22、
「……え、ぁ……?」
何が起きたのか、瞬時に理解できなかった。
混乱した頭の中では、“現実感”という言葉がふわふわと遠ざかっていくばかりだ。
キースが──俺にキスをした?
目の前の兄は、まるで困ったように、けれど穏やかに笑っている。
頬に触れた指先が優しく撫でて、深く追ってくるわけでもない。
ただ、俺の目を見つめていた。
「……兄様……」
言いたいことは山ほどあったはずなのに、喉を通る言葉はそれだけだった。
体は固まり、思考は渦を巻く。
……どうして。
どうして、こんなことに──。
前世が童貞だった俺でも、さすがに察しはつく。
これは“好意”だ。愛情、と言っていいのかもしれない。
ゲームの中でのキースは、リアムを弟としてしか見ていなかった。
けれど、今のキースは、俺を見ている。俺という“別人格”を、確かに。
つまり、これは……俺が変えてしまった世界の結果だ。
好意を向けられること自体は悪いことじゃない。だけど──
(男なんだよなぁ……!)
俺も、キースも、どっからどう見ても男だ。
しかも、どう見てもこれは“受け”の流れ……!
真夜──いや、ノエルの原稿を死ぬほど手伝ってきた俺には、BLの基礎知識ぐらいはある。
これは押し倒されて、迫られて、最終的に──突っ込まれる流れ。
やだ。怖い。何より、心の準備が全然できてない。
キースが動きを止めているのが、せめてもの救いだった。
俺が黙っていると、彼はふと笑って、わずかに身を起こす。
「……意外と冷静だね、リアムは」
その声音には、どこか拗ねたような響きすらあった。
手が頬から額へ、そして前髪を梳くように流れる。
「……驚いてます、よ。びっくりして……ますけど……」
驚くもびっくりも一緒だろうよな、俺。
それぐらい驚愕してるということで。
震える声をどうにか絞り出す。
けれど確かに、レジナルドやリンドンに迫られたときのような嫌悪感はなかった。
「そう? 余裕があるように見えるけど。……まさか、あの二人も同じように、手玉に取ってるわけじゃないよね?」
皮肉めいた問いに、俺は無意識に首を振った。
「……ないです。どちらも好きじゃないです」
きっぱりと言い切る。
友人としてならともかく、あいつらの好意にはどうしても応えられない。
キースは少しだけ目を瞬かせて──くす、と笑った。
「はっきり言うんだね?」
「誤解されたくないですし。だから、僕……あの二人と結婚する気は、ありません」
そう言い切ったところで、今度はキースが少しだけ俯いた。
そして小さく囁くように問う。
「……じゃあ、僕は? 僕のことも、もう気づいてるよね?」
その問いかけと同時に、指先が耳元へ滑っていく。
耳の裏をなぞられる感覚に、思わず息が詰まった。
ぞくりとした感触と共に、言葉が喉奥に引っかかる。
キースのことは、嫌いじゃない。
むしろ──好きだ。兄として。家族として。
でも、恋愛の対象かと問われれば……正直、わからない。
「……嫌いじゃ、ないです。兄弟としては……その、好きですけど……」
ようやく絞り出した言葉に、キースは目を見開いた。
そして──愉しげに笑う。
「なんとも曖昧だね。……でも、嫌われるよりはマシかな。いや……いっそ嫌ってくれた方が、無理やり手に入れる覚悟もできるのに」
その言葉に、少しだけ背筋が凍る。
でも、次の瞬間には、俺の手を優しく取って引き起こしてくれた。
姿勢が変わり、俺たちはベッドの上で向き合う形になる。
(……襲うのは、やめた?)
少しだけ安堵が浮かんだその時、キースが微笑む。
「リアムが知らないだけだよ。僕はあまり……手段を選ぶほうじゃない。
夜は気をつけてね? 無意識のうちに、良いようにされてるかもしれない」
「……まさか」
思わず笑ってしまう俺に、キースは満足げな顔を浮かべていた。
「今は、もう少し“優しい兄”でいたほうが良さそうだね。でも、これだけは伝えておく。──君に婚約者を探すつもりは、僕にはないよ?父上や母上はわからないけれどね」
「……え」
「一緒に住んでる分、有利な立場だから。……だからこそ、存分に口説かせてもらう」
そう言って、俺の手の甲にふわりと口づけを落とす。
その柔らかさと温もりに、またしても言葉を失う。
「う、わ……そういうの、普通にできるんですか……」
呆然と呟いた俺に、キースは柔らかく微笑んだ。
何気ない手つきで乱れた髪を梳きながら、囁くように言う。
「……リアムだけ、特別なんだ」
兄としての優しさの奥に、男としての執着が見え隠れしている。
どうしたもんかなぁ、これ……本当に。
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