情愛
朝教室に入る。ふと思い立っていつもより一時間早く家を出る。特段やることもないから漫然と歩き大学についてしまう。吐く息が白くならないのが不思議なほどの寒さに私は体を縮こませる。
学生通りのご飯屋も、近所の楽器屋も、本屋も空いていなかった。。町は静かだ。
朝帰りの着飾った女と段ボールに包まって服を何重にも着た浮浪者だけが目に留まる。
朝早くともあまり面白いことはないと再確認する。
大教室に入る。出席を取らない授業。まだ早い時間だから人気は無い。
いや一人だけいた。運命の人だ。
安直だ、私はそこそこ下卑ているのだ。化粧というのはよくわからないがきっと彼女のそれは濃いほうだと思う。髪型はショートウルフ。タイプではない。
朝陽というには強すぎる8時の日差しの中で居眠る彼女は天使のように思えた。
近づく。ここで声を掛ければ不審者だ。おそらく私は閻魔の前に立つことになる。ただここで声を掛けないのはつまらない。早起きは三文の徳。そうあるべきだ。そうあってほしい。
おはようございます。口をついて出る。彼女が顔を上げて私を見てくれる。あぁ幸せだ。
なんもない様を無駄に演じながら「何時何時からいるんですか、一番乗りだと思ったんですけど。」
お道化てみる。戸惑いながら口を開いてくれる。7時くらいからいたらしい。朝まで大学近くの公園で一人飲みここにきたらしい。なんでわざわざ出席を取らないこの授業に無理してくるのか。奇妙。ただ私のほうが奇妙。
少しだけ話す、気まずそうに話す彼女。だがその私はそれでいいと思っていた。事実それでよかった。
10分ほど話して連絡先を聞いた。隣に座っていいか聞いた。一席開けて座った。
授業が始まるそれまで入ってくる他学生たちを見ながら彼女を横目で見続けた。
教授の話を聞きながらいつの間にか寝ていた。
起きると教室には知らない声が響いていた。教授も知らない人だ。
スマホの通知にあの女性からおやすみと連絡がある。彼女の席にはだれも座っていなかった。
その席に移動し寝てみる。起きたら夜になっていた。