クラウンオフザワンダーワールド⓪
声がする。
声が聞こえる。
「ウォフっ!」
誰かが僕を呼んでいる。誰だ。
「あっ、起きたっス」
「おいおい。だいじょうぶか」
「……? ここは」
青い空。見覚えがある白い風景。
パキラさんの肩に座るミネハさんが言う。
「大神殿の外よ。あんたいきなり入った途端に倒れたのよ。ほらアタシが言った通りじゃない。あの威圧は危険だって」
「そうじゃな。エッダのメガディアでも気分が悪くなっておるからのう」
柱に座り込むメガディアさんがワイン瓶片手にぼやく。
「再来の像。あれ自体がレジェンダリーよ。当然だわ」
大神殿。開いた巨大な扉。
そこから見えるのはステンドグラスが輝く礼拝の間だ。
その奥にジェネラス再来の少女像がうっすらとある。
「子供。水ですわ。飲みなさい」
「あ、ありがとうございます」
ルピナスさんがコップを渡した。
本当に水だ。言われた通りに飲む。ぬるい。
「俺も気持ち悪くなった。こんなに気持ち悪くなったのは11番目の妹の料理は、気絶したか。ああ、あれだ。13番目の妹の腐肉プリンを食べたときか」
「それは気持ち悪くなって当然っス」
「というかレル。あんたも大概よね」
「なにがだ?」
皆、いる。ビッドさんもいる。生きているっ!
良かった。本当に良かった。
「あ、あのクラウンは」
「クラウン?」
「なによそれ」
「ザ・フールの……アンデッドのダンジョンの魔物です。道化師の」
「そんなの居た?」
ルピナスさんがそういえばと前置きして。
「わたくしが幼少の頃、王都のサーカスで見たことがありますわ」
「道化師というと昔、路上で見たな。玉乗りして口に瓶を咥えてナイフお手玉してて凄かったぞ。火も噴いていた」
「それもう道化師関係なく凄いっスね」
「一度は見てみたい気はするわ」
「あのダンジョンの異変は……」
「オオサンショウウオのことか」
「へ?」
「あれじゃ」
パキラさんが指差す方、野営地の近くに巨大な黒いモノがあった。
あ、あれはあのとき大神殿に落ちた。
「巨大な陸ナマズ」
「———ウォフ殿。違いやす。あれはオオサンショウウオ。あっしら陸ナマズとは違いやすぜ。何故ならオオサンショウウオはダンジョンの魔物でやすから」
アレキサンダーさんがリヴさんと一緒にやって来て言う。
いやそのちょっと待って、あれが、あの巨大陸ナマズがオオサンショウウオ!?
えっこの世界に居たの。オオサンショウウオ……?
あれが?
「おっ、設置が終わったか」
「へい。これで帰れやす」
「ん……神殿内……お宝……なんもなかった……」
相変わらず眠そうな顔だけど、どこかしょんぼりしている感じがある。
ビッドさんが呆れる。
「リヴさん。護衛とか言ってそんなことしてたっスか」
「なんてこと。リヴ。罰当たりね。エッダの呪いが掛かるわよ」
ワインを飲みながらメガディアさんが言う。
説得力がまるでない。
「……ん。非科学的だけど……本当に……ありそう」
「リヴ。あなたってひとは、しょうがないですわね」
「ん……すまぬ」
どうなっているんだ。
これがクラウンが消えた帰納法の収束の結果なのか。
帰納法。
前世の記憶だと様々な事象や事実やデータから一般的な法則や結論を導き出す。
推論法らしい。
要するにクラウンを除いた後の事象や事実やデータから……辻褄合わせだな。
今の状況はクラウンを抜いて辻褄合わせた結果の世界ってことか。
つまりダンジョンの異変は巨大な陸ナマズもといオオサンショウウオ。
そしてオオサンショウウオとここで戦ったってことになっている。
ここに居る……オオサンショウウオが【地震】と【転移】持ちになったのか。
それでオオサンショウウオも死なずに皆も【転移】させられ、決戦して倒した。
そんな感じみたいだ。
なんかすげえ話になっている。
「ウォフ。大丈夫かのう」
「は、はい。すみません。いつも迷惑かけてしまって」
「そんなことないのう」
「そうですわ。子供」
「ウォフ。あんたねえ。謙遜は良くないわよ」
「ウォフくん。大活躍だったじゃないっスか」
「え」
「オオサンショウウオに吹っ飛ばされたときはどうなるかと思ったが、その後にオオサンショウウオに乗って、コアを見事当てたの。大したもんだ」
アクスさんが誇らしく言う。えっ僕そんな大それたことしたの?
「あれは大金星ものだべ」
「んん?」
「ナイスアシストだ。14番目の妹に聞かせてやりたい」
「そ、それは」
「おぬしのおかげで、わらわの【マウソレウムの光不】で倒せたのじゃぞ」
「そ、そうですか」
「でも、ウチにあんなことしたのは忘れないっスよ。ウォフくん」
「えっ」
「ほう。それはわらわも知りたいのう。知りたいのう」
「ぱ、パキラさん。眼が怖い……」
猫の瞳だからなんかすっげえ怖いんですけどっ!?
「子供。あなた。ビッドに何をしたんですの」
「えっいやあの」
「あれは忘れられないっス……ポッ」
「えっ」
「なによ。なーんか最低だわ」
「ん……少年のエッチ……」
「ええぇっ……」
僕の知らない記憶なんだが、ビッドさんは笑った。
「みゃはははっ、ジョーダンでもなんでもなく何かされたのは事実っスけど、パキラさんの切り札、あれ強すぎるっスよ。オオサンショウウオ。顔半分無くなったじゃないっスか」
「それはわらわに言うてものう……それはそれとしてウォフ。後で話があるわ」
「……は、はい」
僕、本当に何をしたんだ?
「確かにあれはもう少し加減は欲しいですわね」
「じゃからそんなこと、わらわに言われてものう」
「ん……でもリヴは……パキラの歌と踊り好き……」
「リヴ?」
「僕も好きです」
「ウォフっ!?」
「おやおや、反応違うっスね~」
「そ、そんなことあるわけなかろう。たわけめっ!」
「ちょっ、痛いっスっ? 叩かないでっス! 割とマジでいたいっ」
「はいはい。そこまでにして。全員揃ったわね」
引率みたいに言ってからメガディアさんが立ち上がる。ワイン片手にして。
「忘れ物ないわね。帰還するわ」
全員がめいめいに返事をする。遠足かな。
なんか締まらない感じだな。でもそれがいい。
それが一番いい。アクスさんが聞く。
「アレキサンダー。そういえばどこに設置したんだ?」
「そいつは東礼拝堂の運命の間というところでやす」
「ふーん」
運命か。
僕だけが覚えているのはたぶん戒めなんだろう。
あのジェネラス再来の少女像。
そのモデルは【バニッシュメントライン】を使ったことがあるのだろうか。
そしておそらく、あの少女像に近付けば、僕は再び手に入れることができる。
今の僕には【バニッシュメントライン】はない。
それに安堵していた。
それにしても、ふと思う。
今回は【バニッシュメントライン】が無ければ。
たとえ勝てていてもビッドさんとアクスさんは死亡していた。
他の皆も助からなかったかも知れない。
「…………」
もしも、馬鹿な考えだけど。
偶然に【バニッシュメントライン】があったわけではなくて。
僕が必要とするから【バニッシュメントライン】があそこにあったとしたら。
つまり運命的に【バニッシュメントライン】を手にするのだとしたら。
何の為に? あのクラウンを―――そういうことなのか?
それじゃあ誰がそんなことを……って、まぁそうだよな。
「……釈迦の掌か」
苦笑いする。
勇者として召喚されて魔王倒した気分だ。
でもまだ【ジェネラス】があるってことは、あるいは今回がたまたまだったのか。
それとも全て偶然で僕が考えたことは憶測に過ぎないのか。
あのジェネラス再来の少女像……遠くてよく見えない。
「ウォフ。なにをしておるのじゃ」
「置いていくっスよー」
「なにしてんのよ」
「……すみません。いま行きます」
皆の後を追うように歩く。
僕は振り返らなかった。
これでいい。
ヒトは神になってはいけないのだから。
妙に晴れやかな気分でパキラさんの横に並んで気付く。
「……あっ」
「ん。どうしたんじゃ」
「そういえば僕、ナイフ……」
あれ、ない。おかしい。
クラウンに消去されて無いならあるはずだ。
それなのに無い。あっ、あった!
エリクサーナイフ……は……ある。
え? 僕の他のナイフは?
僕のクラウン初遭遇時で【バニッシュナイフ】に消去されたナイフは……?
時間停止の中で戦ったとき切られ消去されたナイフは?
もしもし帰納法?
「なにしとるんじゃ」
「あの僕のナイフは?」
「なんじゃ。ぬしのナイフならのう。オオサンショウウオに引っ掛かったとき刺して折れたではないか」
帰納法!?
え? ナイフ……こうして僕達は帰還した。
ハイドランジア。ただいま。
帰還して4日後。
かなり落ち着いてきたので僕は改めて考えた。
ここはクラウンが完全に過去ー未来から消え、帰納法で収束された世界だ。
つまりクラウンが抜けたところを辻褄合わせて改変された世界ということだ。
普通はこういうのって、知らない記憶でも頭に急に蘇ったりするはずでは?
だけどそんなこと全く無かったので、いったい何があったのか。
僕は聞き込むことにした。
まずゴミ場の惨劇。
ミミックではなく、リザードマンが数体現れたことになった。
被害は少しあったらしい。
アガロさんがリザードマンジェネラルを倒して解決。
ここは前みたいに僕も居たようだ。
それからは特にこう変わったところはない。
【レリックプレート】を入手。
アクスさんの確執とミネハさんとの和解はそのまま同じ。
ダンジョンの最深部・エッダの聖域まで流れに変化はなかった。
変わったのはここからだ。
大神殿の巨大な両扉は閉まっていたままだった。
だから僕とミネハさんは大神殿に行っていない。
ハイドランジア。シードル亭。テーブル席。
アクスさんはシードルを飲みながら言った。
「扉は閉まったままだからな。周囲を探索して何もなくて、仕方なくアレキサンダーと戻ってきたんだ」
「あんた。お茶飲んでボーっとしてたわよ。年寄りみたいにね」
言うとミネハさんは皿に山盛りの肉だんごを食べる。
肉だんごひとつがミネハさんと同じぐらい。それを完食していく。
相変わらずの健啖家だ。
いやそんなレベルじゃないな。
「なんか想像つきます」
「んだばのんびりしていると地震が起きたべ」
「あれは凄かったな。3番目の姉のいびきを思い出した」
「どんないびきだべ」
レルさんとホッスさんが相変わらずのやりとりをする。
でもどんないびきだろう。
「そのとき異変討伐チームと一緒に……オオサンショウウオが現れたんですね」
「そうだな。あれは驚いた」
「位置はちょうど反対側だったな」
「南西だったぺか」
「おかげで雑肉シチューの鍋がこぼれたべ」
「そして襲ってきたのよ。リザードマンがね」
やっぱりミミックの代わりがリザードマンか。
転移させられたところにもリザードマンが居たなあ。
ひょっとして本来はそうだったのか。
「撃退したが野営地がメチャクチャになってなあ」
「防衛面でも不安があった」
「そういうの全く考えてなかったべからな」
「そりゃあ後は帰るだけだった」
「あんなことが起きなければね」
「だから防衛も考えて神殿街を野営地にしたんだべ」
「神殿街をですか」
確かにあそこなら壁がある。
食料も豊富でテントを張らなくてもいい。
ミミックのパペットボックスが神殿街になったのか。
「神殿街移動中に異変討伐チームのトルクエタム。それとビッドと遭遇したのよ」
「なるほど。メガディアさんは?」
「後で聞いたら、オクトパスクイーンと交戦していたらしい」
「ん? リザードマンクイーンじゃなくて?」
「オクトパスクイーンだ」
そんな魔物いるのか。
この辺も、アガロさんたちが取り残されたのも変わらない。
「しかしなんだべ急に」
「あのときの話とか、まあ奢ってもらえるのは嬉しいけどよ」
「回顧録でも書くつもり?」
「そういうのは8番目の姉が得意だ」
「あんたの姉妹ってなんでも出来そう」
「フッ、そうだな。結婚以外はそうだ」
「笑えない冗談やめてよ」
「おまえそれ、おまえなぁ」
「レル。それ本人たちの前で言うんじゃねえべよ。確実に殺されるだ」
「分かっている。7番目の姉と同じ目に遭いたくは無いからな」
「うわあ……」
「ほんと懲りねえべなその姉っ子」
「それでウォフ。なんでそんなこと今更聞き込んでいるの?」
「ああ、いや、あの魔女に頼まれまして」
「なるほどね」
「なるほどな」
「なるほどだべ」
「なるほど」
すんなり納得された。魔女の信頼度とは。
それからメガディアさんも野営地にしている神殿街に着いた。
そしてダンジョンの異変であるオオサンショウウオ討伐になる。
討伐後、1泊して帰る前。
大神殿の巨大両扉をメガディアさんが開けられるから開け、入ったら僕が倒れた。
ついでにメガディアさんも倒れ、他の皆もあまりの威圧力で入れなかった。
絶対に入れたくないという意志を感じる。
大体の流れは分かった。
気になるのは……うん。やっぱりあれだ。
僕は決意して彼女の元へ向かった。
街を見下ろせる見張り塔跡。
所々に塔の残骸があるだけだが、ここからの眺めがとてもいい。
「それでなんじゃ。こんなところで話というのはのう」
パキラさんはきょとんとしている。
ただ猫耳がパタパタしたり、尻尾がゆらゆらくねくねと忙しない。
それと服装は彼女オフなので白いケープに黄色いワンピース姿だった。
う、うーん。どう話せばいいか。
「あの確認なんですけど、その異変討伐の前夜。僕と一緒に見張り番をしましたか」
「…………たわけ。そんなことを聞いてなんとするんじゃ」
パキラさんは顔を朱に染めて拗ねるような顔をする。
あっ、やっぱりしたのか。ふぅー良かった。
何故か分からないけど、あの夜を経験してないのはとても嫌だと思った。
そしてクラウンとの決戦は無くなった。
誰も死ななかったから……パキラさんに渡す必要は無くなった。
だから今もポーチの奥にエレリクサーの神聖卵はある。
するとパキラさんは流し目みたいなジト目を僕に向けた。
なんだ。怒っている? と、とりあえず伝えたいことがある。
「あ、ありがとうございます。僕、パキラさんのおかげで元気が出ました」
勇気も出た。なんだか吹っ切れたところもある。
今の僕は晴れやかな気分だ。
「……子供じゃな。おぬしは」
「え?」
パキラさんは溜息をついた。
それはそう。僕は子供だ。
「———ウォフ。飯を奢れ。金はあるじゃろ」
「ありますけど」
まだダンジョン探索の依頼料は入っていないけど。
「おごれ」
言うとパキラさんは耳を動かし、二本の長短の尻尾をくねりくねっと揺らした。
なんだか今のパキラさん。猫みたいだ。
いや猫獣人族だからそりゃそうだ。
でも一番猫っぽい。
「は、はい。わかりました」
まあ、奢るぐらいなら別にいいか。
それにダンジョンの異変討伐の詳しい話も聞きたい。
これで改変したところは大体分かった。
クラウンが居ないだけで妙に分かりやすくなるんだな。
あのクラウンが最悪だった。
そして間違っていた。そう感じる。
なんというかエラーというか。そういうものだったのか。
だからやっぱりそれを正す為に―――パキラさんが僕をみつめて口を開く。
「そうじゃ。おぬしにわらわ聞きたいことがあったんじゃ」
「なんです?」
「ビッドとなにがあったのかまだ聞いて無かったのう」
「あ」
忘れていた。
それ一番に聞いておかないといけないことだった。
ヤバイ。何故かヤバイと感じた。
僕は誤魔化す為に笑う。
「あれは彼女なりの冗談ですよ」
「そうかのう?」
「じゃあ行きましょう。シードル亭でいいですよね」
「うむ。まっ、そういうことにしといてあげるかのう」
パキラさんは苦笑した。
僕はそれなりに今日も元気です。
これにてSeason1終了です。
次からSeason2に入ります。
よろしくお願いします。




