魔女の弟子③
なんとかどうにか僕と魔女は冷静になった。
冷静になるのに時間は掛かった。それはまあ仕方がない。
魔女はたどたどしく汗をかいたと、ちょっと身体を洗ってくるねえと居間を出た。
魔女は服が濡れて透けるほど汗をかいていたので無理もない。
僕も汗をかいていたけど魔女ほどじゃない。
それでもクールタイムが必要だった。
ぽつんと居間でひとり。クールタイムを得て僕が思ったこと。
「……なんか違う」
まさか前世の記憶にあるラブコメみたいな……なんか違うな。
でも展開的にはラブコメだった気が……なんか違うな。
いやいやラブコメだろあれは……なんか違うな。
あれはまるで……そうだ。青年誌みたいな展開だった。
なんていうか男女があれみたいな……なんか違うな。
「……そもそも、あれは弟子になれ。はい。なります。だっただけだ」
それで正式に魔女の弟子になっただけだろう。
元々魔女の勘違いというか早とちりというか先走ったというか。
だからそういう誤解をまずしっかり解く。そうしたら魔女が泣いてしまった。
あれは焦った。まさか泣くとは思わなかった。
だけど強引にでも誤解を解いて、正式な師弟関係になった。
ただそれだけだ。それだけに過ぎずそれ以上でも以下でもない。
だから頭に過ぎったプロポーズとかいうのでは断じて無い無い!
いやさすがの僕もあれはプロポーズたろう。そうだろうと思ったけど違う!?
「……違うからな」
僕はジッとみつめているハーブティーのピンクの中に浮かぶ瞳に言った。
なに言ってんだ僕。あとハーブティーの色は赤じゃなかったか?
というよりなんなんだこの瞳。生きているのか。
絶対に飲めるわけがないじゃないか。
瞳は答えない。何故なら瞳だからだ。
そりゃそうだ。
「……なにしてんだ僕は」
思わず腕を組んで俯いてしまう。
いやホントになにしてんの僕。魔女押し倒してどうすんだよ。
そうこうしていると魔女が戻ってきた。
着替えてきていた。まあそうだろう。汗スゴかったから。
相変わらずの黒ずくめで似たようなドレス姿だが違いは分かる。
何故なら僕は魔女の弟子だからだ。
「んん、んん、んーんー、あ、ま、お待たせたねえ」
「いえ、そんなには待ってませんよ」
ふとデートの待ち合わせみたいな会話だな。
魔女は僕をチラチラと見ながら対面の黒いソファにそそくさと座る。
見た感じは落ち着いたようだ。よかった。
よし。よし。落ち着け。ようやく、ようやっと本題に入れる。
「魔女。僕は思ったんです」
「そ、そ、それはコンのことかねえ?」
「……弟子ならば師に対して秘密があるのは良くありません」
「あっあっ、んーんー、ま、まあ、そうだねえ」
「だから僕の秘密を全て師である魔女に開示しようと思います」
「え? え?」
「まず僕はレリックが5つあります」
「へ? へ?」
「でも本当は7つあります。ちょっと前までは8つありました」
「は? は?」
「それではひとつずつレリックを」
「ちょっちょっ、っ!? ちょっと待ったウォフ少年君だねえっっ!!」
魔女は立ち上がって吠える。
大きな狐耳も三つの尻尾も総毛立っていた。
「は、はい」
僕はビクっとした。ついでにカップの中の瞳も驚いて閉じている。
いやおまえはいいんだよ。というか閉じるのかよ。生きているのかよ。
てか、おまえはどうでもいいんだよ!?
魔女は立ったままゆっくり深呼吸して、言う。
「まずまず、ウォフ少年。君が色々と秘密を持っているのは、コンは実は知っていたんだねえ。しかも君はその秘密を死ぬまで話さない気がした。だからコンはそれならそれでいいと知らぬフリをしていたんだねえ」
「そうだったんですか」
そこまで気付かれていたのは初めて知った。
さすが魔女。魔女は深く息を吐いて座り直す。
どうでもいいけど尻尾が三つは座り辛くないか?
それと息を深く吸って吐くたびに胸って揺れるんだな。
「それはそれは、別にねえ。構わないんだよねえ。誰だって秘密はある。そういうこのコンにもねえ。墓場までもっていく秘密はひとつやふたつぐらいあるからねえ」
そう言った魔女は薄く笑っていた。なんで笑ったのかは分からない。
それはいい。僕は小さく頷く。
「はい。魔女の言う通りです。僕は誰にも話すつもりは無かったです」
「うんうん。それがどうして急に全部話そうとしたのかねえ」
「ひとつは抱え切れなくなったんです」
そう僕の心のキャパはもう積載量過多だ。
トドメはレリックプレートだった。
あげたのに返されたとき、あれで限界を迎えた。
その状態で制約レリック【バニッシュメントライン】だった。
たからこそ吹っ切れたのもある。もう無理。
「ふむふむ。なるほどねえ。秘密は他に比べて心に重いからねえ。ましてやウォフ少年は少年だからねえ。本来ならば潰れてもおかしくないねえ」
「正直、秘密があまりに重くて……どうすればいいかというのが前からありました、でも誰にも話せない。信用や信頼というのもありますが、秘密を話した人に何か危害や迷惑が掛かることも避けたかったんです」
「ほうほう。そういうところは実にウォフ少年だねえ。理由は分かったねえ。だけどその相手が本当にコンでいいのかねえ?」
「どういうことですか」
魔女の獣人族特有の菱形網膜に僕の姿が鮮やかに映っていた。
綺麗なエメラルドみたいな瞳。
触れたら壊れそうな魔女の暖かい双眸だ。
「ねぇねぇ、ウォフ少年。よくよく考えてごらんねえ。コンは師匠だけどねえ。それでも本当に信用や信頼に値すると本気で思うのかねえ?」
僕はきょとんとしながら即答した。なに言っているんだこの魔女師匠。
「本気で思いますよ。でなければ僕は弟子になっていません」
「……っっ!」
魔女は大きな狐耳を激しく動かして見悶えた。
ひどく動揺している。どうした。
「魔女? どうしました?」
「まったくまったく、そういうところ。実にウォフ少年だねえ」
「……なにを?」
よくわからない。魔女は僕を見て微苦笑した。
「うんうん。わかったわかった。さっきねえ。ウォフ少年がコンを受け止めてくれたように、今度はコンがウォフ少年のすべてを受け止めてあげるねえ!」
なんか違う。
だけど魔女の瞳はキラキラと輝いていた。
「はい。ありがとうございます」
その勢いに不安はあるが、了承してくれたのは嬉しい。
それじゃあ、さっそく……僕は前世の記憶について話をした。
魔女は黙って聞いて、話し終えると感想を述べる。
「ふむふむ。多重人格じゃないんだねえ」
「ええ、もっと曖昧で薄い感じです」
「なるほどなるほど。なるほどねえ」
「なにか分かったんですか」
「いやいや、まったくこれっぽちもだねえ」
魔女は苦笑する。それはそうだよな。
僕だってよく分からない。
「ただ、ただ、ねえねえ。それは放っておいても大丈夫だと思うねえ」
「そうですか」
「うんうん。その、まよねーずのつくりかたが分からないっていうだけだよねえ。困っているのはねえ」
「ま、まあそれもあんまり困ってはいないんですけど」
分かったらシードル亭のバーンズさんが喜びそうだというのはある。
そしてシードル亭は大陸一の居酒屋になるだろう。
「ならなら、なにかあったら対処でいいねえ」
「そうですね。では次はレリックをひとつずつ、まず魔女は僕のレリックをいくつ知っていますか」
「そだねそだね。まず【バニッシュ】は知っているねえ。それと【危機区別】だったねえ」
「惜しい。【危機判別】です」
「むむ。むむ。これくらいしか知らないねえ」
魔女が狐耳をこてんとさせる。
「じゃあ、【フォーチューンの輪】からですね。このレリックは」
実際に使ったほうが早いか。僕は使用する。
すると、黄色の乱舞で眩暈がした。
「うわぁ、まぶしっっっ!」
「なぬなぬ、どうしたんだねえ!?」
「黄色だらけだ……」
青はともかく緑がない。
「んん? んん? 黄色だねえ?」
「あの、レリック【フォーチューンの輪】は、レアじゃなくて価値があるモノが色の光で分かるんです。緑色。黄色。青色の三色です。緑はレアえーと、珍しい。黄色は凄く珍しい。そして青は滅多にないほどえっとチョー珍しい。っとなっています」
「なるほどなるほど。つまりこの部屋は凄く珍しいだらけってことだねえ」
「はい。どれもが」
「うんうん。凄いレリックだねえ。確かにこの部屋にあるのはオーパーツと高いレガシーと、レジェンダリーだらけだねえ」
「…………」
魔女の着ている服も黄色だった。
凄いのはこの部屋というか、魔女だな。
「ふむふむ。これだけでもウォフ少年の利用価値が高いねえ」
「言い方が怖いんですが」
「まあまあ、それがバレたらだねえ。これで三つ目。残りふたつあるんだよねえ」
「はい。まずは【静者】です」
「えっえっ、【聖者】かねえ!?」
「ああ、その伝説の方じゃなく、【静人】って知ってますか」
「もちろんもちろん。いったん落ち着くことが出来る。割と使えるレリックだねえ」
「それの上位互換みたいなのが【静者】です。使うと」
「おお、おお、ウォフくんの瞳が青くなったねえ」
(これはこれは、綺麗な青い眼だねえ。そういえばそういえばだねえ。ウォフくんの普段の銀色の瞳。あれはあれで珍しいんだよねえ)
魔女の心の声……あんまり表と変わらないな。
というより魔女なのに裏表なさそうなんだよな。
僕の目ってやっぱり珍しいのか。
(それにしてもそれにしても、ウォフくん。あんな大胆だったのに……コンの尻尾を触らないんだよねえ。こんなにモフモフでしかも三つもあるのに……尻尾好きではないのかねえ。コンはいつでも我が愛弟子が触ってモフって好き放題しても……いいようにブラッシングと手入れはしっかりしているのにねえ)
何の話だ!? なに考えているんだこの魔女!? 訂正。やっぱり魔女だ。
いやその触りたいのはある。たまに見てて触ってみたいと思う。
でも女性の尻尾をモフるとか、そんないやらしい。
そもそもセクハラじゃないか。
あっいや僕は子供だから無邪気でいけたのか。
たけどあんなことになったのに今更できるかっ!
やっぱり女性の……ふとパキラさんの尻尾を思い出した。
長短の二本の白い尻尾。生暖かく絡めてくる。って違う!
「おやおや、顔が真っ赤だねえ」
「な、なんでもないです。じゃあ次です次っ」
「さてさて、五つ目のレリックという時点で普通じゃないんだけどねえ」
魔女は愉しそうだ。ワクワクしているのが分かる。
僕はソファから立ち上がった。ちょっとした空間を確保する。
「―――五つ目は【ジェネラス】」
僕の髪と瞳が紫色に変わる。【静者】を使っているから冷静だ。
残り活動時間5分。
「…………」
「魔女。これが五つ目のレリック【ジェネラス】です」
「…………」
「魔女?」
「…………」
「あの、だいじょうぶですか」
「こくこく……だねえ…………」
「よかった。じゃあここから、【ファンタスマゴリア】に【宇宙の腕】を出します」
無数の透明な球【バニッシュ】を空中に出して利き腕に宇宙を宿す。
「……えっと見えないですけど、僕の周辺に【バニッシュ】があります。これらは僕の意志で自由自在に動かすことが出来ます」
「…………」
「あとこの腕は宇宙といって夜空の星の世界になっています。あらゆる攻撃を吸い取り、その攻撃力を拳に乗せて殴ることで相手に与えることが出来ます」
「…………」
「実は、もうひとつ【バニッシュメントライン】という制約レリックがあったんですけど……魔女?」
「…………」
「魔女?」
「…………」
「おーい。もしもし……?」
「…………」
返事がない。反応もない。どうやらしんでいるようだ。




