序
昭和十六年、十二月六日、深夜。帝都近郊。
全ての生命が眠るこの時期に、雪をかき分け草木に隠れるようにしてテントがいくつもたっていた。こぼれる光は最低限におさえられ、かすかに人型のなにかが動いているようにしか見えない。
そのとき、そのうちの一つ、アンテナが多く突きでたテントから人型が飛び出してきた。全身を厚手のコートを身にまとい、頭には大日本海軍陸戦隊の証がついた鉄兜を締めている。純朴そうな顔を、寒さと懸命な走りでまっ赤に染めて、目標としているテントに飛び込んだ。
そのテントは指揮官クラスのものでわりと広く、長机が二つ並べられているがストーブはない。ただでさえ寒いところに、開けられた布製の扉から厳冬の風が入り込む。中に居た十人のうち九人の将校は顔をしかめたが、邪険にするものはない。これの意味を理解していたからである。青年は敬礼のち、緊迫の口調で言った。
「二点、報告いたします。一、陸軍特務隊より入電〝アミキレリ〟。一、第一機動艦隊の無線を傍受、所定の位置に移動したそうです」
ざわ、と将校の間にざわめきが走る。それは動揺ではなくついに来るか、という類のものであった。そうして、彼らの視線は、先ほど顔をしかめなかった男、伏見宮博恭王に注がれる。本来もう退任し予備役になっている老軍人であり皇族出身だったが、つねに前線に立ち一般兵と同じ食をとっていた彼の人気は高かった。
今回の作戦は本人的にはそこまで乗り気なものではなかったが、この国のことを本気で考えるならばこの道は正しいと思ったことと、枢密院から秘密裏に下知がくだったことで陸戦隊の最高指揮官として着任したのであった。伏見宮博恭王は軍刀を支えにして座ったまま、訊く。
「長官は、何と」
「何も。規定どおりに進む見込みです」
そうか、とだけつぶやくと退官した人間とは思えないほどすっくと立ち、そして―
「全兵団、全艦隊に発令せよ、〝皇国の興廃此の一戦にあり〟と。各員特務隊と歩調を合わせて所定の行動をとれ、ともな」
「は!」
伝令にきた青年はそう叫ぶと、すぐに敬礼して去っていった。中に居た将校らも、おのおのが長机の上に広げた書類をまとめて、略帽をかぶって通信室へと向かう。
伏見宮博恭王は、一人誰もいなくなったテントの中で大量の駒と矢印が書きこまれた地図を寂しげに見るのだった。
ついカっとなって書いた。反省はしていない。
海鷲~もハンパですが、すみません。妄想がたまって頭を占領してきたので置きました。中二全開です。許してください。
本編はあす上げます。