タサンオブザリング⓪
俺の名はガウロ。
職業は衛兵。年齢はまぁ、おっさんだ。
今は街のダンジョンの門番を担当している。
昔は探索者をやっていたが顔に傷を負ってから辞めた。
ダンジョンが閉鎖されていても門番の仕事は変わらない。
俺達は1日中交代制で門番をしている。
閉鎖されても入るヤツはいるから見回りは欠かせない。
1日に1回、2階への下り階段に貼ってある結界石の交換もしないといけない。
ダンジョンの1階を照らすランプの油の補充もある。
それとゴミ場の巡回。入り口近辺にごくたまに湧く魔物退治。
こうして閉鎖されていてもやることは多い。
大変だがやりがいもある。
特に俺はガキっていうのがその嫌いじゃない。
ゴミ場で稼ぐガキどもは辛いだろうが頑張っている。
俺は応援してやりてえ。そして探索者になりてえヤツは多い。
それに関しては複雑だ。顔の傷が疼く。
もう今の俺には探索者の未練はねえ。
せめてガキどもが俺みたいにならねえように、そう願うしかねえ。
探索者は稼げるが、それ以上に危険で死に最も近い職業だ。
稼げると生活は比べられないほど豊かになる。
人生が変わる。あらゆるものが一変すると自分も変わっちまう。
だがな。稼げるだけが幸せじゃねえ。それだけじゃねえんだ。
俺は気付いた。だからガキどもにもそれに気付いてほしい。
そういうのは誰かが言うんじゃない。
自分で見出すもんだ。だから無事を祈るしかねえ。
それでいくとウォフっていうガキは妙なヤツだ。
最近のガキどもの中でも特に変わっている。
普通はゴミ場に稼ぎに来るガキっていうのは貧しく血走った眼をしている。
そりゃあ300オーロの入場料も高いし生きる為に漁っているから、荒む。
だがウォフは違った。
ゴミ場に来るのは3日に1回ぐらいの割合いだが俺達に挨拶するし雑談もする。
どこか楽しそうだ。あいつも必死なのはあるだろう。
しかし荒んじゃいねえし、妙な余裕がある。身なりも悪くねえ。
ダンジョンが閉鎖されたとき、あいつは探索者に雑用として雇われたと言っていた。
クーンハントに騙されてないのは良かったが、まあウォフはそんなヘマはしないが。
ダンジョン探索に行くと言っていて正直、心配だった。
雇い仔はあんまり良い扱いされねえからな。
そこからしばらくウォフと会っていない。
ところがだ。ひょっこりと戻ってきた。
しかも俺にダンジョンで拾ったとかいう指輪をくれた。
売ってガキどもの飯代にしろとか……ナマイキ言いやがって。
まあ一応は叱るが……飯代か。じゃあ、ありがたくそうさせてもらうか。
早速仕事終わりにアリファのところで鑑定してもらった。
ところがだ。この指輪は鑑定に時間が掛かるとか言ってきた。
俺はよく知らないからそうなんだと思った。
それなら値段も期待できるなと喜ぶ。
孤児院のガキどもにたらふく食わせてやれるぞ。
上に許可をとってまた炊き出しも出来るかもな。楽しみだ。
そうして何日か経って、俺は呼び出された。
「は? ボレー伯爵の別邸に呼び出し? 俺が?」
なにがなんだか分からない。迎えの馬車が来るという。
別邸は中央貴族街にある。
俺は馬車に乗って、別邸へ。貴族街なんて初めて入ったぜ。
馬車から降りると別邸の二階へ案内された。
客室みたいなところで待つように言われる。
「……俺、なにかしたのか……」
急に現実味が出て来て不安が募る。
覚えがない。門番の仕事しかしていない。
休みは孤児院の手伝い。街のドブさらいやゴミ拾い。
無料配布の食堂の手伝い。今風に言うならボランティアってやつだ。
門番の仕事ぐらいハードだが、充実した休みっていうのを実感する。
そこで何かしてしまったか?
やらかしたのは配給の料理の調味料を間違えたことぐらいしか覚えがない。
それに……様子が変だな。
何かやっちまったら普通は捕縛だ。それから牢屋。
罪状が分かるのは取り調べのときだ。
いきなり伯爵の別邸? しかも二階のこんな豪華な部屋で待機?
やらかしたっていう感じじゃねえよな。うーんわからん。
するとドアが開いた。えっ、メイド? 貴族の屋敷だ。そりゃあ仕えているよな。
メイド服の……狼人族の少女。見た感じからウォフと同い年か年下か。
「あの、お客さま。大変お待たせしました。今からお会いになるそうです」
「そ、そいつは、ボレー伯爵か?」
「あの、いいえ。違います」
「違う?」
「はい。こちらです」
ボレー伯爵じゃないのか。じゃあ誰だ?
疑問符を浮かべながら大人しい感じのメイド少女の後に従う。
俺の顔を見ても無反応っていうのは、さすが貴族に仕えるだけはある。
通されたのは角の部屋だった。メイド少女がノックする。
「あの、失礼します。領主代行代理。お客様をお連れしました。お入れします」
「ああ、うん。来ましたか。どうぞ」
「あ?」
メイドがドアを開ける。
そこに居たのはふたりの美女だった。
ひとりは黒檀の事務机を挟んで赤いカーテンが掛かる窓際に立っていた。
長い銀髪に尖った耳をした褐色の女性だ。
白いスーツを皴一つなく着こなし、緑の左目に片眼鏡をつける。
尖った耳。エルフか。美男美女が多いエルフでも氷みたいに綺麗だ。
ソファに座っているのは、赤いメッシュが目立つ短く荒々しい金髪。
黒い角。青く眼つきが鋭い。でも小柄な顔立ちの美女だ。
右耳と左耳にピアスを三つずつしている。
赤黒のシャツと所々破れたズボン。ダメージ加工ってやつか。
それと腰に鎖を巻いていた。
行儀悪く脚を組んで座り、しかも足はテーブルの上にのっている。
雰囲気はチンピラ用心棒だ。ソファの傍らに二振りの剣が置いてある。
ロングソードとサーベル。両刃と片刃。珍しい組み合わせだ。
荒々しい美女の獲物か?
不意に銀髪の美女エルフが俺を見て言う。
こっちのエルフ。どっか誰かに似ているんだよな。誰だったか。
「あの、それでは、あたくしは失礼します」
会釈してメイド少女は静かに部屋を出た。ドアが閉められる。
「ああ、うん。気楽にソファに座ってください」
「俺なんかしてしまいましたか」
「そうではありません」
「いいから座れってんだよっ」
荒々しい美女がドンっとかかとでテーブルを叩く。
途端に銀髪の美女エルフが彼女を睨んだ。
「シェシュ。行儀悪いですよ」
「チッ、座れよ。オッサン」
「……わかった」
俺は大人しくソファに座る。
このふたりの極上の美女。なんなんだいったい。
「ああ、うん。まずは自己紹介をしましょうか。ドヴァはドヴァ=タサン。こちらのガラの悪いのは、ドヴァの妹で護衛のシェシュ=タサンです」
「ケッ……おうよ」
「タサン!? タサン侯爵……!? 俺はガウロです。衛兵で門番やっています」
この国の実質№3じゃねえか。俺は息をのむ。
「ああ、うん。ドヴァはタサン領主代理代行として、今回ハイドランジアに来訪しております」
「タサン侯爵が……一介の庶民の俺に何の用があるんです……?」
本当にだよ。何の用があるっていうんだよ。
「指輪です」
「指輪…………?」
「青銅製の指輪だよ。覚えてねえのか」
「あっ、あれか。あれがなにか?」
「あの指輪はタサン侯爵家の者にとって大切な指輪なのです」
「あれが……そうなのか。ですか」
アリファのやつ。だから鑑定が長引いていたのか。
どうやってか知らないが連絡しやがったな。間違っちゃいねえが。
「ああ、うん。ですからシェシュ。あれをこの者に渡してください」
「へいへい。ほらよ」
荒々しい美女シェシュがテーブルの上に真っ白い絹だこれ。絹の袋を放った。
重い音がする。おいおい。
「シェシュ。あなた。本当に行儀悪いですよ」
「ケッ、うっせえな。おい。おっさん。受け取れ」
「これは」
「ああ、うん。指輪の代金です」
「……こんなに?」
上質な絹の手触りとは裏腹に重い。どんだけ入ってんだ?
「中身の確認などお好きにどうぞ」
「…………す、すげえ……」
うそだろ。金貨に……諸王貨もある。
「ああ、うん。あの指輪は、タサン侯爵家ではそれくらいの価値があるのです」
「ケッ、やべえくらいの大金だよなぁ。おう。オッサン。てめえ。この金を何に使うつもりなんだ?」
「えっ」
急にニヤニヤと意地の悪い笑みで荒々しい美女。シェシュが訪ねた。
すかさずエルフの美女。ドヴァが言う。
「勘違いしないで欲しいのは、この金はもうあなたのモノです。ですから使い道は自由です。聞いたのはシェシュが悪趣味なだけです」
「チッ、悪趣味は余計だろ。それでスカーフェイス。何に使うんだよ?」
「……これだけあれば―――孤児院の改装ができる」
「あ? 孤児院だぁ?」
「ああ、うん。できます。余裕です」
「その前にガキどもにたらふく食わせて、炊き出しもでっけえの出来ます」
肉も沢山入れられる。野菜も忘れずにな。
ガキども。大喜びするぞ。ワクワクしてきた。
するとシェシュはまたテーブルにかかとを打ちつけた。オイオイ。
「……てめえ。ふかしてんじゃねえだろうなぁ?」
「シェシュ。貴族を前にウソをついてどうするんですか。偽証罪もありますよ」
凄い睨まれて、すげえこと言われた。
あとこいつら。貴族の態度じゃねえ。どこのマフィアだ。まあ似たようなもんか。
疑われているか。無理もねえな。俺、外見悪いからな。
ちっちえガキは俺見てすぐ泣くし。でもよ。
「俺は別にウソはついてねえです。俺はよぉ。孤児だったんだ。今は真っ当に生活できているが、ただ運が良かっただけだ」
「ハッ、その顔の傷で運が良かったのかよ?」
「シェシュ!」
「ああ、生きているからな。でもよ。ガキのまま死んでいくヤツもいる。犯罪に手を染めるヤツもいる。どうしようもなくなっちまうヤツもいる。それもひとりやふたりじゃねえ。俺はひとりでも……ガキどもを助けてえんだ。孤児院だって行政支援はあるが満足にいってねえ。街の衛生管理も人手が足りてねえ。無料食堂も、炊き出しも満足にできちゃいねえ。あんたらには分からねえだろう。他の街よりはマシでもそれでも路上で寝ていて死ぬ奴らはいる。このハイドランジアにもいるんだ。あんたら貴族にノブリスなんちゃらっていうのがあるのは知っている。そいつは悪くはねえ心意気だ。だがな。あんたらは本当のことを分かってねえんだ」
「―――てめえ。いい度胸だな。貴族にタメ口きいてんぞ」
シェシュに更に強く睨まれる。
ああ、分かっていた。だがな。それがどうした。
つか貴族なら貴族らしくしろよ。スラムの連中と話している気分だぞ。
ドヴァは溜息をついた。
「シェシュ。いい加減にしなさい。あなた。彼をどうするつもりなんですか」
「チッ、別になんもしねえよ。おう。おっさん。名前は」
「さっき名乗ったぞ」
「あ? おれは聞いてねえんだよ」
「……ガウロだ」
「ふーん。ガウロ。ガキは好きか」
「は? それを聞いて何の意味があるんだよ」
「あ? うっせえな。意味なんてねえよっ!」
怒鳴られた。なんなんだよ。
ドヴァは苦笑する。
「ああ、うん。そうだ。ひとつだけ尋ねたい事があります」
「なんですか」
「指輪はどこで見つけたのですか」
「それは、もらったんですよ。ガキどもの飯代の足しにしてくれって、お節介な妙なガキに貰ったんです」
「ガキだと」
「ああ、うん。続けてください」
「そいつ。ウォフって言って前にダンジョン探索のとき雇い仔やったらしいんです。そのときに見つけたとか」
「雇い仔のガキか……」
「わかりました。こちらの用件は以上です。ご苦労様でした。ガウロさん。何かドヴァ達に聞きたい事はありますか?」
「ウォフになにかするつもりか」
「ああ、うん。安心してください。あなたのように詳しく話を聞いて御礼をするだけです。なにかしようなんて考えていません」
「だとよ」
「……わかった。聞きたいことは以上だ」
「ああ、うん。それでは、ガウロさん。ご苦労様でした。お帰りください。帰りも馬車を使ってください」
「ああ、ありがとよ」
俺は頭を下げ、金を持って退室した。
帰りも先程の狼人族の少女メイドが案内する。
なんかすげえことになったな。
ドアが閉じて、ガウロが退室すると少ししてドヴァはシェシュを睨んだ。
「シェシュ。なんであんなことを訊いたんですか。事前調査で彼の事は分かっていたはずです。だから《《あの金額》》ですよ」
「あ? 別に意味なんてねえよ。聞きたかったから聞いた。それだけだ」
「シェシュ。あなたはドヴァの護衛。勝手な言動は慎んでください」
「ケッ、わかってるよ。んなこと」
「ああ、うん。しかし珍しいですね。あなたが誰かの名前を尋ねるなんて」
「あ? うっせえな。別にいいだろ。おれが名前を尋ねるぐらいよ」
「ああ、うん。子供好きだからですか。あなたも子供が好きですからね」
「なに言ってやがる。チッ」
シェシュはドヴァをひと睨みして舌打ちした。
この輩みたいな妹め。




