ウォフ13歳⑥
ナイフを買わないといけない。
それが僕の心に重く圧し掛かっていた。
愛用の喪失と思わぬ出費に軽くナーバスになる。
休みたくなったが……それでも仕事はしないといけない。
ゴミ山の中に入る。
スーパーウルトラレア。
青い光目指してレリック【バニッシュ】で削っていく。
今の僕にはこのスーパーウルトラレアが頼みだ。
これを売ればナイフが買える。
ナイフが買える。
「うぉっ……」
上が少し揺れてびくっとする。
焦り過ぎたかな。
ナイフを失ったショックが冷静さを失わせていた。
いやでもかなりキツイ。短剣は武器だから高い。
中古の鉄製でも1000オーロ以上はする。
今の僕の財布の中身で……買える。
だがそれは明日から無一文で過ごすことになる。
いや実際はまだお金はある。
だがそれは探索者になる為の登録料の貯金。出来れば手を付けたくない。
「―――相談してみるか」
アリファさんに話をしてみる。
そう決めると心が妙に軽くなった。
安心感があるのか。
「………………」
集中する。【バニッシュ】で削る。丁寧に慎重に削る。
削って削って削って、削り……どのくらいの時間が経ったのか。
ついに……青い光に着いた。
そこにあったのは白い布に覆われた黒い箱だった。
金属製で不思議なことに箱の角だけは木材が使われていた。
箱の表面には浮き彫りで白い大樹が描かれている。
立派で精巧な大樹。
なんだろうこれは、前世の記憶だとユグドラシル?
世界樹とかだが、この世界にそんなのがあるのか僕は知らない。
箱には鍵が掛かっていた。
「…………仕方ない」
苦渋の決断で僕は【バニッシュ】で箱を削った。
箱の中にあったのは……卵? いやそれを模した瓶だ。
「なんて精巧な……」
本物と見紛うほどの卵型の瓶だ。
瓶と分かったのは触った質感が卵ではなかった。
それと金縁と光る文字が刻まれている。
古代語だが読める文字だ。
「……えっ、エリクサー……!?」
そう読めた。
卵瓶の中には液体が入っている。
エリクサー。伝説のレガシー。神代の霊薬。
死者すら蘇らせる神秘の命の水。
偽物じゃないのは分かる。
スーパーウルトラレアだ。
本物でしかない。
それにこの圧倒されそうな雰囲気。
ただの瓶がその中身がそんな理外の気配を纏うはずがない。
だが瞬時に理解した。
これは。
「どうしよう。売れない」
ガックリする。それどころか誰にも見せられない。
エリクサーは飲めるレガシーだ。
あまりに貴重で希少でその価値は計り知れない。
確実に死人が出る。
それも何人も下手したら何千人も―――戦争になりかねない。
「……っ!」
その考えに戦慄するが夢物語じゃない。
ゆえに誰にも知られてはいけない。
アリファさんにもこれは相談できない。
もし何かあってエリクサーのことが知られる。
アリファさんにも危険が及ぶからだ。
他に相談できるのは―――ひとりだけ頭に過ぎるが……やめた。
更なる厄介事が舞い込んでくる気がする。
「…………はあぁ」
僕は深くため息をついて、エリクサーをポーチに仕舞った。
だからと数か月も苦労して手に入れたモノを置いておくなんて出来ない。
というかこんな危険極まり無いモノを置いてはいけない。
どうするかは後で決めよう。
ゴミの山を出るとゴミ場には人の気配が無かった。
しまった。遅くなったか。
ゴミ場を急いで出ようしたそのとき。
大地が激震した。
津波のようにうねって派手に吹き飛ぶゴミと僕。
天地が逆転して大量の鎧と剣やガラクタが降り注ぐ。
あ、短剣。
きらりと光ったのを見た。あれはミスリルのナイフだ。
手を伸ばしたところで目の前が黒くなり―――そこから先は覚えていない。
大量の何か落ちる音がした気はする。
目を覚ますと身体中が軋んで痛かった。
少し待って痛みが動けるぐらいになり、ゆっくりと起き上がる。
「こ……ここは」
ラメのように光る岩肌の天井。岩肌の地面。洞窟……だ。
洞窟? おかしい。
1階にこんなところは―――それに僕はゴミ場に居た。
ゴミ場は石造りの空間だ。
こんな洞窟肌で石の柱が乱立しているところじゃない。
それじゃあ此処はどこだ?
僕はどこに居るんだ?
周辺を見回し、それに気付いたとき。
ドクンっと心臓が高鳴って鳥肌が立つ。
「―――っ!?」
2人の少女と1人の女性が倒れていた。
それも血だらけ。
出血だけで大きな血だまりができていた。
えっ、なんで……と、とにかく彼女たちは血に沈んでいる。
そして、ハッとする。
彼女たちに見覚えがあった。
「第Ⅲ級の……どうしてこんなところで」
第Ⅲ級探索者のパーティー・トルクエタム。
薄緑髪で白いメッシュが入った猫獣人の美少女。
金髪のエルフ美女。
桃白髪のSFチックな美少女。
間違いない。
しかもこの出血……これはダメだ。ああ……彼女たちは手遅れだ。
僕はこの状態を知っている。
死ぬ寸前。瀕死。なにをやっても無駄な状態だ。
ポーションなんて役に立たないし、レリック【治癒】も届かない。
それらを持たない僕には何も……いや。ある。
ポーチから僕は卵を出した。
本物の卵だと疑うような精巧な造りの瓶。
その表面に刻まれたエリクサーと記された金文字。
伝説の飲むレガシー。神代の霊薬。奇跡の魂の水。
これならきっと……僕は迷わず蓋を探して開けた。
その中身をまず一番顔色が悪い猫獣人の美少女の唇に垂らした。
次はエルフの美女。
そして最後にSFチックな美少女……ん?
彼女は……えーと。
「気絶している」
彼女だけ負傷せず気絶していた。
外傷は見当たらない。
たぶんきっとこの白いボディスーツのおかげだろう。
ヘタしたらこの世界の何よりも硬いんじゃないか?
「彼女は大丈夫そうだな。他のふたりは」
気付くとふたりとも顔色が良くなった。
気持ち良さそうに寝息を立てる。
「……助かったのか」
どう見てもそうだ。ホッとして座り込む。
良かった。
「さすがエリクサーだな」
空になった卵型の瓶を閉める。
普通の液体なら絶対に吐いていた。
中身は無いが、これはこれで記念だ。
ポーチにしまう。
エリクサーを使うことに躊躇は何も無かった。
それはたぶん僕が前世の倫理観を持っているからだろう。
見返りとか関係ない。
見捨てることなんて出来なかった。
それと手放したかったのもある。
捨てるなら助けるほうがマシだ。
『グルルルルウゥゥゥ』
「っ!?」
なんだ。
獣の唸り声が乱立する石柱の奥から聞こえた。