再開のゴミ場⑤・重い。ひたすら重い。
僕は茫然とする。
「え……」
彼女はゴミの壁に盛大に激突した。周辺が微震してゴミが舞い散る。
「ぎゃんっっっっ!!」
「ジューシイさんっ!?」
おかしいっ。パワータイプでこんなスピード……僕はハッとする。
まさかレリック持ちで、しかも適応オーパーツ!?
素体オメガは僕めがけて斧を振り下ろす。
避ける暇もなく速い。咄嗟に僕は咄嗟で抜いていたナイフで防いだ。
「ぐっぐぐぐぐっっっぐぐぐっっっっ!」
なんて力だ。こうやって両手で止めるのもやっとだ。
受けているナイフの刃がギリギリギリっと軋む音をたてる。
僕は徐々に押されて膝立て姿勢まで追い込まれた。
まずい。このままだとナイフが割れる。
「ぐぐぐぐっっっっ」
素体オメガが力を込める。抑えるのに限界がやってきた。
僕は押されて押され、膝を崩され正座に近い姿勢にされた。
や、やばい、もう……ナイフが!
ダメだ。もうナイフ……が。あっいや僕も……力が……もうダメ……っ!
「アオオオォォォォーーーーーンっっっ!!!」
絶体絶命の寸前、勇猛な遠吠えが聞こえ、真っ白い何かが素体オメガに衝突した。
素体オメガはよろめき、僕はこの隙に後ろへ下がる。
た、助かった。危うくナイフが僕が―――まさに危機一髪だった。
ここ最近で例の森以来だった。本当に死にそうだった。
今日はたまたま朝の訓練で【ジェネラス】になったので、もうなれなかったから。
「はぁっ、はぁっ……でも、いったい……」
その真っ白いモノは薄く輝きながら、素体オメガと組み合うように戦っている。
あれはいったい。しかも強い。圧倒している。
『ブモモモオオォォォッッ!!』
「ワンっ、これでトドメです! 羅刹斬哭爪っ! 終わりですっ! アオオオオオォォォォォォーーーーーンっっっっっ!!!!」
真っ白いモノが半回転する。
何かの強烈な衝撃が伝わり、甲高い歓喜の遠吠えが木霊する。
見ると素体オメガの腕が斬られ、斧が壊され、胴が裂かれていた。
トンっとそれが地面に降りると素体オメガの頭部も無くなっている。
ズタズタにされた素体オメガは倒れ、動かなくなった。
僕はおそるおそる、それに尋ねる。
「…………ジューシイさん?」
「ワンワンっ、ウォフ様! ウォフ様っ! お怪我は? ご無事です!?」
クルっと華やかにターンして抱きつくような勢いで駆け寄ってきた。
それは真っ白い髪をして大きな白い狼耳と白い尻尾を生やした、ジューシイさんだ。
2Pカラーじゃない。その瞳は紫色にキラキラと光り輝いている。
紫の瞳。それに色が変わった。まさかそれって。
そして向かってくる彼女を僕が受け止め―――られるわけがない。
「うわぁっ」
「キャンっ」
猛烈に押し倒された。背中が痛い。
「……」
そりゃあそうだろうな。勢いがある犬って強いからな。
ジューシイさんの真っ白い光る髪がこぼれ流れ、彼女の揺れる紫の瞳が僕を映す。
紫色の僕。【ジェネラス】になったみたいだ。あと近い。
「……クウゥーン。ウォフ様……近いです……」
彼女の鳴く吐息がかかる。僕もそう思います。
「……」
「ワンッ……クゥーン……ウォフ様……平気です?」
「…………」
どことなく今の彼女……やっぱり【ジェネラス】に似ている気がする。
紫の瞳っていうところじゃなく髪とかの色が変化しているところとか。
それに圧倒的な存在感―――疑似化神レリックか。
ジューシイさんも所持者だったのか。かなりビックリしたけど、かわいい。
ああ、うつくしいな。
「クゥーン……ウォフ様……あたくし……見えてます?」
よし。今の彼女の姿に関してはスルーだ。
完全スルー。僕はなにも見ていない。見なかった。なにも。
「ワンワンっ…………クゥーン……クウゥーン……クゥーーーーン」
疑似化神レリック。タサン侯爵家にとっても最高機密だろう。
バレたらやばい。その前にこの体勢がやばい。
「クゥーン。ウォフ様……クウゥーン……」
それ以前に鳴く彼女の声がやばい。
色っぽすぎる。とても13歳の少女が出していい声じゃない。
「……………」
あれ、なんで彼女、口を開けているんだ? しかもなんか近付いてないか?
と、とにかくこの体勢とあの切なそうな鳴き声をどうにかしないと、ん。
あのなんかジッと見ながら腕に近付いている、てか僕の腕、押さえられている。
ガブッ!
「えっ……?」
噛んだ。ジューシイさんは僕の右腕を噛んだ。
痛くない。そのままガブガブガブっと甘噛みする。変な感触だ。
なんなんだこの……僕は声を出した。
「え、えーと、ジューシイさん?」
「ワン!? ウォフ様! あのあの、あの、ワンワンっ、大丈夫です!?」
「はい。助かりました。それで、その起きたいのですが」
「ワンっ! あのあの、あの、すみません! いますぐ退きます!」
飛び起きるように離れた。僕はゆっくり立ち上がる。
ジューシイさんは、そのままの姿で僕に近寄って語り掛けた。
「あのあの、あの、あたくしが誰か分かります?」
「はい。分かりますよ。ジューシイさんですよね」
「ワンっ! はい。そうです。ジューシイ=タサンです! この姿は、あの【フェンリル】と言いますっ!」
「え」
フェンリルってあのフェンリル? 僕は驚いた。
居たのか。この世界にフェンリル。そうじゃなくて。
「ワンワンっ、疑似化神レリックというものでなります! アオォーーーンっ!」
「いやあの」
なんでペラペラと最高機密を話しているんだ。顔が青くなる僕。
対してジューシイさんはフェンリルのまま顔を赤くする。
「あのあの、あの、ご、ごめんなさい。この姿になると鳴きたい吠えたい願望が遠慮なく、ワンワンッ、ワンっ、アオォーーーーンっっ! 解放されます!」
「そ、そうなんですか」
ジューシイさんはくるくるっとターンする。華麗で見事だけど興奮し過ぎだ。
ステイって、ステイステイって思わず言いたくなる。
「ワンっ、ウォフ様にお願いがあります! ワンワンっ、ワンっ!」
「な、なんですか」
「あのあの、ワンワンっ、あたくしの頭を撫でて欲しいです! ワンっ」
そう言ってジューシイさんは屈む。犬みたいにお座りする。
撫でるぐらいなら別に……戸惑いながらジューシイさんの頭を撫でた。
「ワンワンっ! ワンワンっ! ワンワンワンワンっ! ワオォーーーンっ!」
せめて人の言葉で言ってくれ。
それから頬を撫でて欲しいと言われて撫でる。いいのかなこれ。
「ワンっワンワンっ! クゥーンクゥーンっっ!!」
そうしたら急にお腹を撫でて欲しいと寝転がって服をめくる。さすがにそれは無理。
だからわゃしゃわしゃすることで妥協してもらった。妥協なのか?
「クウゥーン。クゥーン。ワンワンっ! ワンワンッ! クウゥーン! ワンっ」
やっと活動時間が過ぎたのか。
ジューシイさんの姿は元に戻った。たぶん5分だ。つかれた。
「ジューシイさん。これでいいですか」
「あのあの、すみません。わんっ、ありがとうございます! あの姿になってしまうと、わんわんっ、あたくしの中の狼がどうしても抑えきれなくなってしまうのです! わんわんっ、わんっ!」
今も抑えられていない気がする。狼? 犬では?
「あっでも顔を舐められるとかそういうのがなくて良かったです」
少し冗談っぽく言う。さすがにそれはないよな。
右腕は甘噛みされたけど、それはないよな。
するとジューシイさんは恥ずかしそうに頬を赤くして両手を当てた。
なにその反応。
「あのあの、あの、本当はさっきウォフ様の顔を舐め回そうとしましたけど、さすがにそれはまずいと思って甘噛みしました。でも、わんっ! ウォフ様がご所望なら! 次からは遠慮なく、わんわんっ、一切の手加減なく、殿方にするのは初めてですが、ウォフ様なら、あたくし。そのご尊顔を舐めて舐めて舐めクチャにしてやります!」
「全然ご所望してないよっ!? やめてぇ!」
ホント舐めクチャにされなくてよかった。
甘噛みぐらいで済んでよかった。よかった……のか?
なんにせよ。【フェンリル】含めてとんでもない侯爵令嬢犬娘だ。
僕は溜息をついて、素体オメガを一瞥すると前を向く。
強い紫の光。予想外があったけど、そこへ向かって僕は歩き出す。
いよいよ。いよいよだ。
ジューシイさんが尻尾をふりながら付いてくる。ブンブンっと風切っている。
さっきから尻尾全開だな。実家の犬もそんな感じだった。
苦笑して、ついに僕は紫の光の元へ着いた。
素体オメガの後ろ。そこにあったのは……ん?
「なんだこれ」
「わんっ、これは……なんです?」
ジューシイさんもそれを見て小首を傾げる。
このパターン。レリックプレートのときにもあったな。
土の台座に置いてあったのは、白紫が入り混じった色の四角い塊?
なんだこれ。【フォーチュンの輪】で確認する。
これだ。強い紫の光。いやこれなのか……?
触ってみる。この……手触り。柔らかい。粘土?
「……取れない」
粘土みたいな柔らかさはあるが、千切ったりはできない。
軽く叩いてみたけど柔らかいという感想しかない。
白と紫は大きく歪曲して渦を巻いている。
ジューシイさんは背後から不思議そうに黙って見ていた。
その視線が、どうしたの?どうしたの?っと言っているみたいだ。
うーん。わからない。これはなんなんだ。
魔女に報告するのは確定として、ちょっとだけ……僕はナイフを抜いた。
刃を当てて引く。切れてない。
「……」
突く。突けない。思いっきり刃を立てようとしても一ミリも刺さらない。
「…………」
僕はナイフを仕舞って【バニッシュ】を出した。
野球ボールぐらいにして、ほんのちょっとの気持ちで四角い塊に接した。
「……っ!?」
触れる。それだけだ。消えていない。
思い切って押し付けた。くっつくだけで消えていない。何度か試しても消えない。
【バニッシュ】が効かない!?
「あのあの、あの、ウォフ様。どうかしました? これ、変な感じがします!」
紫の光……これは本当に……一体なんなんだ。背筋が冷たくなる。
ふぅっと息を吐く。なるほど。こいつは尋常じゃない。
「大丈夫です。とりあえず持ってみますか」
両手で掴んで、表面はモチモチと柔らかいな。よいしょっ!?
「お、重い……」
持ち上がらない。な、なんだこれ。素体オメガの斧の押しよりも重い。
「ぐっぐぐぐぐぐあああっっっっっっうぐっあああああああっっっっ……だ。ダメだ、ぜんっ……ぜん。持ち上がらないっ?」
まったく上がらない。僕は手を離した。重い。荒く息をする。
「わんわんっ、ウォフ様。平気ですか。そんなに重いのです?」
「はぁっ、はあぁっ、ええ、これは持っていくの無理ですね」
ふぅ、汗がでてきた。重い。ひたすら重い。
どうしよう。持って行けない。こんなのゴリラじゃないと無理だ。
どこか知り合いにゴリラが……そんなの、いた。ルピナスさん。
彼女にどうにかして頼むか。
だがどうやって? そう絶望に近い思いで考えを巡らせていたら。
「あの、あのあの、あの、わんっ、あたくしが持ちます!」
「えっ、いやこれは」
ジューシイさんは両腕でガッシリと掴む。
わんっ柔らかいですっと言いながら、白紫が入り混じった四角い塊を持ち上げた。
ゴリライヌいた。




