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ゴオオ……と風が唸った。

金で縁取られた豪奢な窓枠が小刻みに震え、白いレースのカーテンが、まるで凱旋の旗のように高らかに舞っている。

室内に吹き込んだ突風に蝋燭の灯はかき消され、今はただ、満月の冷たい光だけが床に影を落としていた。


ここは王城の一角──本来なら、この異音に気づいた兵たちがすぐ駆けつけてくるはずだ。

だが、廊下は静まり返っていて、人の気配は一切ない。


視線を巡らせれば、床に倒れ込んでいるレジナルドの肩がわずかに上下していた。生きている。それに、ほっと胸を撫で下ろす。

そして今、意識があるのは──この部屋で、俺と、彼のふたりだけだった。


この異常な静寂と状況からして、目の前の彼が何かを起こしたのだろうと察しはついた。

けれど……理解が追いつかない。


「……なぜ、あなたが」


見上げたその人影に、恐怖はなかった。

ただ、混乱だけが胸の内に広がっていく。

どうして、彼がここに? この王城に? しかも、こんな登場の仕方で──。

そんな展開は、俺の知る限り、なかったはずだ。


俺の問いに、彼は静かに手を差し伸べてきた。

そして、壮絶なまでに美しい笑顔で、ひと言。


「迎えに来たよ」


 


✦✦✦


 


異世界転生──その言葉だけなら、たぶん多くの人が聞いたことがあるだろう。

昨今の流行ジャンルとして、ゲームにもアニメにも小説にも、当たり前のように登場してくる設定だ。


本好きでラノベ好きな俺にとっても、それは決して遠い世界の話ではなかった。

転生して、戦って、恋して……そんな展開を、俺も何度となく物語の中で追いかけてきた。


だから、「意味」は、知っていたつもりだ。

何が起こるか、おおよその予想もつく……はずだった。


──だが。


それが自分の身に起こると、いったい誰が本気で想像できるだろうか!


元の俺は、日本で暮らすどこにでもいる大学生だ。

特別優秀でもなければ落ちこぼれでもない、バイトで家庭教師くらいはできる、ごく普通の大学に通っていた。

恋人はいなかったけれど、気の置けない友人もいて、わりとのんびりとした学生生活を送っていたのだ。


そんなある夜。

妹に誘われてプレイしたのが──家庭用ゲーム『ノエル』だった。


……妹とはわりと仲が良い。オタク趣味を共有している気安さもあって、ゲームに誘われることはたまにあった。

『ノエル』はもともと同人サークル発の作品だったらしく、ストーリーはそこまで目新しいわけでもなかったが、とにかくスチル(立ち絵やイベントCG)が美麗で、声優陣の演技力が群を抜いていると話題になり、一般向けゲームとして発売されたものらしい。


実際、見ている限りでは──確かに絵も声も素晴らしかった。

システムは、いわゆる乙女ゲーム。プレイヤーは主人公視点で男性キャラたちと親しくなり、選択肢や会話で関係を深めていく形式。

ちょっとしたミニゲームもあるが、それほど難易度は高くなく、普段ゲームをしない層でも楽しめそうだった。


……ただし、注意点がある。


このゲーム、選択肢に失敗するととんでもないことになるのだ。

うっかり間違えれば、主人公はもちろん、敵役ですら即メス堕ちエンド。


モブレ、苗床、性奴隷、娼館送り……。

お前は本当に一般向けか!?と問い詰めたくなるような、ド直球の成人向け展開ばかり。


妹は「失敗ルートも見どころだから!」と楽しそうにプレイしていたが、俺は正直、恐怖でしかなかった。

声優の演技力がすごいせいで、余計に生々しい。

お兄ちゃん、理解が追いつかない。


──しかも、このゲーム、ジャンルはBLなんですよね。


妹よ。

なぜ、よりにもよって兄貴とこれを一緒にプレイしようと思った……?

オニイチャンワカラナイ。。


たしかに、美しいスチル、耽美なストーリー、魅力的なキャラたち──

でも、その世界で繰り広げられるラブも陵辱も、いろいろと濃すぎるんだよ……!


──さて、ここまで読んでくれた人は、もう気づいているかもしれない。

俺がさっき「異世界転生した」と言ったことを。


……そう。


何を隠そう──俺が転生したのは、BLゲーム『ノエル』の世界だったのだ。

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