再開のゴミ場①・その光の元へ。
素体Aは右足を折られて転ぶが、その折れた右足が液体のように溶けた。
そして折れた部位に集まると結合してまた右足になった。
ゆっくりと立ち上がる。
「あのあの、確かに折りました! わんっ、おかしいです!」
「……液体生物だと?」
未来から襲ってくる人型機械兵器の続編映画でこんなの居たな。
そして僕のナイフは溶かされたが、ジューシイさんの手は溶かされていない。
ナイフ……刃物はダメなのか。ダメだったのか。迂闊だ。
また僕の迂闊さでナイフがダメになった。しかもこんなに早く、最速記録だ。
まったく誇れないしまったく頭の中からバニッシュ|《消去》したい記憶だ。
ああ、今月入って早速1本目か。やだなぁ、そういう考え。
素体Aはすぐに襲い掛かって来ないが、ジューシイさんは真っ先に向かっていった。
素手で攻撃を繰り返し、素体Aは防御する。やはり無手は有効のようだ。
「わんっ、わわんっ、わん! この魔物、強いです。ならば、わんっ、いきます! これがあたくし必殺の―――!」
ジューシイさんは少し下がると思いっきり跳躍し、空中で半回転。
なにをする気なんだ。その勢いで脚を伸ばすと爪先を素体Aの首筋に当てて捻った。
「延髄突撃蹴りっ!」
技を決めると華麗にくるっとターンして着地する。
「わぁおおおぉーーーんっ! あのあの、やりました! あたくしの勝ちです!」
勝利の遠吠え、ジューシイさんはとっても嬉しそうだ。よかったよかった。
素体は頭部が割れていた。なんかぐろい。
「あれ、元に戻らない?」
頭部を失ったままの素体Aは倒れたままだ。死んでいるのか。
ジューシイさんが言う。
「わんっ、ウォフ様。頭部が【弱点看破】で見えました。だから頭部が弱点です!」
「えっ、【弱点看破】?」
「あのあの、しまったです! で、でもウォフ様なら大丈夫です!」
その根拠はいったい。僕は苦笑いを浮かべる。
「……あー、ジューシイさんのレリックなんですね」
「わんっ、そうです。あの、あたくしのレリックです」
【弱点看破】か。なんか凄そうだな。
看破だから見破るんだよな。弱点を見破る……便利だな。
詳細を知りたいが、緊急時以外で他人のレリックをあれこれ聞くのはマナー違反だ。
そして不意とはいえ彼女のレリックを知った。
それなら僕も自分のレリックをひとつぐらい教えるのはフェアだと思う。
ちょっと前までの僕ならそのまま黙っていた。
それは心の積載量過多で余裕がなくキレたナイフのウォフ13歳だ。
しかし今の僕は違う。
今は心の積載量が軽量で余裕がある鞘に納めたナイフのウォフ13歳だ。
「僕も実はレリックがあるんですよ」
「わふ? あのあの、そうなんです?」
「はい。【危機判別】というレリックです。危機がどうか相手を色で見ることができるんですよ」
「わんっ、便利です!」
おかしい。
ふとジューシイさんをまた【危機判別】で見てみたら、色合いが変わっていた。
白で赤黒いは変わらないが、白の割合が多くなっている。
赤と黒が狭まって半々ぐらい……どういうことなんだ?
ここを出たら魔女に聞いてみるか。
我が師はなにかと色々知っているから、ニヤニヤのドヤ顔マウントがうざいけど。
それから僕達は遭遇した素体を倒していく。
素体は背丈が全て同じ。尻尾があったり角があったり何もなかったりと様々だ。
しかし共通点は全て人型だった。
「わんっ、これがあたくし必殺の! 延髄捻り刎ね蹴り! わんっ!」
なんかまたすっごい技名を叫び、ジューシイさんが移動型のミミックを蹴り倒す。
バク転して回ってピシっとまたポーズを決める。うん。可愛い。優勝。
それだけではトドメになっていないので、僕がナイフで箱の中の心臓を刺した。
ミミックの弱点は蝶番か箱の中の心臓だ。
それにしても慣れない。箱の内側にビッシリとある歯はキモいし怖い。
実はトドメを刺すとき、喰われないかドキドキだった。
しかしあれだ。惨劇を知るただ一人の身としては、だ。
ゴミ場の下にミミックは考えさせられる。
元々性質からゴミ場にあってもおかしくはないんだよな。
「見事です。ジューシイさん」
「あのあの、あの、ウォフ様も見事なナイフ捌きです! そ、それに先程の素体との戦いの投げ。わん。とても見事です!」
「あ、ああ、あれね」
さっき鬼みたいな角の素体と戦ったとき、僕は魔女直伝の護身術を繰り出した。
素体の腕を握って転ばせた。力は殆どいらない。むしろ相手の力を利用する基本技。
魔女直伝『裏方投げ』だ。
まんま合気道だが、僕は出来たときとても嬉しかった。
だってこんなの人生で一度はやってみたい技だ。
しかも魔物相手にやったのは初めてで、通じた喜びは内心サンバカーニバルだ。
「……」
「あのあの、ウォフ様。どうかしました? 険しい顔です!」
「いや、ちょっと思ったことがあっただけです。それも大してことないです」
いやかなり大した事だった。景色はさっきから変わってなくゴミの中のままだ。
だからここはゴミ場だろう。
しかし同時に思う。ダンジョンの魔物が襲ってきている。
ここ……ダンジョンの1階じゃない。
移動型のミミックって確か地下6階以降に出てくるって聞いたぞ。
つまり僕達はそれくらい深くにいるのか?
その辺は考えると危険な気がする。スルーしよう。
それにしてもジューシイさん強くね?
移動型のミミック。最低でも銅等級の中位だ。
僕が言うのもなんだが13歳の子供が勝てる魔物じゃない。
銅等級はレリックがないとはいえ、相手は魔物だ。
レリック【弱点看破】と狼人族の天然の運動性+彼女の野生の気質か。
侯爵令嬢に野生とは? だけど彼女は本能まっしぐらである。
ただし強いとはいってもソロだと厳しい。
ダメージを与えられてはいるが一撃で倒せていない。
ちなみに僕はトドメ刺し係だ。
ジューシイさんが転倒させた魔物にトドメを刺す。それだけの存在だ。
素体だらけなので、主に【バニッシュ】を使う。
レリックだと説明してもいいけど、特に何も聞かれないからそのままにしている。
この世界が経験値入るタイプじゃなくてよかった。
そうだったら僕は完全に経験値泥棒だ。そんな世界もあるのだろうか。
こうして僕達は順調に小休止しながら紫の光へ。
ちなみにたまに【フォーチューンの輪】を使っている。
緑がいくつか。黄色と青色はない。
せっかくなので緑をいくつかポーチに入れている。
小物ばかりだけどお金にはなるだろう。なるはず。
紫の光は最初の細さとは見違えるほど大きくなっていた。
もう、そろそろ目的地に着くだろう。いったい何があるんだ。
小休止後に少し進むと明らかに風景が変わった。
連なったあらゆるゴミからゴツゴツした岩肌になる。
「あのあの、ウォフ様。これは洞窟……です?」
「そうですね」
盾や鎧らしきモノとか折れた剣とか、そういうゴミが少し転がっていた。
いったいどこまで行けばいいんだ?
その後も素体を相手して小休止して、ようやく僕達は辿り着く。
強烈な紫の光。あれだ。あの光の元だ。
しかし喜びもつかの間、光の前に何かいる。
「ガルルルルルルッッッ、わんわんっ、ウォフ様。敵です!」
「……僕も確認しました」
緊張がはしる。紫の光の前に立ちはだかる。
敵だ。色は黒。戦慄する。こいつは強い。
敵は素体だった。しかし今までの素体は全員同じ身長だったがこいつだけは違う。
身体は背が高く大きい。筋骨隆々といってもいい。
更に武器を持っていた。
腕を変化させているんじゃない。しっかりと武器を握っている。
斧だ。ドワーフが扱うような重く色褪せた古い半月型の斧。
刃に飾り細工が施されているのが見えた。
この斧、オーパーツな気がする。雄々しい黒い角と細長い尻尾を生やしていた。
素体オメガ。そう呼ぶことにした。
AときたらZだが、ここはアルファでオメガにした。
これで終わりという意味もある。
それにしても爬虫類の尻尾じゃない。細い鞭みたいな尻尾……牛か?
角も逞しい。牛の角だ。足も偶蹄で爪が二つしかない。間違いなく牛だな。
牛で人型……ひょっとしてミノタウロスの素体か。
参ったな。それは黒く、強いわけだ。
「宝の前にボスってことか。素体オメガ」
確かダンジョンってフロアボスみたいなのが居ないんだよな。
ただし貴重な宝の前には魔物が巣をつくったり、立ち塞がったりするらしい。
こんな感じか。
「あのあの、あの、ウォフ様。あの素体オメガ。弱点が看破できません。強いです」
ジューシイさんのレリック【弱点看破】は便利だ。
しかし何でも弱点を看破できるというものじゃなかった。
弱点が分かるのは自分より弱い者。自分より強い者の弱点はまず分からない。
戦ってダメージを負わせて自分より弱くしたら、そのとき弱点が見える。
無機物の場合は耐久度など、とにかく自分より弱いがひとつの基準らしい。
最初から見えないのは自分より強い者だ。
そこから導き出されるのは、素体オメガは今の僕とジューシイさんより強い。
オーパーツを持った魔物。
モーリュ草のときのホブゴブリンを思い出す。適応してないよな?
「ジューシイさん。あれは強敵です。ですから作戦を立てましょう」
「わんっ、大丈夫ですか? 向こうもこっちに気付いていると思います!」
「気付いているはずです。ですが襲って来ないところを見ると、こっちが近付かない限り来ないと思いますよ」
視認できる位置でも動きはない。テリトリー・縄張りはあるんだろう。
守るべきものがあるからそこから動かない。そんな感じがする。
「あのあの、なるほどです。わんわんっ、さすがウォフ様。見事な慧眼です!」
ジューシイさん。この子。けっこう褒めてくれるんだよな。
こんなアイドルに褒められたら推しになって生きる活力になって頑張るの超分かる。
「ど、どうもです。それで相手はパワータイプ。いわゆる脳筋です」
「あのあの、のうきん。よくトゴちゃんがあたくしのことを言うときの言葉です!」
「あはは……なので翻弄させていくのが効果的だと思います。パワータイプは、その繰り出す攻撃力は驚異的ですが、その分だけ動きが遅いのが多いです。翻弄して相手にダメージを蓄積させ、それで弱くして弱点看破する。という作戦が一番良いと思います。ジューシイさんは何かありますか?」
すぐさまジューシイさんは手を挙げた。
「あのあの、あたくし。本当はタイマンで倒したいです。ですが悔しいです。筋肉も腕力もバンプ力も向こうが上です。悔しいです!」
「パンプ力?」
「筋肉を集中的に使用すると、わんっ、一時的に筋肉が膨張することです。あの素体オメガはそれすら、あたくしより上なのです! 悔しいです!」
本気で悔しがっているが、なにを言っているのかよく分からない。
と、とりあえず作戦には問題ないみたいだ。
ただひとつだけ懸念なのは、ナイフが使えないことだ。
素体はナイフを溶かす。いや正しくは金属を溶かす。
僕は【バニッシュ】を使うことにした。こんなときの為に考えていた新技がある。
「ジューシイさん。準備はいいですか」
「あのあの、はい! あたくし。頑張ります!」
「くれぐれも無理はしないでください。危険だと思ったら下がるのも勇気です」
「わかりました! それでも、わんっ、あたくしはやります!」
やる気満々だ。瞳もキラキラのキラキラ。絶対に倒すという強い意志を感じる。
無理はしないで欲しいんだけどなぁ。
本当ならこんなところまで連れて来てしまったのを今更後悔している。
あえてスルーしていたけど、彼女は犬じゃなく、狼人族の前に侯爵令嬢。
大公。公爵。侯爵。伯爵。子爵。男爵。
つまり爵位3位だ。それはこの国で貴族権力3位を意味する。
文句なしの大貴族だ。
彼女になんかあったら僕の命なんて消える蝋燭の火。
不敬罪ってあるんだよなぁ。
だけど、ジューシイさんの速さは犬だけあって並みじゃない。
対して相手はパワータイプ。パワーの分だけスピードは劣る。
ふたりで翻弄すれば、大丈夫だ。イケるイケる。
と―――そう思っていたときが僕にもありました。
気合十分。勢い充分。勇気凛凛で僕達は素体オメガの間合いに入った。
『ブモモモオオオォォォッッッッ』
素体オメガは威嚇で叫んだ。構わず足元まで飛び込む。よし。
まずはステップし―――ジューシイさんが素体オメガのタックルで吹っ飛んだ。




