荷物持ち⑰
ホッスさんの雑肉スープ。
どこか懐かしい味がして美味しかった。
特にキノコ。赤ダケ。あればあるほど入れてもいいと感じた。
大量に採って大量に入れる。それが正しい。
それにネギが欲しくなった。
葉野菜も根野菜も悪くない。
だがキノコには勝てなかったよ。
雑肉も色々な食感が楽しめた。
端肉だからか脂が多い。
それがスープの味に深みを出していた。思わぬ産物だ。
得体が知れないので嫌厭していたが今度から買ってみようと思う。
レルさんはまだ戻って来ていない。
「あいつ……しょうがない。もう少しだけ待つか」
アクスさんはやれやれとテントに戻っていった。
「だいじょうぶでしょうか」
「心配ないべ。レルはたまにひとりになりたがることがあるんだ」
「ダンジョンでも?」
「レル。実はこの国の貴族の御曹司だでな」
「えっ」
「詳しくは知らないべ。でも沢山の姉と妹に囲まれて育ったんだと」
「沢山ってどのくらい居るんですか」
「オラも分からんだ。だども男はあいつだけだ」
「そうすると後継者ですか」
「んや。家は長女が継ぐらしいんだ」
「なるほど」
最初は驚いたがこの世界。
種族差別もそうだが男女の差別がない。
だから女性が後を継ぐというのもごく当たり前だ。
その辺がちょっと困惑してしまう。
「いつも周りに誰かが必ず居た。だから無性にひとりになりたくなると言ってたべ」
「じゃあ今も」
「アクスもそれを分かってんだ」
「そういうの分かります。ひとりになりたいときありますよね」
独り暮らしだけど、だからこそ分かる。
そういうとき僕は棲家の塔の上で黄昏や早朝をぼぉーと見続ける。
そんな僕の頭の中にいつも流れる曲がある。
クリストファークロスの『ニューヨークシティセレナーデ』だ。
そしてその時間は僕だけの時間。
それは誰にでもある普通で特別だ。
しばらくするとレルさんが戻ってきた。
ホッスさんは雑肉スープを温める。
雑肉スープを堪能しながらレルさんがいきなり14番目の妹が僕と同い年ぐらい。
大人しい性格だから僕と気が合うみたいなことを言ってきた。
14番目って……本当にどのくらい姉妹がいるんだろう。
少なくとも14番目は妹だとは分かった。つまりそれ以後も妹だ。
以後……居そうだな。はははは。
その妹さんも探索者になると頑張っているらしい。
更に妹さんはレリックがある。
沢山の姉妹でもレリックが有るのと無いのでバラバラだとか。
元々レルさんの家はレリックを重視していない。
無ければしょうがない。有れば儲けもの。
そんな商人みたいな考えらしい。
レルさんが食べ終わったので洗って片付ける。
洗うときにスライムを使っていたのは驚いた。
スライムの溶かす粘液をうまく薄め、それでスープ皿や鍋を洗う。
食事は持ち越さず食べ切れる量をつくる。
探索者としてもだけど色々勉強になる。
用を足してそろそろ寝るというところで、僕はミネハさんのところへ向かった。
さすがにいきなり近付くのは良くない。
だから少し距離を置いて声を掛ける。
「ミネハさん。起きてますか」
「なによ」
石の上にミネハさんが飛んで脚を組んで座る。
彼女は鎧を脱いでラフな格好になっていた。
というこれ生足ってスカート履いていない?
あとほんのりと髪が濡れている。
ひょっとして身体を洗っていたのか。
タイミング悪かったかな。
「すみません。その、大丈夫そうですね」
「当たり前よ。用件はなに? それだけなの」
「あの、アクスさんが悪かったと言ってました」
「ふーん。まっいいけど」
文句でも言うかと思ったら素っ気ない返事だ。
あまり気にしてないというより関心が無いのかな。
だったら少し尋ねてみるか。
「実はひとつ聞きたいことがありまして」
「なによ」
「ミネハさんの師匠。アクスさんのお母さんのことなんですが」
「師匠のこと?」
「アクスさんのこと何か言ってませんでしたか」
そう僕が訪ねると、ミネハさんの目つきが変わった。
あれ。
「なんでそんなことを聞くのよ」
「それは…………少し気になって……」
「なんで気になるのよ」
一気にミネハさんの警戒心が高まるのを感じる。
はぁーこれは無理だな。
予想外だった。
関心無いと思ったから聞いたんだけどなぁ。
「すみません。無理ならいいです」
あっさりと僕は引いた。
戻ろうとすると。
「待ちなさいよ。師匠は、一度言っていたわ。息子に嫌われているって」
「……」
「なにそれって思ったけど、仕方ないって言っていたわ。あんなことが起きたのは、ああなってしまったのは全部……師匠が悪かったって」
「…………」
あんなことは誘拐のことか。
確かに恨まれていてそれで息子のアクスさんが狙われてしまった。
だけどそのとき母親のエミーさんは依頼で家を空けていた。
彼を助けたのは知り合いの探索者。母親が戻ったのは一か月後。
「あんなことがなんなのか……知らないわ。知りたかったけど、そこまで踏み込むのはさすがに出来ないわよ。でも師匠を嫌っている原因は分かったわ」
「分かりましたか」
「ええ……でもね。アクスが師匠を嫌っている根本はレリックが無いからよ。それは誰にもどうにも出来ないわ」
「そうですね」
「少しは可哀そうだと思ったわよ。レリックが無いなんて、そんなのアタシにとってはフェアリアルからすれば死ねってことだから、だから同情はするわ」
「だったら」
「でもね。理解はしても納得はしないわ。たとえ実の息子でも、アタシと母様を救ってくれた命の恩人。アタシの大好きな師匠を嫌うのは許せない」
「命の……恩人ですか」
「そうよ」
(でも……アタシ……知らなかった……10年前…………)
「え」
「なに」
なんだ今の?
頭の中に声がしたような……?
「いえ、なんでも」
「あれ、あんた。それ。眼」
ミネハさんが僕を不思議そうに見ている。
「? なにか?」
眼?
「消えた。なんだったのかしら」
「?」
「まぁいいわ。とにかくこればかりはレリックと同じで絶対に譲れないの。だから今後はアクスと彼等と関わらないと決めたわ。今回は師匠の命だから同行はする。その後は二度と会うことはないわ」
それって丸っきりアクスさんと同じセリフ―――ひょっとして。
「盗み聞きしてたんですか」
「なんのことかしら?」
彼女にしては不自然にとぼける。
本当に身に覚えがなければいつものミネハさんなら。
不快感露わに『なによそれ』みたいに言うはずだ。
十中八九、聞いていたんだろう。
なるほど。道理で代理謝罪に淡白な反応だったわけだ。
僕はため息をこぼして、同じことを言う。
「それで僕はどうすればいいんですか」
「そのままでいいわよ」
「わかりました。じゃあ僕はこれで」
さっさと切り上げる。
テントに行こうとした僕の背中に、ミネハさんが急に吐き出した。
「それにしてもあんた。本当に変わっているわね」
なんだと。
それは聞き捨てならない。
「どういうことですか」
「余計なお節介ってことよ」
「……自分でもそう思います」
こればかりは本当に思う。所詮は他人事と切り捨てたはず。
なのに僕はアクスさんに対する母親の想いを尋ねた。
なにしているんだか。我ながら余計なおせっかいだ。
そんな僕の心情を察してか、ミネハさんは呆れ顔になる。
「首を突っ込んで火傷することもあるわ」
「それは、そういうこともあります」
「分かってないわね。ダンジョンだと命取りよ。つまり死ぬわ」
「そうならないようにするだけですよ」
僕がハッキリ答えると、ミネハさんは失笑する。
「ふーん。まっ好きにしたら。アタシには関係ないから」
「はい。そうします」
「じゃあ、おやすみ」
ミネハさんは立ち上がると戻って行った。
僕もテントへ。
夜。
一度だけダンジョンが揺れた―――ような気がした。




