”のスキンシップじゃねぇ!!
前世の感覚が抜け切らない俺には未だに混乱ポイントが多いが、
この世界で過ごしてきた数年のあいだに、デリカート家の“密着文化”に慣れすぎて、
これぐらいじゃ「まぁいいか」になってる自分が怖い。
ぬくもりが気持ちいいのも事実だし……って、ダメだダメだダメだ!!
だが、この一連の“口説き”騒動のなかで、俺にはひとつの疑問が浮かんでいた。
──なぜ、使用人たちは誰も動じないのか。
その答えが出るかのように、ノックと共にナイジェルが現れる。
「キース様、よろしいでしょうか?」
部屋に入ってきた彼は、俺たちの密着具合を目にしても、まったく表情を変えなかった。
動揺ゼロ。平常心の極み。
「どうかしたかい?」
「そろそろ、旦那様と奥様がご到着かと」
「ああ、もうそんな時間か。……下に行こうか、ねぇリアム」
「は、はい……」
ナイジェルに視線を向けると、こちらに一瞥をくれただけで、何も言わずに頷いてくる。
え、嘘でしょ? この体勢、気にならないの?? 兄が弟を抱いてるんだよ??
「リアム、このまま抱いていこうか?」
「ッ……!! それは!恥ずかしいので!!」
もがく俺の横で、ナイジェルに救いを求めると、にっこり笑って──
「よろしいのでは? ご両親もお喜びになるかと。……では、私は先に」
そう言って、さっそうと部屋を出ていった。
(ナイジェル~~~~~!!!見捨てんなよ!!!!)
※
というわけで、今日は久々に──父と母が邸に戻ってくる日である。
半年近くに渡る外交任務からの帰還で、今日は王都に立ち寄っただけらしいが、
それでも“久々の家族団欒”ということで、夜はディナーとなっている。
そして──
「やはりリアム、そろそろキースと婚約してはどうだい?」
ディナー開口一番、父がぶっこんできた。
思わず、口に含んでいた葡萄水を噴き出す。
すかさずナイジェルがナプキンを差し出してくるのは流石だが、問題はそこじゃない。
「な、なに言ってるんですか父様⁉」
「うん? いや……可愛いリアムが、おかしな人間に狙われていると聞いてね」
(……あいつらのことか⁉)
父に視線を向けると、隣の兄が実に平然と頷いていた。
嘘じゃないだろう?という顔だ。うん、嘘じゃないな。
アタオカ連中ではある、確かに。
しかし、だ。
「いや、ええと。それはそうかもしれませんが!でもなぜ兄様が⁉」
「おや? 嫌いかい?」
「そ、そういうわけじゃないです!嫌いではないですが! か、母様……!」
母に助けを求めれば、彼女はやわらかく微笑みながら首を傾げ──
「キースなら安心よ。二人がこの家を継いでくれたら……母様、嬉しいわ」
そして、目元にナプキンをあてる仕草。
それを優しく支える父の手。
(え、まって、二人とも全力で推してくるじゃん……!?)
うろたえる俺の額に、汗が滲む。
母が泣きそうになって、父が「リアムなら、わかるだろう」とでも言いたげな眼差しで見てくるのがつらい。
そんな緊張感をすっと拭い去ったのは──
「まぁまぁ、お二人とも。せっかくの食事です。今日は、シェフのジェイコブも気合いを入れたようですから」
キースだった。
兄が場をなだめてくれたことで、両親はようやく笑顔に戻ってくれる。
(兄様ぁああああああああ!ありがとうぅうううう!!)
俺は安堵のため息をつきながら兄を見た……が。
(……いや、ちょっと待てよ?)
外堀、完っっっ全に埋められてね……???
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