21、
「事と次第では、リアムはもう家での勉強に切り替えるけど、どうしようか?」
キースの声には、もはや笑みの気配はなかった。
俺は「あの……」「いや、その……」と、しどろもどろに言葉にならない音を漏らす。
──やばい。完全に怒ってる。
ノエルを先に帰したのは正解だったけど、抱き合ってたのは見られていたらしい。
けれど、ノエルは妹なんだよ……!
転生した今が血縁ではないとはいえ、俺にとっては完全に「家族」でしかない。
あんなの恋愛感情で抱きついてたわけじゃない。親愛だ。……親愛だってば!
「リアム?」
俺の名前を呼びながら、キースが小さく首を傾ける。
今いるのは、兄の私室。使用人は下がらせてあり、俺たちは向かい合ってソファに腰掛けている。
逃げ場、なし。
「いや、その……ノエルとは、そういう関係じゃなくて……」
「じゃあ、どういう関係かな?」
淡々とした声が怖い。目も笑ってない。
俺は咄嗟に何か言わなければと焦った。
「えっと、あれ……本を読んでて、怖いシーンがあって……それで、びっくりして……つい、抱き合ったというか……」
自分で言ってて無理があるなと思ったが、キースの反応はさらに静かだった。
彼は一拍の間を置いてから、深いため息を吐く。
「なるほどね。君たちの前に置いてあったのは……魔法理論と数学の教本だったと思うけれど。どこにそんな“怖い”シーンがあったのかな?」
「……っ……」
詰んだ。完全に詰んだ。よく見てるね!
「どうして、嘘をつくんだろうね?」
ふたたび深く吐き出される息に、罪悪感で胃がきしむ。
本当に、何もやましいことはしてないのに……。
「いやでも兄様、僕はもう十六ですし……その、婚約者がいたっておかしくない年齢で……!」
思いつきで声を上げた。
これ以上詮索されるよりは、将来の話に持って行った方が安全だと思ったからだ。
「そろそろ……ほら、可愛い女の子の婚約者とか……そういうの、必要じゃないですか? 僕は……王太子妃とかにはなりたくないし!」
やたら「女の子」と強調してみた。
できるだけ可愛くて、繊細そうで、庇護欲をかき立てるような……そんな婚約者を希望したい。
そうすればレジナルドもリンドンも、寄ってこなくなるはずだ。
「ね? どうですかね?」
期待を込めて訴える俺に対し、キースはしばらく無言だった。
じっと俺を見つめる視線に、冷たいものが宿っている。やがて、小さく口を開いた。
「なるほどね。──それが、リアムの考えなんだね」
思わずたじろいでしまう。
「……い、いや、まあ、その……まだ本決まりではないけれど、ちょっと考えてみてもいいかな、って……」
言葉尻が自然と弱くなる。
その瞬間、キースがすっと立ち上がり、俺の前に回り込んだ。
見上げる兄の表情は、まるで“あのゲーム内”で見た、冷たいキースのようで──俺は思わず背筋を伸ばす。
「立ってごらん」
差し出された手に、俺は躊躇いながらも手を伸ばす。
触れた瞬間に感じる体温が、妙に熱を帯びていた。
「兄様……?」
「僕としてはね、もう少し“待ってあげよう”と思ってたんだよ。でも──リアムが、そんなに急いで“大人になりたい”というなら、僕も決断しないとね」
「えっ……?」
その言葉の意味を問う前に、俺の体はふわりと浮いた。
キースの腕にすくい上げられ、まるで子供のように抱えられていた。
「ちょ、兄様⁉︎」
抗議も虚しく、キースは部屋の奥に向かう。
……目指しているのは、ベッドだ。
「え、えっ、ちょ、待っ──」
軽く、でも容赦なく、ベッドの上に体を投げ出される。
その上に、キースの影が重なるように覆いかぶさってきた。
──今、俺は。
押し倒されてる……兄に。
「兄様っ、あのっ、ちょっとっ……!」
「ごめんね、リアム」
その声音には、いつものやわらかな笑みが戻っていた。
けれど──そこにはいつもと違う色が滲んでいる。
俺が言葉を紡ごうとしたその瞬間。
キースの唇が、俺の唇を奪った。
言葉は、息ごと塞がれる。
ああ、俺は今、完全に理解した。
兄が、兄じゃない瞬間の──男の顔を、初めて見た。
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