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23/52

22、

「……え、ぁ……?」


何が起きたのか、瞬時に理解できなかった。

混乱した頭の中では、“現実感”という言葉がふわふわと遠ざかっていくばかりだ。


キースが──俺にキスをした?


目の前の兄は、まるで困ったように、けれど穏やかに笑っている。

頬に触れた指先が優しく撫でて、深く追ってくるわけでもない。

ただ、俺の目を見つめていた。


「……兄様……」


言いたいことは山ほどあったはずなのに、喉を通る言葉はそれだけだった。

体は固まり、思考は渦を巻く。


……どうして。

どうして、こんなことに──。


前世が童貞だった俺でも、さすがに察しはつく。

これは“好意”だ。愛情、と言っていいのかもしれない。

ゲームの中でのキースは、リアムを弟としてしか見ていなかった。

けれど、今のキースは、俺を見ている。俺という“別人格”を、確かに。


つまり、これは……俺が変えてしまった世界の結果だ。

好意を向けられること自体は悪いことじゃない。だけど──


(男なんだよなぁ……!)


俺も、キースも、どっからどう見ても男だ。

しかも、どう見てもこれは“受け”の流れ……!


真夜──いや、ノエルの原稿を死ぬほど手伝ってきた俺には、BLの基礎知識ぐらいはある。

これは押し倒されて、迫られて、最終的に──突っ込まれる流れ。

やだ。怖い。何より、心の準備が全然できてない。


キースが動きを止めているのが、せめてもの救いだった。

俺が黙っていると、彼はふと笑って、わずかに身を起こす。


「……意外と冷静だね、リアムは」


その声音には、どこか拗ねたような響きすらあった。

手が頬から額へ、そして前髪を梳くように流れる。


「……驚いてます、よ。びっくりして……ますけど……」


驚くもびっくりも一緒だろうよな、俺。

それぐらい驚愕してるということで。

震える声をどうにか絞り出す。

けれど確かに、レジナルドやリンドンに迫られたときのような嫌悪感はなかった。


「そう? 余裕があるように見えるけど。……まさか、あの二人も同じように、手玉に取ってるわけじゃないよね?」


皮肉めいた問いに、俺は無意識に首を振った。


「……ないです。どちらも好きじゃないです」


きっぱりと言い切る。

友人としてならともかく、あいつらの好意にはどうしても応えられない。

キースは少しだけ目を瞬かせて──くす、と笑った。


「はっきり言うんだね?」

「誤解されたくないですし。だから、僕……あの二人と結婚する気は、ありません」


そう言い切ったところで、今度はキースが少しだけ俯いた。

そして小さく囁くように問う。


「……じゃあ、僕は? 僕のことも、もう気づいてるよね?」


その問いかけと同時に、指先が耳元へ滑っていく。

耳の裏をなぞられる感覚に、思わず息が詰まった。

ぞくりとした感触と共に、言葉が喉奥に引っかかる。


キースのことは、嫌いじゃない。

むしろ──好きだ。兄として。家族として。


でも、恋愛の対象かと問われれば……正直、わからない。


「……嫌いじゃ、ないです。兄弟としては……その、好きですけど……」


ようやく絞り出した言葉に、キースは目を見開いた。

そして──愉しげに笑う。


「なんとも曖昧だね。……でも、嫌われるよりはマシかな。いや……いっそ嫌ってくれた方が、無理やり手に入れる覚悟もできるのに」


その言葉に、少しだけ背筋が凍る。

でも、次の瞬間には、俺の手を優しく取って引き起こしてくれた。


姿勢が変わり、俺たちはベッドの上で向き合う形になる。


(……襲うのは、やめた?)


少しだけ安堵が浮かんだその時、キースが微笑む。


「リアムが知らないだけだよ。僕はあまり……手段を選ぶほうじゃない。

夜は気をつけてね? 無意識のうちに、良いようにされてるかもしれない」

「……まさか」


思わず笑ってしまう俺に、キースは満足げな顔を浮かべていた。


「今は、もう少し“優しい兄”でいたほうが良さそうだね。でも、これだけは伝えておく。──君に婚約者を探すつもりは、僕にはないよ?父上や母上はわからないけれどね」

「……え」

「一緒に住んでる分、有利な立場だから。……だからこそ、存分に口説かせてもらう」


そう言って、俺の手の甲にふわりと口づけを落とす。

その柔らかさと温もりに、またしても言葉を失う。


「う、わ……そういうの、普通にできるんですか……」


呆然と呟いた俺に、キースは柔らかく微笑んだ。

何気ない手つきで乱れた髪を梳きながら、囁くように言う。


「……リアムだけ、特別なんだ」


兄としての優しさの奥に、男としての執着が見え隠れしている。

どうしたもんかなぁ、これ……本当に。

読んでいただいてありがとうございます!

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