捨てられた怪物令嬢はシスコンの寵愛を受ける
お久しぶりです!
新作短編始まります!
怪物令嬢と呼ばれる少女がいた。
頭脳明晰、容姿端麗、運動神経抜群。
毎日丁寧にセットされた渦巻く長い金髪縦ロールにシャープな顔立ちと真っ赤な唇。すれ違う者の目を奪って離さない大きな青い瞳はギラギラと生命力に満ち溢れている。
スタイル抜群でどんな服でも華麗に着こなしてしまう世界に愛され、祝福を受けて地上に舞い降りた天使。
それがコーデリア・アズールだ。
彼女の実家アズール公爵家は代々が宮廷を支えてきた忠臣であり、現当主は宰相として優れた手腕を振るっている。
そんな名家の娘であるコーデリアは当然のように順風満帆な人生を歩み、恵まれた環境によって才能をぐんぐんと伸ばして成長してきた。
授業の成績は常に満点。武芸にも長けて本職の近衛騎士団にも劣らず、剣術の師範から免許皆伝をされている。親衛隊を名乗るファンクラブもあり、誕生日には山のようなプレゼントが送られている。
まさに究極で最高のスーパーハイスペック令嬢なのだが……。
「コーデリア! お前との婚約を破棄させてもらうぞ!」
貴族の子供達が通っている王立貴族学園の卒業パーティーの場で、そんなコーデリアはある男に婚約破棄を叩きつけられた。
「なんのつもりかしらサーディン?」
「ひっ……」
威勢よく啖呵を切ったものの、視線だけで猛獣を屈服させる氷の眼差しを向けられ、金髪キノコ頭の男が怯んだ。
顔立ちはいいが、覇気を感じられず豪華な服に着られているなよっとしたこの男はサーディン・オーシャン。
こんなのでも国の第一王子である。
「婚約を破棄するだなんて世迷言が聞こえたのだけれど、聞き間違いかしら?」
器用に片眉を上げて不機嫌さを表しながら発言の訂正チャンスを与えるコーデリア。
ここで素直にサーディンが発言の撤回をして冗談だったと言えば、趣味の悪いジョークで滑った程度で場が収まるはずだった。
「聞き間違いなんかじゃない。俺はお前との結婚なんてまっぴらごめんだ!」
普段のサーディンならばここで強気に出れず、大人しく愛想笑いをしながら引き下がるのに今日は様子がおかしい。
「俺は、運命の人と恋に落ちたんだ!」
血統と顔だけしか取り柄のない男だという認識を持っていた周囲もざわつきはじめる。
音楽家も演奏を止め、ダンスホールにいる人々の注目が集まる中で観衆の中から一人の赤髪の少女が顔を強張らせながらぎこちない足取りでサーディンの隣に立った。
えーと、確かメロウ男爵の娘でコーデリア達の同級生だった子だ。
爵位も引くく、影も薄い殆どの人間から顔も名前も覚えられていないような令嬢が王子の隣に立ち、コーデリアと向かい合っている。
「アリエル・メロウさんだったかしら。以前に食堂でお見かけしましたわね。確かサーディンと同じ美術の授業を選択していた方ですわよね?」
「えっ、あっ、はい!」
まさか顔とフルネームを覚えられているとは思っていなかったのか困惑するアリエル。
しかし、別に驚くようなことではない。
いずれ王妃として国を引っ張っていく彼女にとって学園に通うものは自分の将来の配下。
つまり全員の顔と名前を覚えておくことは当然の義務である。
「サーディンとはどのような関係かしら?」
再び発動する鋭い眼差しはまさに絶対零度。
幼少期から婚約者として接してきたサーディンならまだしも、ただの一般令嬢であるアリエルにとってコーデリアに睨みつけられるのは心臓にとても悪い。
「わ、わたしは……」
体を震えさせながら言葉に詰まるアリエル。
その姿に「かわいそうだけどあの子の人生終わったな」と周囲が諦めかけた時、サーディンが彼女を抱き寄せた。
「お、俺がついている」
「サーディン様!」
なんとも情けなく足が震えていて頼りのない声だったが、アリエルには効果があった。
二人は互いの手を繋ぐと俯きかけていた顔をグッと上げてコーデリアを真っ直ぐ見た。
「わたしはサーディン様の恋人です。わたしは彼を愛しています!」
隣のボンクラ王子がぱあっと笑顔になる。
「それで? 恋人だから何ですの?」
容赦のない返事に王子は固まった。
「私は婚約者ですわよ。両家の当主から認めをいただき正式な手続きをしている人間ですわ。そこに部外者が口を出さないでいただけるかしら?」
つかつかと距離を詰め、折り畳んだ状態の扇子の取り出して先端をアリエルの喉元へ軽く触れさせる。
先程までの警告ではすまされない。
お前の婚約者はわたしのものだと宣戦布告をされたのだ。
売られた喧嘩は必ず買って倍返しにして勝つ。
それがアズール家の流儀であり、打ち勝って相手の肉を喰らってきたからこそ今の繁栄がある。
たかが男爵家の雑魚とはいえ変わらない。
獅子は兎を狩るにも全力を尽くすのだ。
見ていた外野も全開になった彼女のオーラに圧倒されて思わず息を呑む。
「「それでも、わたし(俺)はこの人を愛しています(いる)!!」」
剣ではなく扇子を突き付けられた状態ではあるが、それでも二人は涙目になりながらコーデリアを拒絶した。
「俺はお前にダメ出しばかりされて、他人からお前と比較されることが大嫌いだった。何でもできるお前に引っ張られる仮初の王子なんてごめんだ。こんな俺を信じて支えてくれると言ってくれたアリエルと未来を築きたい!」
「わたしはサーディン様の頑張りをずっと見てきました。皆さんがコーデリア様を慕う裏で傷ついてきた彼を癒したいと思ったんです。爵位の低い家のわたしでも気さくに優しく接してくれたサーディン様を、やれば出来る子な彼と幸せな家庭を作りたいんです!」
場の雰囲気が変わる。
優秀過ぎる婚約者を持つがゆえに苦しんできた男と、そんな男の良さに惹かれて恋に落ちた女。
お互いを理解し、尊重し合う理想的な男女の関係。
残酷なことに弱い者が強い者に挑むというのはどんな時代や場所でも好かれる展開である。
「……ふっ」
目の前で息の合ったいちゃいちゃぶりを見せられ、相手の意思が鋼より硬く変わらないと察したコーデリアは扇子を開いて自らの口元を隠した。
「ふっふっふっ……はっはっはっ……おーっほっほっほっ!」
最初は控えめだったが、徐々に声量とトーンが上がる高笑いをするコーデリア。
「その心意気やよしですわ!」
怒りや悔しさに顔を歪ませるわけではなく、コーデリアは満足したような表情を浮かべた。
「私の圧に怯みながらも立ち向かう勇気。互いへの信頼と慈しみ。そしてなによりこんな場所で婚約破棄を宣言した無謀さに敬意を表して、その提案を認めて差し上げますわ」
事実上の敗北宣言。
コーデリア・アズールとはこういう人物なのだ。
どんな相手であれ、歯向かうのならば潰しにかかる。
しかし、そこに正当な理由は自分が気に入った要素があれば目こぼしくらいはしてやる。
あの二人の行動と自分の意思を貫くという我儘さがコーデリアの琴線に触れるものがあった。
「コーデリア、お前……」
「あくまで私が認めるだけですわ。周囲への説得や手続きについては王子であるアナタが全て行いなさい」
「あぁ! ありがとうコーデリア。俺はお前を血も涙もない怪物だと思っていたけど案外いいところもあるんだな」
「アナタ本当に口にはお気をつけなさいよ……」
自分から浮気しといて婚約者を振っておいてその肩をバンバン叩くサーディン。
元婚約者の能天気さに呆れながらも振る舞いに気をつけろと忠告を残すコーデリア。
長い付き合いで情が湧いていたのか、情けをかける姿もまた美しい。
「アリエルさん」
「はい!」
「これからアナタの想像以上に過酷な暮らしが始まりますわ。妃教育というのは苦労の連続です。お覚悟はよろしくて?」
「はい! 精一杯頑張ります! いつかわたしでも王妃で良かったって言われるくらいになってみせます! 目指せコーデリア様越えです!」
「志が高いのは結構ですが、口に出すのは控えなさい。時と場所は考えくださいまし……」
婚約者を寝取った泥棒猫を相手に心配するような素振りをするコーデリア。
彼女の器は海よりも広く深いのだ。
「お集まりいただいた皆様。お騒がせして申し訳ございませんでしたわ。見苦しいところをお見せしましたが今宵は学友との最後のパーティー。どうか私のことは気にせずにお楽しみくださいませ!」
さらには周囲へのフォローも欠かさない気配りっぷり。
当の本人にそう言われたので外野は何も言わずに忘れたフリをしてやるのが優しさだ。
今日のパーティーではそれぞれが学生を卒業して大人としてパートナーと楽しむ場だ。実家が遠く離れ離れになる友人と楽しいひと時を過ごしているタイミングで冷や水をかけるような馬鹿をするコーデリアではない。
空気を読んだ音楽家達が演奏を再開してパーティーの雰囲気を取り戻そうとする。
「あの、コーデリアさん……」
「申し訳ないのだけれど、少し疲れたので部屋で休んできますわね」
取り巻きをやっている令嬢から声をかけられたコーデリアだが、軽く頭を下げるとそそくさと会場から出て行ってしまった。
普段通りの優雅な歩き方だが、どことなく急いでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「少し、席を外す」
「へーい。いってらっしゃいませ」
一緒に会場に紛れ込んでいた友人に帽子とサングラスを託して僕はコーデリア・アズールの後を追いかけた。
会場を出る直前にサーディンとアリエルの二人がこちらに気づいて青褪めたがそんなの今は心底どうでもいい。
♦︎
「お邪魔するよコーデリア」
ノックもせずにいきなりドアが開かれた。
高位の貴族用に割り当てられた休憩部屋にあるベッドの上に寝転がっていたコーデリアは突然の侵入者に驚いた。
「お兄様!?」
乙女の部屋に押し入るなんて無礼者! と言うつもりだったが、相手が兄のオルカ・アズールであれば話は別だ。
「あぁ、やっぱりこうなってたか」
艶のある真っ黒な髪に満月のように明るく見るものを魅了する金色の瞳。
鼻はすらりと高く、薄い唇も、輪郭さえも完璧なバランスで配置され整っている。
コーデリアの美しさが努力と化粧によって磨き上げられた絵画だとすれば、オルカのそれは大自然の絶景だ。
何もしなくていい。むしろ人が手を加えれば神秘さが失われてしまうような神が作った芸術である。
「どうしてここにいらっしゃるんですの!?」
「可愛い我が妹の卒業祝いだろ? 兄として近くで見守りたくてね」
美しくとも近寄りがたい冷たい雰囲気のあるオルカがくすっと笑う。
悪戯に成功した子供のような笑みだが、彼の普段を知る者からしたらそのギャップは天変地異に等しい。
妹であるコーデリアさえも一瞬だけ呼吸を忘れてしまう反則っぷりである。
「……っ、そうではなくて! どうしてこの部屋に来たんですの?」
「そりゃあ、コーデリアの悲しそうな後ろ姿を見てしまったからね。君はみんなの前では強がるけれど、人一倍負けず嫌いで泣き虫だからね」
自分の本音を見透かされていたことを知り、顔を赤くするコーデリア。
しかし、ぐぅの音も出ない事実に黙り込む。
彼女はこの部屋に入るや否やベッドに飛び込んでジタバタと暴れて枕に顔を押し付け、泣いていたからだ。
その証拠にベッドのシーツは乱れ、脱ぎ散らかされた靴や唇が付着して赤く染まった枕からはコーデリアの余裕の無さが感じ取れた。
「あーもう、涙で目が真っ赤になってる。後で冷やさないと明日は腫れてしまうよ」
「だって、だって……」
自分を心配して様子を見に来たオルカを前に頑張って涙を堪えようとしたが、コーデリアには無理だった。
「この私があんな男に振られるなんて悔しいですわ! 私はコーデリア・アズールですのよ!」
彼女は自尊心がとても高かった。
他者から褒められ、羨望の眼差しを受け、自己評価はぐんぐん上昇していた。
自分は美しくて可愛いくて愛される存在であり、そんな自分のことが可愛くて誇らしくて仕方ないのがコーデリアだ。
普段の強気な態度も公爵家の娘としての立ち振る舞いもあるが、その仮面を保っていたのは自分への圧倒的な自信があればこそ。
「こんなにもキュートでラブリーな私を捨てるなんて美への冒涜ですわ!」
「うんうん」
オルカは腕を組んでその通りだと頷く。
「しかも比較対象があんな小娘!? 容姿の好みは人それぞれとは言いますけれど、私の方が背も高いし胸もありますわ! 第一、化粧の仕方がなっていませんの! 素材に光るものがあるのですからもっとしっかり磨いてあげないと勿体無いですわ!」
最初は罵倒かと思ったが、途中から自分の魅了を引き出せていない浮気相手へのダメ出しへとズレていった。
コーデリアは他人を貶めたりするのがちょっと苦手なのである。
何故ならコーデリアと敵対したライバル達は敗北後に彼女の手によって自らを見つめ直して鍛え上げさせられるからだ。
張り合う相手がいないなら自分から作り上げて差し上げるのがハイスペック令嬢の性なのであった。
「馬鹿王子はコーデリアを悪者みたいに言ってたけど、やっぱり無理だよね」
相手に意地悪をするつもりがお節介を焼いてしまう。
その情け深いところも長所であり、これまでコーデリアは多くのファンを増やしてきた。
取り巻きの令嬢達も元々は敵だったりする。
「馬鹿王子は勝手に折れたけど、やっぱりあんなのじゃコーデリアの相手は無理だったね」
「お兄様。私は何か間違えてしまったのでしょうか? お父様に言われた通りにお兄様を見習って一生懸命に頑張りましたのに……」
ポロポロと涙を溢しながら自己嫌悪に陥るコーデリア。
サーディンが自分のことをあまり好きではなかったことに薄々気づいてはいたのだ。
それでも将来の王妃として国の未来のために模範的な夫婦になろうとしていた。
相手の足りない部分があればそれを全て補って負担を軽してやることにも躊躇いはなかった。
コーデリアは限界を決めない。
コーデリアは理想を諦めない。
コーデリアは妥協をして自己研鑽を止めたりしない。
「どうすれば良かったのですの?」
人目がつかないのもあり、自分を幼い頃から知ってくれている兄の前というのもあってコーデリアは子供のように首を傾げて尋ねた。
「コーデリアは何も悪くないよ。間違ったことはしていないさ」
ベッドに腰掛け、オルカが優しくコーデリアの体を引き寄せた。
「こんなに可愛いマイエンジェルの魅力に気づかなかったあの馬鹿王子が悪い」
「でも……」
「そうだね、強いて言うなら……弱さを見せて甘えなかったことかな?」
何を言ってるのかわからないとコーデリアはきょとんとした顔をする。
「弱さを見せたらつけ入られますわ」
あんまりにもアズール家の人間らしい回答にオルカは苦笑した。
「あはっ。そうだね。でも、だからこそ弱さを見せられるのは相手にありったけの信頼を寄せている証拠なんだよ」
サーディンとアリエルの会話を思い出す。
元婚約者は自分に対していつも強がりな態度をとっていたが、浮気相手には同情して慰めてもらうくらいに情けないところを見せていた。
「私には出来ませんわ。サーディンに弱さを見せるなんて死んでもごめんですわ」
扇子を広げた瞬間、僅かにだがコーデリアは自分の唇を噛んでいた。
時間を稼いで自分を立ち直らせる一瞬の隙すら元婚約者に見せたくなかったからだ。
「じゃあ、コーデリアはあの馬鹿王子のことが好きでもなんでも無かったんだよ。良かったね、あんなクソ馬鹿王子に嫁がなくて」
ぽんぽんと頭を叩くオルカの顔を見上げるとニコニコした満面の笑みだった。
いったいどれだけコーデリアが王妃にならずに済むことが喜ばしいのだろうか。
(だけどコーデリアを泣かせたのはマジで許さない。一番ダメージを受ける方法で復讐してやる。楽に死ねると思うなよ。浮気相手の娘も同罪だ)
妹をあやしながら心の中で人には聞かせられない罵詈雑言を吐き捨てるオルカ。
「よかったね。あんな奴と別れられて」
「ですがお兄様、婚約破棄なんてことお父様に知られたらきっと叱られてしまいますわ」
アズール家の当主にして宰相でもある父はコーデリアにとって尊敬しながらも怖いと思える人物だ。
家の繁栄のため、自分の権力を絶対的なものにするためにあらゆる謀略を糸を張り巡らせている。
利益のためなら子供達へのどのような投資も拒まず、常に結果を出してきたコーデリアにとって恵まれた最高の環境を用意してくれることはありがたいと同時に失敗した時が恐ろしくもあった。
「自分の欲のためにコーデリアを王家なんかに差し出した男だもんね」
「王家なんかって、お父様に聞かれたら叱られーーませんわねお兄様なら」
兄のオルカと父があまり仲良くないのをコーデリアは知っていた。
しかし、二人が喧嘩するところはあまり見たことがない。
何故なら父が嫌味を一つ言おうものならその十倍の皮肉と罵倒が返ってくるからだ。
「あの人は感情が欠落してるんだ。遊び感覚でどこまで高みを目指せるかしか興味がない頭のおかしい人だ。だから子供の気持ちを無視してコーデリアの王家に嫁がせて僕の妻に他国の王族を招き入れようとしてる」
実の父をボロクソのように語るオルカ。
コーデリアは知らないことだが、彼が自分の父へ定期的に送りつける報告書兼嘆願書には数枚に渡る不満と文句が綴られている。
それも全部読まないと正しい情報が手に入らない仕組みなので嫌がらせの極みである。
「でもね、心配しないでコーデリア。今回の一件で僕の作戦が上手くいく算段がついたんだ。これであの人を引き摺り下ろして隠居させられる」
「それは……お兄様が当主になるということですか?」
妹へ優しく言いかかせるような声で真っ黒な発言をするオルカ。
「うん。陛下から次の宰相を僕にするってお墨付きをいただいてね。身の程知らずの高望みな願いを叶えてあげたらコロッと味方してくれたよ。婚約破棄の件で罪悪感を責め立てたら要求を呑んでくれるんじゃないかな? あはは、チョロいよね。あの人については僕の方が当主になった方が公爵家の繁栄になるって計画書と王子を婚約者に選んだ見る目の無さを指摘してやれば非を認めて降りるしかないと思うんだ。コーデリアの時間を無駄にしたり僕の嫁探しに難航して苦しそうにしていたからそろそろ引退して田舎で今までの罪の数を数えてのんびりさせてやるのが親孝行ってものでーー」
早口で捲し立てるようにペラペラと父親を貶める作戦を語るオルカ。
父にとって一番の幸運は自分よりも優秀な跡取り息子がいることであり、一番の不幸もその息子なのだろうとコーデリアは思った。
(まぁ、自業自得ですわね。あぁ、でもいつ聞いてもお兄様の手腕は流石ですわ!)
父が望まぬ引退をさせられそうになっているにも関わらず、彼女は兄の優秀さに惚れ惚れしていた。
売られた喧嘩は必ず買って倍返しにして勝つ。
それがアズール家の流儀であり、打ち勝って相手の肉を喰らって繁栄するのは父の教えだ。
父は兄に弱さを見せてしまったから負ける。ただそれだけのこと。
「お兄様が当主になられるのなら私の次の婚約者もすんなり決まりそうですわね」
「いいや、それが無理なんだ」
婚約破棄された自分の未来も兄が決めてくれるなら安心だと思った直後に否定された。
珍しく狼狽えながらコーデリアは兄に問う。
「どういうことですの?」
「可愛いうちのコーデリアを嫁がせるなら相応しい相手を探すべきなんだけど、まず国内にいない」
え?
「国外も調べさせたけど、僕の嫁探しと同じで条件に当て嵌まらない」
えっ? えっ?
コーデリアは頑張った。
頑張りすぎて相手への要求ハードルが高くなり過ぎてしまった。
「で、では、私は何処へも嫁げないまま行き遅れになって独身のまま死にますの?」
こんなにも頑張って磨き上げた自分の価値を発揮できる場所が無いと知り、再び弱々しくなるコーデリア。
面倒見のいい彼女は将来はいいお嫁さんになれると言われたことがあり、密かに憧れていたのだ。
だばーっと滝のような涙が流れ出してしまう。
「おっと泣かないで。ごめんね、前置きが長くって」
妹を宥めながらオルカは一番大事なことを口にした。
「コーデリアを娶る相手は君と同じがそれ以上の相手じゃないと僕は認めないつもりだ」
鼻先が触れ合うような距離で、金色の瞳が真っ直ぐにコーデリアを見つめている。
「だから君を僕の花嫁にする」
「お兄様の?」
オルカの目は真剣そのものだったが、コーデリアには理解出来なかった。
憧れの大好きなお兄様。
自分に自信のあるコーデリアが何よりも自慢できるのが兄の存在だ。
「でも、私達は兄妹で……」
「それね。実は僕らは従兄妹なんだよ」
「えっ?」
今日何度目の衝撃的展開なのだろう。
コーデリアはこんなにも驚かされた日が他にあっただろうかと考えようてしてやめた。
「どういうことですの!?」
それよりも気になり過ぎることを言われたからだ。
「えっとね、あの人には双子の弟がいてその息子が僕なんだ」
「初耳ですわ!?」
「後継者争いに負けた後、放蕩してたらしくね。他所で子供作ってそのまま病死。恥ずかしくてあの人に消されたらしいよ。それで残された僕がお金で売られてアズール家の養子になったんだ」
笑い話のように話すオルカ。
自分のことのはずなのになんでも無いように語る姿にコーデリアは胸が少しチクっとした。
「容姿はあの人似だったから苦労しなかったよ。最初は貴族なんて息苦しい生き方嫌だと思ったけど、コーデリアが生まれた」
そっと大きな手がコーデリアの顔に触れる。
「君を初めて抱っこした時にこんなに愛おしい存在のためなら何だってしてやるって決めた。だから僕は自慢のお兄ちゃんになって君を守ることを生きる意味にした」
優秀過ぎて何を考えているかわからないけど、いつも自分を大事にしてくれていた兄。
まさか存在理由の全てが自分へ向けられているなんてコーデリアは知らなかった。
「だからこれからもそれは変わらない。嫌々で誰かのものになるくらいならいっそ僕のものにしたい。この世のあらゆるものから君を守りたい」
縋るような懇願するような切ない声でオルカが見つめている。
「でも、君が嫌ならそれも……」
(うーん。困りましたわねー)
コーデリアは悩んでいた。
兄がシスコンなのは知っていたし、こんなに可愛い自分が尊敬する兄をも魅了していたのは嬉しい。
それに、オルカがさっき言っていたことがコーデリアには当て嵌まっていた。
自分の弱さを見せられるのは相手にありったけの信頼を寄せている証拠。
つまり、弱さを見せつけてなお一緒にいられるのは好きだということ。
コーデリアは兄があの人と呼ぶ父の前ですら弱い姿を全然見せていない。
家の使用人や親戚の前ですら完璧を装っている。
(これって私もお兄様が大好きなブラコンということでは?)
拒む理由が一個も見つからなかった。
幼少期から婚約者がいたコーデリアにとっての男性像はオルカかサーディンしかいない。
馬鹿王子はあの有り様なので自分の側にいた異性の相手はオルカのみ。
「コーデリア。僕は君を愛している」
「ーーずるいですわ」
反応を待っている側なのに不意打ちで愛を囁いてきたオルカ。
これまで好きとか可愛いとか愛おしいなんて言葉は何度も耳にしてきた。
だけど、直球で愛しているなんて初めてで、心が揺れないわけがなかった。
ちょん、と唇同士が触れ合った。
たった一瞬のことなのに永遠のような時間に感じられて、離れてしまってもまだ熱い。
「これが精一杯の答えでしてよ」
いまこの場に鏡があれば間違いなく茹でたタコのように赤くなっているに違いない。
不意を突かれてクラクラしたとはいえ大胆に口付けをするなんてはしたない。
「私も、お兄様の……オルカのことが好き……」
「あ、あぁ……コーデリアが。僕のコーデリアが頬じゃなくて唇にキスしてくれた!」
勇気を出して恥ずかしい愛の言葉を紡ごうとして興奮するオルカの声に掻き消された。
「こんなに幸せなことはないよ。もうずっと離さない。悲しい思いなんてさせない。君を永遠に愛し続ける」
抱擁が熱い。
力が強くて胸が苦しい。
心臓の音がうるさくて何も考えられない。
「僕がいないと生きていけなるくらい甘やかしてあげるよ」
美しい月光が差し込む薄暗い部屋の中、ベッドに押し倒されるコーデリアには月よりももっと眩しい金色の瞳しか見えなかった。
♦︎
「おや、コーデリアと休憩時間が被るなんて偶然だな」
「嘘をおっしゃい。毎度私が紅茶を淹れたタイミングで丁度よく現れるなんて有り得ませんわ。誰かに監視させていたのでしょ?」
ニコニコと笑顔を浮かべるオルカに呆れながらもコーデリアはあらかじめ用意していたもう一つのカップに紅茶を注いだ。
兄と妹から夫と妻へとなった二人は王城の庭園でくつろぐのが日課になっていた。
この城の主人はとっくにオルカの操り人形に成り下がっているからこそできる行動である。
あれから少し時が経ち、コーデリアは王太子妃の教育係に選ばれた。
年も同じで経験の長い彼女が適任だと宰相に就任したオルカが推薦したのだ。
初めてのレッスンの際にアリエルは内容の詰め込み具合とハードルの高さに体がついていかず気絶した。
コーデリアを超えるなんて大口を叩いたことがいかに無謀だったのかを知り後悔するが、やる気満々の鬼コーチは甘えを許さなかったのだ。
王太子妃が白目を剥きながら気絶している頃、夫のサーディンは外国にいた。
世間知らずな彼に外交を学ばせてあげようという宰相様の計らいだ。
サボろうものなら同行している忠実な部下から通報されるオマケつきでいくつもの国を巡っている。
あれだけ深い愛を見せつけた熱々の夫婦だからもうしばらくは離れ離れでも問題ないだろう? と目が笑っていない顔で宰相様は帰国を懇願をする手紙を破り捨てたりしている。
あのパーティーの日に王太子夫妻はシスコンの逆鱗の上でタップダンスをしたのだ。
復讐を誓ったオルカが納得するまで幸せは遠くだろう。
「王太子夫妻には困らされてばかりだよ」
「どの口がおっしゃいますの?」
あまりの白々しさに呆れるコーデリアだが、心の中は清々しいものだった。
(まぁ、この私をコケにしてしてくれたのですからざまぁ見ろ……と少し思っても罰はあたりませんわよね)
もうしばらく王太子夫妻には痛い目を見てもらいたいものである。
「くっくっくっ。あの二人に次はどんな嫌がらせをしてやろうか……」
「ほどほどにしてあげてくださいね。そうでなくては私が意地悪する分が残りませんから」
この夫にしてかこの妻ありである。
「とはいえ、なんだかんだ馬鹿な連中のせいで疲れてしまったし、明日は息抜きがしたいな」
「はいはい。今度のデートはどこに連れて行ってくださいますね?」
「それがね、世にも珍しい豆を使ったコーヒーを提供する店があってーー」
笑顔のまま饒舌に話し出すオルカ。
二人きりの時はこんなにも表情豊かだというのに、普段の彼は全く笑わない。
眉目秀麗で聡明でありながら冷酷無慈悲。
ついた通り名は魔王。
素晴らしい論文の発表により経済界に革命を起こし、剣聖と呼ばれる最強の剣士でなければ鍛練の相手にはならない。
すれ違う人々は膝をついて首を垂れ、彼を御神体にした宗教が誕生すると毎年信者が爆発的に増えている。
彼に睨みつけられば猛獣は自害を選び、利用してやろうと悪巧みをしたものは破滅させられる。
生まれながらに人の頂点に君臨する超規格外の存在である。
そんなオルカが自分だけに向ける素顔が嬉しくて、コーデリアは幸せを噛み締めながら微笑むのだった。
かつて怪物と呼ばれる令嬢がいた。
魔王の妹であり、人並み外れた才能をたゆまぬ努力で磨き上げた精神力の高さ。
あの兄にしてこの妹あり。
魔王に並び立つ存在にはピッタリの通り名だと人々は思った。
そんな二人が夫婦になった結婚式は王太子夫妻のものより豪華絢爛で国民達から盛大な祝福を受け、いつまでも幸せに暮らしたとされている。
誤字脱字報告をいつでもお待ちしてます。すぐに修正しますので。
感想・評価が作者の励みになります。
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