フォレストウェーブ・合間⑤・禁断の地①
結局、朝になっても『トルクエタム』は現れなかった。
ビッドさんは平気と言っているが、内心は心配で堪らないはずだ。
「悪いが急がなくてはいけない」
「分かっているっス」
ガラドさんの言葉に頷くビッドさん。
一刻も早く禁断の地でダンジョンの異変を倒さないといけない。
「あの3人なら大丈夫だべ」
「彼女たちは強いです」
「あーもうっ、分かっているっスよ!」
ホッスさんとナベルさんにも言われて、ビッドさんは吠えた。
照れ隠しなのは皆、分かっている。
「よし。元気出たな。出発するぞ」
「あーもう。これだから男は嫌いっス」
ビッドさんはべぇーっと舌を出した。
笑う僕たち。
和んで僕たちは探索村から出た。
少し進んで先頭のガラドさんが言う。
「気をつけろ。森の気配が昨日とは別物だ」
「セカンドウェーブっスか?」
「その予兆とは違う」
「なんだべな。この不穏な空気……」
「妙な匂いがします」
ナベルさんがくんっと鼻を鳴らす。
皆と同じように僕も感じていた。昨日とは森の雰囲気が違う。
どこかこう殺伐としている。
「ウォフ。敵は?」
「今のところ居ないです」
【危機判別】で確認したところゼロだ。
「慎重に進むぞ。何が襲ってくるか分からない」
ガラドさんに全員、頷く。
昨日にはない緊張感をもって僕たちはハイゼン大森林を歩いていく。
空気は重いが、不思議と敵に遭遇しなかった。
やがて岩場に着いた。
森の中に巨石が集まって積まれている。
ガラドさんはそこで立ち止まる。
「? なんっスか」
「ガラド。どうしたんだべ」
「ああ、こっちだ」
ガラドさんは見回し、一番大きな岩に近付き、しゃがむと地面の砂を手で払う。
段々と払ったところから薄い緑色の光が見えた。
あれはまさか……全て払い終わると転移陣が現れた。
ガラドさん以外の全員が息をのんた。
「転移っスか」
「こんなところに隠していたなんて」
「これは驚いたべ」
「ガラドさん。ひょっとして、この転移陣は禁断の地に繋がっているんですか」
「ああ、そうだ」
「設置したっスか」
「……ああ、そうだ」
それを聞いた僕たちは、うわっという顔をした。
対してガラドさんは複雑な顔を浮かべる。
「分かっている。もっと設置する場所があるだろうって言いたいんだろう」
「それは、そうですね」
「そうっスよ。討伐村に設置するのが当然っスよ」
「ボクもそう思います」
「使い道を間違っているだ。もったいないべ」
そう、もったいない。簡易な転移陣でも億はする。
設置型だと10億は軽く超える。
そんな高価なモノをこんなところに使っていたんだから呆れてしまう。
「オレもそう思うが、こいつはプアマンクラブの私費だ」
「私費っスか」
「余計に呆れ果ててしまうべ」
「はははは、さすが三大家の当主ですね……」
「オレもそう思った。今でもそう思う」
さすがガラドさんも本音が出る。
「ま、まあ、とにかく近道があるのは嬉しいことです」
僕はさりげなくフォローする。
パーティーというか討伐チーム内の空気まで悪くなったら困る。
「……ああ、このまま徒歩だと1週間近くは掛るからな……」
「そ、その距離がゼロになるのは、確かに嬉しいことですね」
ナベルさんもフォローに回った。
ビッドさんとホッスさんもそれを聞いて一応は納得してくれた。
転移陣を使用し、僕たちが降り立ったのは石造りの街だった。
ここが禁断の地か。
ビッドさんが開口一番に言う。
「ハイゼンっぽい建物っスね」
「んだ。ハイゼンらしさがあるべ」
「オレもここに来たとき思った。プアマンクラブが言うにはハイゼンの原型らしい」
「でも廃墟ですよね。いやダンジョンだからそれはそうなんですけど……」
何処かもの悲しい雰囲気がある。
そういえば森で感じていた殺伐感が無いな。
「お宝はあるんっスか」
「ない。目ぼしいものも無かった」
「そうっスか。ところでねえ、ウォフくん」
キラキラと期待に満ちた瞳を僕に向ける。
その露骨な態度に苦笑しつつ気になったので【フォーチューンの円環】を使った。
うーん。全く無いわけじゃないけど緑が少々か。それも点在していて面倒だ。
あっ、ひとつだけ青色がある。青!?
「ひとつだけ途轍もなく価値があるのがありますね」
「ほんとっスか!?」
「なに? 隅々まで探したんだが」
「でも、あの神殿みたいなのにありますよ」
距離があるからか光は小さい。
「あそこか……」
ガラドさんが細める視線の先に半壊した大きな建造物がある。
神殿みたいなのと僕は言ったが実際に神殿かはわからない。
まぁでもガラドさんの反応から言わなくても分かる。
ダンジョンの異変はあそこにいる。
「にしても静かっスね」
「敵もいません」
【危機判別】の反応はゼロだ。
「とにかく行ってみんべ」
「お宝もあるっスよ!」
「ひとつだけですけどね」
こうして、神殿みたいなところへ僕たちは向かう。
そして特に何事もなく着いた。
「本当に敵がいないんだな」
「ここも……妙に静かですよね」
「気配がないべ。本当に居るんだべか?」
神殿みたいなところはシーンと静まり返っていた。
何の気配もない。無人だ。
「……妙だな」
ガラドさんも首を傾げる。
正面は礼拝堂なのか大きな空間になっていて、折れた石柱や崩れた石柱が目立つ。
何かが潜んでいる感じもしない。【危機判別】にも反応はない。
「この奥にあの巨大な蜘蛛がいた」
「蜘蛛の巣はあるっスね」
「でもなんもねえべ」
「……蜘蛛の子1匹も見当たりません」
「あっ」
急にナベルさんが声をあげる。
「どうした?」
「隠し部屋を見つけました」
「え?」
「本当っスか」
「こっちです」
ナベルさんが案内する。
隠し部屋を見つけたにしてはここから離れていく。
ひょっとして、そういうレリックか。
隠された部屋やエリアを見つけることが出来るレリックがあることは知っている。
僕のレリックと同じぐらい探索者には重宝されるレリックだ。
それと前にコランさんがやたら隠し部屋に入ったと言っていたのを思い出す。
ちなみに青い光に近付いているから、隠し部屋にあるんだろう。
ナベルさんが通路の先の扉の前で止まる。
広い空間の右の通路の奥まったところだ。
「この先にある部屋に隠し部屋の入り口があります」
「鍵が掛かっているな」
「どうするっスか」
「無理やり開けるしかない」
「それなら僕が開けますよ」
前に出て鍵穴に小さな【バニッシュ】を押し当てる。
カチャッと扉が開いた。
小さな白い空間に壺と木箱が置かれていた。
物置みたいだな。
ナベルさんが何もない白い壁に手を当てた。
「この壁の奥に部屋があります」
「どこかに仕掛けがあるんだろう」
「結構ゴチャゴチャしているっスね」
【フォーチューンの円環】で範囲指定すると壁の一部が緑色に光る。
その奥に青い光だ。
仕掛けは……このすぐ側にある大きな壺が緑になっている。
木の蓋を開けると像があった。
何かの神様の像が片手で掴めるサイズで細長い台座に乗っている。
壺の中に像……怪しさしかない。下の方がよく見えないので光球で照らす。
細長い台座は壺の底に繋がっており、おまけに丸い溝があった。
これは床と繋がっている。
「……」
像を押してみる。駄目だ。
それなら引いてみる。駄目だ。
「……押しても引いても駄目か」
なら回してみるか。おっ、いけた。
時計回りに半回転するとカチっと何かに嵌る。
すると壁が開いた。
「本当に隠し部屋だ!?」
「ウォフくん。何にかしたっスか」
「壺の中にスイッチかありました」
「変に大掛かりだ」
「お宝っス!」
部屋は真ん中に箱があるだけで他には何もなかった。
箱の中には……剣があった。
いやこれは形状から鍔は無いけど刀。確か合口拵えだったか。
黒いまだら模様の入った白鞘に飴色のツルツルした不思議な柄が特徴的だった。
「……これが宝っスか」
その刀は青い光を放っていた。これだ。
「みたいですね」
「剣か」
ガラドさんが手にする。
「何の変哲もなさそうだな」
「オーパーツの可能性あるかもっスよ」
「そうだな。調べる前に魂の器の容量は確認しているか」
「してないからパスっス」
「オラはレリックが無いから平気だ」
「ボクも平気です」
「僕もしてないので外してください」
「そうか。じゃあホッス」
ホッスさんに渡す。
「オラも違うだ」
ホッスさんはナベルさんへ。
「……蜘蛛切……鼈甲八文字」
ぽつりとナベルさんが呟いた。
鼈甲。べっこう。ベッコウ……あっこのスベスベした飴色。ベッコウか。
前世の記憶によるとウミガメのタイマイの甲羅を加工した素材らしい。
ベッコウで造られた装飾品は高級品だ。特にカンザシが好まれた。
「鼈甲八文字ってなんだ」
「ええっと、【鼈甲八文字:居合技。蜘蛛の脚を斬れる。そして蜘蛛の複眼を一遍に斬れば、どんな蜘蛛をも殺せる。ただしその場合、蜘蛛切は壊れる】―――みたいな感じです」
「条件付きの蜘蛛特化のレリックっスね」
「こいつは強力だべ」
どんな蜘蛛っていうのが凄いな。
1回だけでもこれほど今回のダンジョンの異変討伐で強いものはない。
青い光も頷けるが、八文字ってなんだ?
「よくやったナベル。うまくいけば楽に倒せそうだ」
「……ひょっとしてボクが使うんですか」
ナベルさんは困ったように言う。
「それはそうだべ」
「頑張るっス。ナベルくん!」
「期待してますよ。ナベルさん!」
ナベルさんは困惑したように蜘蛛切を一瞥し、腰に添えた。
その後も探索したが、何も見つけることもダンジョンの異変の姿も無かった。
いったい、どこに行ったんだ?




