あの夏の③
まずキュウリをぶつ切りにする。
太くなく薄くなくを目安に適度な大きさに切る。
トマトはざく切り。ニンニクと鷹の爪は細かく切る。
「……」
フライパンを火にかけて水と塩を入れる。
水量も適度だ。この辺は難しい。沸騰するとパスタを投入。
使う麺は中太のグィネ。
名称も形もリングイネに似ている。
「……」
茹でる。その途中で下拵えしたトマトとキュウリを投下。
「……」
キュウリに焦げ目がついたらフライパンを火から離す。
トマトはグズグズになればOK。後は麺の固さを確かめ、水分を切る。
「……」
胡椒をかけてレモンの汁を少し入れてパスタ全体にあえる。
「……」
木皿に丁寧によそって出来上がり。
レモンをあえたトマトとキュウリの夏パスタ。
あの夏のパスタだ。
「よし。完成。パキラさん?」
「ふあっ? あ、あっ、うん。う、うむ。そ、そうか」
彼女は戸惑いながらパスタとフォークを受け取る。
パキラさんは僕のベッドに座っている。
椅子が無いのは申し訳ない。
何も言わず僕の調理をずっと見ていた。
ずっと一言も発せず見ていた。
そう僕が誘ってから彼女は一言も話していない。
「……すみません」
「え、なんじゃっ」
「その、あの強引に誘ったこと……迷惑でしたよね」
「…………」
なんで誘ったのか。
家に連れてきたのか。実は僕にはわからない。
つい咄嗟に唐突に自然に気付いたら、パキラさんを誘っていた。
自分でも信じられないくらいで、内心はひどく動揺していた。
驚いたのはパキラさんもそうだろう。
だから嫌われても仕方ない。
「ほんとうにも」
「うまい」
「えっ」
パキラさんはフォークにパスタとキュウリを絡めて口に入れる。
カリコリ……彼女の口から音がする。
「良い食感じゃな。それにレモンの酸味が程良く効いておる。わらわが好きな味じゃ」
「……辛くはないですか」
実は緊張して鷹の爪を少し多く刻んでしまった。
「ちょうどよい。トマトも塩梅が見事じゃ。ほれ、ウォフも食べないと冷めるぞ」
「は、はい」
パスタを手にしてベッドに座ろうとして、止まる。
「なにをしておる」
「ええっと座る場所が」
「おぬしのベッドなんじゃからここに座ればよい」
ポンポンっとベッドを叩く。
何を言っておるみたいな顔をされた。
僕はパキラさんの横に座る。
いただきますとパスタを食べる。
カリコリカリコリ……キュウリが歯応えある。
「トマトとレモンは合うんじゃな。よいことを知った」
「よかったです。気に入ってくれて」
三日月の器で冷えた水をコップに入れて渡す。
「冷えておる?」
「そのほうがいいと思いまして」
「氷か」
「はい」
そういうことにしておく。
氷は珍しくない。
少し高いが買えないものでもない。
凍結のレリックがあるからだ。
それ自体も希少というわけじゃない。
水の属性レリック持ちなら出来ると聞いたことがある。
それでも氷水は一般的じゃないから驚くか。
「ふう。ごちそうさま。とても美味じゃったぞ」
パスタをパキラさんは完食した。
僕も完食する。皿を重ねて置く。
綺麗に食べていて嬉しい。
それと本当に美味しかったんだろう。
二本の尻尾がぱたぱたっと振っていた。
良い気分だ。
「ありがとうございます。この料理。実は久しぶりに思い出してつくったんです。あのときは、あまりうまくいかなかったんです。でも今回は……美味しくできました」
あの夏の日より僕は少しだけ成長していた。
だけどあの夏の日に彼女と食べたパスタの味は永遠なんだろう。
「そうか。わらわは料理をせぬ」
「そうなんですか」
「ルピナスが得意でのう。わらわとリヴは食べてばかりじゃ」
苦笑する。
ルピナスってあのエルフの女性か。
なんか高貴そうだけど意外だな。
「のう。頼みがあるのじゃが」
「なんですか」
「このパスタのレシピを教えてくれぬか。ルピナスに教えたい」
「いいですよ。っ?」
瞬時に僕は体を硬直させた。
手に腕に柔らかく長い生きたモノが当たった。
尻尾だ。
真っ白いパキラさんの二本の尻尾のひとつが僕の腕に触る。
「ありがたい」
「簡単につくれてアレンジもできますよ」
な!?
尻尾が触るだけじゃなく僕の腕に巻き付き始めた。
「そ、そうか。それならわらわでも」
「パ、パキラさん」
「なんじゃ」
きょとんとする。
まさか無意識でやっているのか?
だが尻尾は僕の腕に完全に巻きついた。
更にもうひとつの尻尾は僕の腰に伸びる。
さすがにこれは言わないとまずい。
「あの……パキラさんの尻尾が」
「尻尾? ぬやぁ!?」
変な声で吠えた。
そして尻尾が瞬く間に僕から離れる。
尻尾が引っ込むとパキラさんの頬だけじゃない。
剥き出しの腕や脚が真っ赤になった。
パキラさんは俯いて小刻みに震える。
まずいと思って彼女の名を呼ぶ。
「パキラさん」
急にパキラさんは立ち上がった。
ど、どうしたんだ。
「す」
「す?」
「すまぬ用事を思い出した帰る!」
そう言うなり走って出て行った。
ぽかーんとする僕。
「……ふ、ふっ、ふっ、ははははっっ、ははははははっっっ」
そして僕は笑った。
おかしかった。腹が痛くなるほど笑う。
なにも。
ここまであの夏の日と同じにならなくてもいいじゃないか。
3日後の早朝。
ハイドランジアのダンジョン前。
朝早くなのに多くの人々で賑わっていた。
今回の異変討伐団の編成。
第Ⅱ級探索者がふたり。
『滅剣』のアガロ。
『黒吞み』のメガディア。
第Ⅲ級探索者のパーティーが3組。
実力派の美少女3人組『トルクエタム』。
新進気鋭の勇猛パーティー『ザン・ブレイブ』。
ハイドランジア最大で色々有名な『クーンハント』は急遽不参加になった。
理由は知らない。ただ皆がそれを知って喜んだときく。
『クーンハント』についてはハイドランジア議会とギルドの後押しがあった。
それで絶対参加になって、討伐総責任者のアガロさんとかなり揉めたらしい。
「……」
正直『クーンハント』は僕も好きじゃない。
まだ絡まれた―――ああ、あったか。
忘れるところだった。
一度だけあったな。名前は確か……ボ、ボブ。
「ウォフ!」
ウォフ? 違う。あれはボビ。
「ウォフ! おぬし。なぜここに」
「……あっ、パキラさん」
驚いた様子で僕の元に来る。
「なぜ、おぬしが」
「おはようございます」
「お、おはよう。ではなく、何故に?」
「パキラさんに渡したいモノがあります」
僕は小瓶を出す。
「これは……?」
中身は輝く液体だ。
「もしも。どうしようもない怪我を負ったり死にそうになったら、使ってください」
「…………おぬし」
パキラさんは目を細めて小瓶を受け取った。
空気が違う。何を言っているんだろうと怪しんでいる。
それでも僕はこれをどうしてもパキラさんに渡したかった。
だけど説明は出来ない。
この小瓶の中身について僕は何も言えない。
だから陳腐でも雑でもこう言うしかない。
「僕を信じてください」
そう言うしかない。
パキラさんは僕を見た。ニッと笑う。え?
「たわけ。『トルクエタム』を甘く見るでない」
「す、すみません」
あのことがあったんでつい。
「じゃが、備えあれば憂いなしというからのう」
パキラさんは小瓶をポーチに仕舞った。
信じてくれたのか。ホッとする僕。
「パキラさん。気を付けて」
「うむ。無事に戻ってくる」
そう言ってパキラさんは踵を返し、また振り返った。
「パキラさん?」
「……帰ったらおぬしに尋ねたいことがある」
それは真剣で複雑な表情だった。
僕は息を飲む。
「わ、わかりました」
「ウォフ。おぬしも気をつけてのう」
「は、はい」
パキラさんはフッと笑って僕に背を向けた。
そして振り返らずに歩いて行った。
何事もなければいい。
僕は祈った。
さて、僕の方も頑張ろう。
明日からダンジョン探索に参加だ。
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