星月夜①
決戦前の深夜。
見張りの交代時間なので起きて、ミネハさんと代わる。
もうひとりはリヴさんと代わった。
「……パキラさんでしたか」
「おぬしか」
互いに笑って、外に出て横倒しになったパペットポックスの上にあがる。
見上げると数えきれないくらいの星が瞬いていた。
赤月。青月。銀月が映える。
月は無慈悲な夜の女王っていうのが確かあったな。
それと、なんとなく【宇宙の腕】に似た夜空だ。
「……今宵は信じられぬほど瞬いておるのう」
「ここがダンジョンの最深部なんて思えませんね」
ふたり並んで星を見る。
静かな夜だ。見張りといってもこの辺りにはもうパペットも魔物もいない。
レルさんが狩り尽くしたからだ。
「不思議な感覚じゃ。よもや。おぬしと星の空を愉しむことがあるとはのう」
「そうですね。本当に不思議です」
こうやって誰かと並んで星空を眺めるのは、今世だと初めてだ。
それもパキラさんとこんなダンジョンの最深部で一緒に居る。
「いよいよ。明日じゃな」
「はい。長いような短いような」
「わらわもそんな感じじゃ」
「勝てますか」
「心配はいらぬじゃろう。アガロとメガディアは強い。それに総力戦じゃ。負けるのはありえぬじゃろう」
「そうですよね」
「じゃが何かが待ち受けているやもしれぬぞ。なにせ相手は、ざ・フール。道化師。トリックスターじゃからのう」
パキラさんは悪戯っぽく笑った。
事実モンスターボックスやら色々と出してくる。
「は、はい。でもその、驚きました」
「なにがじゃ」
「パキラさんの制約レリックです」
「あれか。あれは色々と複雑でのう」
「あんなに歌って踊って」
「なんじゃ」
「すごくかわいくて」
「にゃっ!? みっともないじゃろ。花の乙女が仕方ないとはいえ足を出してのう」
へにゃっとなった猫耳の先まで赤くなっている。
そして思い出す。
スカートの深いスリットから出たパキラさんのスラリとした生足。
見えそうで見えない。激しく揺れて動くスカート姿。
「キレイでした」
「にゃぅっ!? おぬしなぁ……」
「色々とありましたね」
「確かにのう……」
しみじみとする。僕は言った。
「あのパキラさん。聞いてくれますか」
「ふむ。なんじゃ」
「僕は今回、楽しいことや怒ることや悲しいこと。悔しいこともありました。でもそれ以上に大切な事も知りました。パキラさんの言う通り、学ぶことが出来たんです」
「いいことじゃな。うん。良いことじゃ」
「でもパキラさん。僕は敗北したことがあるんです」
始めて誰かに言った。言いたかった。
僕のこと。
「……そうか」
「それからどこかずっと僕は自分をダメなんだと思っていました。いいえ。それはたぶんずっと前から、そうどこかで感じていたんです」
「……今はどうなんじゃ」
「まだそう思っています。大切な事を知っても学んでも、僕はそれをしっかり生かすことが出来ないんじゃないか。ずっとダメなままなんじゃないか、そう思ってます」
僕がダメじゃなかったら、クラウンにもう勝っていただろう。
レリックを大切にしようと決心した。
でも僕は【ジェネラス】のクールタイムを知らなかった。
それを知ろうとさえしなかった。
【バニッシュ】だってもっと応用できるはずだ。
他にも色々と―――それよりなによりダメなのは、一番ダメなのは。
誰かに自分の事を伝えようとしないことだ。
他人を信用できないからとか、それで何が起きるか分からないだとか。
違う。
誤魔化しているだけだ。
本当は自分が自分を何よりも誰よりも一番、信じられないんだ。
なんで、こんなにどうしようなく僕は本当にダメなんだ。
「やっぱり自分は敗北したままなんだ。ナイフだって」
あっ泣きそう。
「ナイフ?」
「ナイフが……ナイフだって、もう何本も……僕が弱くてうまく……使えなくて戦えなくて、だからナイフを……」
ああ、涙が……涙がぽろぽろと、次から次へと溢れてくる。
「今日だって、またナイフを……僕はどうしてこんなにナイフを……僕はなんでいつもいつも……どうしてナイフを」
なんで僕はこんなにもダメなんだ。どうして出来ないんだろう。
もっと僕がまともだったら。
僕がもっとうまく出来たのなら。
ナイフをあんなに無駄にならず済んだ。
「ナイフを何本も失わずに……僕は僕は、僕は僕はぼくはぼくは僕は!!!!」
「ウォフ。落ち着くんじゃ。ナイフをどうしたんじゃ」
優しくパキラさんが声をかけてくれる。
「もう今まで何本もナイフを折って……壊して……僕はダメで……ダメダメで」
「ナイフを……そうか」
「だから僕はなにもできずなんにもならなくて、ダメで……どうしようもなく」
ああ、ああ、ああ、もう止まらない。今まで僕はずっとずっと。
そんな涙して泣く僕をパキラさんは胸に抱き寄せた。
「パ、パキラさん……?」
「聞け。よく聞け。おぬし。覚えておるか。帰ったらおぬしに尋ねたいことがある。そうわらわが言うたのを……覚えておるかのう。ウォフ」
僕を胸に抱いたまま彼女は穏やかに訪ねる。
「は、はい。覚えています」
あたたかい。それと柔らかく柔らかく、甘い匂いがする。暖かい。
「まだ帰ってはおらぬが……今がちょうど良いじゃろう」
「あ、あの何を聞きたいんですか」
「おぬしじゃろう」
「……」
「あの日。ダンジョンに地震が起きた日じゃ。キマイラの亜種に殺されそうになったわらわ達をエリクサーで救ったのはウォフ。おぬしじゃ」
パキラさんの言葉は淡々として静かで落ち着いていた。
そしていつの間にか僕をゆっくり離し、僕の顔を手で包んでみつめていた。
「はい。僕です」
「そうか。やはりのう」
「すみません。ずっと黙っていて」
「ありがとう」
「…………パキラさん……?」
「ありがとう」
「……」
僕は泣き止んでいた。そして落ち着いていた。
間近で見るパキラさん。その表情は。
「ウォフ。おぬしは―――わたしにとって命だけじゃない大切な心の恩人よ。だから、わたしはあなた自身がどうしようもなくダメだと思っていても、わたしは決してそうだとはひとつも思わないわ。ねえ。いい? わたしにとってウォフとは、心優しい強さがあって誰かに手を差し伸べることに躊躇せず、して欲しくはないけど誰かの為に己を……すべてを投げ出せる。そんな男の子。そういう男」
真剣でも本気でも必死でも怒っても複雑でも困惑でも泣きそうでもない。
「僕は……そんな……」
スッと僕の唇にパキラさんが指を1本そっとおく。
「言わせぬ。おぬしは、わたしの誇りよ。ウォフ」
パキラさんはフッとやさしく淡く微笑んでいた。
それはあのとき、パキラさんが異変討伐に向かうとき、僕が最後に見た笑顔だった。
スッと唇から彼女の指が離れる。
「…………あ、あの」
「なんじゃ」
「……星が綺麗ですね…………」
僕は想った。
「うむ。そうじゃのう」
ああ、このまま。
ずっと静かに。
ずっと。




