再開のゴミ場⑥・だから僕は笑う。
軽々ではないが、かと言って苦渋でもない。
ジューシイさんは普通に荷物を持つように持ち上げていた。すると一旦、降ろす。
「やはり重かったですか」
「あの、これくらいの重さ。むしろ片手で持ったほうが楽です!」
「へっ?」
確かにこの四角い塊はそんなに大きなサイズじゃない。
持てるなら片手でも可能だ。
だがあの重さだぞっと思ったらジューシイさんは片手で持ち上げた。しゅごい。
「しゅごい」
「あのあの、ウォフ様の方が凄いです! あたくしのフェンリル姿を見ても気絶せず、全く動じていません。やはり強いです!」
「ん? どういうことですか」
「普通ならフェンリルになったあたくしを見たらです! 威圧と雰囲気で神気というものを当てられるんです。そうすると気分が悪くなったり、身体が動かなくなったり、わんっ、気絶したりするんです!」
「……そうなんですか」
ひょっとしたら、あのときの魔女も【ジェネラス】の神気で気絶していたのか。
そういえば誰かの前で【ジェネラス】になったのは魔女が始めてだった。
そうするとエッダの聖域。大神殿の神像が放っていたのは神気だったのか。
そして【疑似化神レリック】を持つ者には効果がない。なるほど。なるほど。
「わふっ、ウォフ様。これからどうします?」
「……そうですね。ここで行き止まりだと思ったんですけど」
そう、ここで終わりだと思った。しかしまだ先があるみたいだ。
ちょっと待っててと少しだけ進む。
一応レリック【フォーチューンの輪』で確認してみる。
なにも反応はない。【危機判別】もなし。よし帰ろう。
その前に、この甘噛みされた腕。さすがにこのままっていうのはなぁ、。
美少女のよだれありがとうございますっていう変態じゃないから。
だからポーチ奥から取り出したエリクサーの神聖卵をかける。
浄化されていく。これでよし。
戻ってくるとジューシイさんは尻尾をふった。
「わんっ、ウォフ様!」
「戻りましょう。時間は掛かりますけど」
ここに来てからどのくらい経っただろう。
あまり考えたくないので黙っていた。往復で夜になっていそうだ。
もしくは戻ったら朝になっていたり……うん。考えたくないな。
「それなら大丈夫です! わんっ、これがあります!」
ジューシイさんが塊を置いてピンク色のポーチから何やら取り出す。
それは石だった。見覚えがある。
透明で菱形の形状をしていて、中心が虹色に輝いていた。帰還石だ。
使えば消費し、ダンジョンの1階へ転移する。別名を強制帰還石。
だが、おかしいな。僕が見たときはもっと歪んでいた。
それと布が巻かれていて、まぁいいか。
「ジューシイさん。いいんですか」
「あの、使ってください! あたくしも、実は帰りが遅いとまずいのです!」
ああ、そりゃあ侯爵令嬢だよな。マズイよな。そもそも独りで出歩いていいのか? いくら強くても護衛とかいるんじゃないか。色々と疑問に思いつつ僕は受け取る。
彼女は塊を再び持った。やっぱりしゅごい。
地面に帰還石を叩きつける。割れると僕達の姿が掻き消える。
光が消えると見覚えがうっすらある岩肌の天井が見えた。
ここは知っている。1階だ。幸いにも誰も居なかった。
そのままダンジョンの外に出る。
良かった。まだ刻限じゃなかったようだ。あれ、ガウロさんの姿が見えなかった。
他の門番に聞くと休憩中。ご飯か。シードル亭でも行ったのかな。
ジューシイさんが訪ねた。
「あのあの、あの、この塊。ウォフ様。どうします?」
「……そうですね」
悩むが選択肢はひとつしかない。
魔女の家は遠すぎる。ならば僕の家しかない。
「すみません。僕の家まで頼めますか?」
「わんっ! 任せてください。運びます!」
「すみません。お願いします」
僕には持てないから頼むしかない。
いつもの僕なら情けなくて落ち込むだろう。
でもこの重さ……ゴリラしか無理だと思う。
だからしょうがない。
こうして僕とジューシイさんは街のダンジョンを後にした。
てっきりさっきのピエスととかが待ち構えていると思ったがいなかった。
僕の家まで最短のルートにしながらも、ちょっとした観光案内をする。
英雄像。凱旋の石碑。噴水広場。小道のアーチ橋。鐘楼。
「そういえば護衛とかいないんですね」
てっきり入り口で待機していると思っていた。
「あの、実は……黙って出て来ているんです」
「え……」
「あのあの、部屋に鍵を掛けて窓から出て、本当は! ゴミ場に入って、すぐ戻るつもりだったんです」
それってかなりやばいぞ。
ヘタすると誘拐に思われかねない。
「急いで戻らないといけませんね。場合によっては僕も謝ります」
「わんっ、ウォフ様が謝ることはなにもないです!」
「今現在進行形であるんですよ……」
白紫色の四角い塊。これが重すぎて持てないからって、持ってもらっている。
しかも家にまで運んでもらっている。
侯爵令嬢をアゴで使っているみたいだ。これ見つかったらアウトだよなぁ。
少しびくびくっとしながらなんとかトラブルも無く家に着いた。
「あの、ここがウォフ様の御自宅ですか。倉庫みたいです」
「僕も最初は思いました。さあ、どうぞ」
入り口を開けて彼女を招き入れる。
「あの、わん。お邪魔します」
どこか緊張した感じで彼女は入る。
きょろきょろと落ち着きなく見回す。
「あのあの、庭に小さい塔があります!」
「ああ、見張り塔……今は、それより。その塊は」
「わふ? どこに持って行きます?」
さて、どこに置こうか。
僕の部屋はさすがに……隣は身体を洗うところで地下も……そうすると右の部屋か。
「こっちの部屋です」
右側に案内する。木箱が沢山あるけど、確かこの辺に……あったあった。
よいしょっと、僕は古い一本足の丸いテーブルを見た
最初からあったけど特に使い道がないからずっとここに置いていたモノだ。
テーブルの上にはスクロールがいくつか置いてある。邪魔だな。
こっちの木箱の上に全部移して、テーブルを出す。
「あの、この上に置くんですか。平気です?」
「潰れたら、そのときはそのときに考えますよ」
言われて心配になってきた。
ジューシイさんがゆっくりと白紫色の四角い塊を置く。
ミシっと音がしたが、塊はテーブルの上に無事、鎮座した。ふう、良かった。
「ちゃんと乗りました。わんっ、良かったです!」
「ありがとうございます」
僕は頭を下げる。深く下げた。感謝と謝罪の気持ちを込める。
ジューシイさんは慌てて、クルっと回って手を広げた。
「あのあの、わんっ、ウォフ様、頭を上げてください。あたくしこそ今日は初めてがいっぱいでした。ゴミ場で初めての探索。とてもとても楽しくて嬉しくて、それに【フェンリル】になってもなんともなかったのは、ウォフ様が初めてです! こんなに胸が躍ったのは久方ぶりです! ウォフ様のおかげです! あたくし、今日という日、ウォフ様に出会えて本当に良かったですっ!」
太陽のような笑顔をみせる。
キラキラと星みたいに輝いていた。
僕は圧倒されて照れる。
僕もそうですよ……そう返せばいいのに恥ずかしくて言えない。
あんなにまっすぐに言うことが出来ない。
でも何か言わないと、せめて何か彼女に伝えないと……しっかりと伝えたい。
「あ、ありが」
「ウソでしょっ!? ウォフが女を家に連れ込んでいる……!?」
その声に振り向く。ドアの陰から小さな顔が覗いていた。
小さな人形と同じくらいの女の子の顔。しかも飛んでいる。そうミネハさんだ。
なんでそんな家政婦みたいな覗き方をしているんだ。
じゃなくて、なんか変な誤解している。
「み、ミネハさん」
「わんわんっ! フェアリアル!? 本物です!」
「しかもこんなところに……!」
「違う。そうじゃ」
「わんっ! わんわんっわんわんっっっっ!!!」
あっ、ジューシイさんはミネハさんの元へまっしぐらに駆け寄る。
しまった。ミネハさん。ロックオンされた。
「ぎゃああっ、なんなのっ!?」
「わんっ! わんわんっ! わんわんっっっ!!」
追い掛け回されるミネハさん。
ああ、犬ってああいうところあるよなぁ。
猫とか鳥とかよく追い掛けていたなあ。
「あんた。なに見ているのよっ、助けなさいよっ! きゃああっっ」
「わんわんっ! わんっ! わんわんっ! わんわんっわんわんっっっっ!!」
もう人の言葉を話していないジューシイさん。興奮し過ぎて犬になっていた。
そろそろ止めないと、ミネハさん捕まったら舐め回されそうだ。
「ストップ! ステイっステイっステイっっっ!!」
前世の記憶の実家の犬を止めるように僕はなんとかジューシイさんを正気に戻した。
危うく顔を舐められそうになった。
落ち着いた後、ミネハさんか怒る。当然だ。
「な、なんなの。この犬女っ」
「あのあの、あの、ごめんなさい。あたくし。ジューシイ=タサンと言います!」
「タサンってあの侯爵家!? ホントに……?」
「そう思いますよね。本物ですよ」
残念なことに本物だ。
「……なんで侯爵令嬢がこんなところにいるのよ……」
「あの、ごめんなさい。追い掛け回して、すみませんです!」
「ほんとよ。街中でたまに猫とか犬とか追い回されることはあっても、まさか人間に追い回されるとは思わなかったわ」
たまに追い回されているのか。
僕はジューシイさんとの出会いを掻い摘んで説明した。
黙って聞いていたミネハさんは溜息をついた。
「あんたそれ完全にダンジョンの中じゃない。しかも素体と戦うって、変な場所ね」
「やっぱりそうなりますか。そうなってしまいますか……」
「まぁ、その変なモノに関してはアタシが手に入れたことにしていいわ」
「ありがとうございます。助かります」
良かった。
僕達のやりとりを聞いていたジューシイさんがきょとんとする。
「わふっ、今のどういうことです?」
「ゴミ場じゃなく、ダンジョンで得たモノは探索者以外は所有権を基本、認められていないんですよ。ですがミネハさんは第Ⅲ級探索者なので、彼女が手に入れたということにすれば所有権はミネハさんになるんです」
「わんっ! 探索者なんですか! しかも第Ⅲ級です!?」
「そうよ。アタシはミネハ。10歳。第Ⅲ級探索者よ」
「あの、特例で噂の最年少天才探索者!? 吃驚です驚きです!」
「間違ってないわね。あなた。気に入ったわ」
まんざらでもない様子のミネハさん。
とても先程必死の形相で追い回されていたとは思えない。
「あのあの、あの、ありがとうございます!」
満面の笑顔で尻尾振っている。ふたりは良い友達になりそうだ。
それはいいとして、そろそろ。
「ジューシイさん。そろそろ戻らないとまずいのでは?」
「なに?」
「わんっ、はい。そうです! 戻ります!」
「送っていきますよ」
「あの、ウォフ様。ご迷惑おかけできません。それは大丈夫です」
「なになに、なんなの? ウォフ。説明しなさい」
「実はジューシイさん。黙って出てきていて、早く戻らないとまずいんです」
「ふーん。それならアタシが送っていくわ」
「えっ、いいんですか」
「あのあの、あたくし。平気です。わんっ! ひとりで戻れます!」
「この街、結構迷うわよ。迷い犬になってもいいの?」
「わふっ、あのあの、困ります!」
「それに男のウォフより、可愛いアタシのほうがいいでしょ」
ミネハさんはジューシイさんの右肩に座る。
それは確かにそうだ。男より女の方がいい。
僕なら下手すると投獄されるかも知れない。
「あの、ミネハさん。あ、ありがとうこざいます!」
「ほら行くわよ。どこまでなの?」
「わんっ、街の中心の貴族街です!」
「中央貴族街ね。さすが侯爵家」
「それじゃあお願いします。ミネハさん」
「これくらい簡単よ」
「ウォフ様。あの、今日は色々とありがとうございます!」
「いや、こっちこそ。あのとき助けてくれて、それとわざわざ持って来てもらえて、本当に助かりました」
彼女は僕とナイフの恩人だ。
ジューシイさんは照れたようにした後、大きな狼耳と尻尾を立てた。
僕をまっすぐ真剣なまなざしで見つめる。
「あの、あたくし、ウォフ様にお願いがあります!」
「なんですか」
「あのあの、あたくしと、わんっ! 友達になって欲しいです!!」
「いいですよ。僕でよければ」
「わんっ、わんわんっ、ありがとうございます。わんっ、とっても嬉しいです!」
「友達になったから様付けはさすがにやめましょう」
友達に様付けはする? しないしない。これでようやくまともに。
「あのあの、わんっ、友達になりましたから、そうです!」
やっとわかってくれたか。ジューシイさんは笑顔のまま。
「では、ウォフ様! 今日はとってもありがとうございました! わんっ、またお会いしたいです!」
では、とはなんだ。
まぁ無理なのは分かっていた。だから僕は笑う。
「そうですね。また、会いましょう」
「わんっ! あのあの、あの、さようならです!」
こうして太陽のように眩しいくらいに輝いたアイドル犬の侯爵令嬢と僕は別れた。
しかし相手は侯爵令嬢。もう会うことはないだろう。
だが、そう思っていた自分は本当に甘かった。
これはただの始まりに過ぎなかった。




