フォレストウェーブ・合間②・クリスタルビースト。
ちらほらと魔物はいた。
でも大した数じゃなく、大した魔物でもない。
「禁断の地ってどの辺にあるっスか」
ふいにビッドさんが聞く。
「禁断の地はハイゼン大森林の左端にある遺跡だ」
「遺跡だべか」
「ああ、何かの街みたいになっていて、そこに神殿がある」
「……ダンジョンの異変はその神殿にいるんですね」
「そうだ」
「蜘蛛なんですか」
「……大きな蜘蛛だ。白い身体で黒いまだら模様がある。糸がやっかいだ。あれが吐く糸は粘着性で身動きが取れなくなる。それと巨体なのに素早い。身体も硬い。それと六つの赤い眼は見たら駄目だ。邪視系のレリックを持っている」
「うわっ、邪視系っスか」
「身動きが数秒だけ取れなくなるだけだが、この蜘蛛には命取りだった」
「糸ですか……」
「そうだ」
「手強そうだべな」
厄介な感じだな。
ナベルさんがぽつりと呟いた。
「実はファーストウェーブのとき、似たような小さな蜘蛛を見たんです」
そうなのか。
ガラドさんは難しい顔をする。
「……そいつは眷属かもしれないな」
「蜘蛛ってたくさん居るっスからね……」
そうなんだよな。蜘蛛ってわらわらと沢山いるんだよなあ。
あるいはダンジョンの異変になる前の姿かも知れない。
ダンジョンの異変は、ダンジョンにおけるエラーだ。
エラーによって変異して巨大化したのかもしれない。
色々推測はできる。だけどまずは禁断の地に行ってからだな。
「それにしても『トルクエタム』はどこまで行ったっスか」
先行している『トルクエタム』の姿は見えない。
この先にある無人の討伐村で落ち合う予定だ。
ん? 赤い点。
【危機判別】に反応あり。前方から魔物が来る。
「前から敵が来ます。数は3匹です」
僕が言うと全員が武器を構える。
ビッドさんは後ろ腰の折り畳んである槍を組み立てた。
「それ使うんですか」
「せっかくっスからね」
ビッドさんの槍はトライデントだ。
柄は銀色なのに青く見える不思議な金属で構成されていた。
まるでメタリックブルーだ。
三つの穂先は左が一番長く真ん中は二番目で右が三番目の長さという奇妙な形状だ。
穂先の間には黒い宝玉が挟み込まれていた。
ナベルさんはウルフェグの刀。ホッスさんはハルベルトだ。
僕は、ああ、そうだ。あれを使おう。
まずは刀身が青色で不思議に煌めくナイフを握る。
まるで液晶みたいな光沢を放つのはアガロさんのナイフ改3だ。
改2をリヴさんに直してもらった。
液晶みたいな刀身は角度によっては赤にも緑にも映える。
前より硬度を上げたとリヴさんは言っていた。ありがたい。
もうひとつ……真っ白くて青赤黒の線が入った四角い棒を手にする。
単なる四角い棒にしか見えないが、ちゃんとしている。
ナイフの女神に授かったナイフだ。
敵の姿はまだ見えない。
すると、ビッドさんは槍に付いている右側の黒い宝玉を外した。
外した宝玉を少し進んだ右側に置く。
次に真ん中の宝玉を外す。それを少し進んだ前に置く。
最後に左側の宝玉を外し、それを少し進んだ左に置いた。
「なんだ?」
「これでよしっス」
「なにしてんだべ」
「後で分かるっス」
「敵、見えました」
ナベルさんの声と共に現れたのは、水晶に覆われた熊と狼とカマキリだった。
「クリスタルビーストだ」
口にしたガラドさんの持つ大剣に炎が宿る。
ジンリュウ家に代々伝わる大剣・『炎流剣』。
火のオーパーツで所持レリック付きだ。
クリスタルビーストか。
確か倒せばランダムでクリスタルがドロップする、ガチャ魔物だったか。
待て。カマキリってビーストか?
「あっちのデカい熊はオレとホッスがやる」
「んだ」
「狼はナベルと嬢ちゃんだ」
「了解っス」
「わかりました」
ということは、あのカマキリは僕が相手か。
「カマキリはウォフに任せた」
「はい。あの、ガラドさん。ひとついいですか」
「なんだ」
「カマキリってビーストですか」
「……ビーストだ」
「ビーストなんですね」
「そうだ。ビーストだ」
「……了解しました」
カマキリはビーストだった。
ガラドさんが言うんだ。カマキリはビーストだ。
「よし。行くぞ」
「あっ、ちょっと待ったっス」
ビッドさんが止める。
「今度はなんだ。嬢ちゃん」
「ウチがこの槍『パレステジア』を使って足止めするっス」
「パレ、なんだば?」
「まあ、見ていれば分かるっスよ」
そうビッドさんはクリスタルビースト3匹の前に立つ。
クリスタルビーストたちは既に気付いて警戒と臨戦態勢をとる。
ビッドさんはひとり接近する。
僕たちは大丈夫かと見守る。
絶妙な間合いで彼女は止まった。
槍を構えると、クリスタルビーストたちは動いた。
ビッドさんに襲い掛かろうと突進する。速い。
「てええぇいぃっ!」
ビッドさんは掛け声とともに虚空を槍で突いた。
すると槍の先端が外れて発射される。
三つの先端はブレて揺れて分裂した。
クリスタルビーストたちに降り注ぐように命中。
だがそれだけではかすり傷程度で致命傷にもならない。
しかし先端からは細い糸のようなワイヤーが付いていた。
そして周囲に黒い宝玉が置かれている。
「くらえっス。制約レリック【パレステジアの箱庭】っ!」
トンっとビッドさんが槍の石突で地面を突く。
瞬間、クリスタルビーストたちに電流がはしった。
槍の先端から黒い宝玉から電流にクリスタルビーストたちが捕らえられる。
「今っス!」
ビッドさんの掛け声がして僕たちは飛び出した。
ガラドさんが雄叫びをあげ、水晶熊に飛び掛かり脳天をかち割る。
その隙にホッスさんが白い光を放つハルベルトで水晶熊の腹に刃を食い込ませた。
あの白い光……アクスさんお父さんのエンスさんが見せてくれた魂のチカラだ。
いつの間に会得したんだろう。
「【居合い】っ!」
ナベルさんが狼を狙って斬るが、浅い。
それは本人も分かっていたので落ち着いて、また【居合い】を放つ。
狼の首が落ちる。
3匹を倒し、ビッドさんがレリックを解除する。
ガラドさんが剥ぎ取りながら言う。
「ナベル。踏み込みが足らない。もっと深く踏み込んでみろ」
「は、はいっ!」
「筋はいいんだよな」
「将来性は高いべ」
「ブルーレッドクリスタル、です」
「こっちはレッドグリーンクリスタルだ」
「僕のもレッドグリーンクリスタルです」
カマキリを剥ぎ取って出たクリスタルを掲げる。
僕がカマキリをいつの間に倒したのか。
ガラドさんが水晶熊の脳天をかち割るとき、既にカマキリを仕留めていた。
アガロさんのナイフ改3の切れ味は凄まじかった。
カマキリの胴体を鎌腕と一緒に嘘のように切断してしまった。
もうひとつのナイフはビッドさんが足止めしたとき、そっとホルダーに仕舞った。
すまない。だが次の機会がある。
「さすがウォフさんっ!」
ナベルさんがキラキラした尊敬の眼差しを僕に向ける。
狼耳をひょこひょこと動かし、尻尾をパタパタッと振っている。
その様子に年上だけど頭を撫でたくなってしまう。
「ほれ、いるんだろう」
ガラドさんがクリスタルを僕に渡す。
ナベルさんもくれた。
「いいんですか」
「ダンジョンの異変退治に必要だからな」
「ありがとうございます」
貰ってポーチの中のクリスタルを確認する。
『レッドクリスタル:5』
『ブルーレッドクリスタル:6』
『レッドグリーンクリスタル:7』
あれ。思ったよりあるな。
あとレッドクリスタルひとつあれば、回数分使えるぞ。
「だども、これだとセカンドはクリスタルビーストになりそうだべ」
「そうなんっスか」
「ああ、そうなる可能性は高い。ファーストの報告も受けたが、今年は例年より質が異様に高い。これはおそらくダンジョンの異変の影響だ。一刻も早く討伐しないとハイゼンが本気で危ない」
「ルマの容態も気になるだ。本当に倒せば呪いは解けるだか?」
「ああ……解ける。それと保険もかけてある」
『キズモノ』の討伐か。
倒せば『レリックを消すレリック』が手に入る。
上手くいけばいいと願うしかないか。
ハイゼン大森林。
ゴウロ討伐隊のアラヤは血を吐いて倒れた。
周辺にはゴウロ討伐隊の精鋭とクーンハントの討伐者が倒れている。
その先には右横腹に大きな×の傷が際立った獣。『キズモノ』だ。
だがこの『キズモノ』も重傷を負っていた。
黒いまだら模様をした巨大な白蜘蛛の脚が何本も身体に刺さっている。
蜘蛛の頭部からは女性の上半身が生えていて、その手には白い剣が握られていた。
女性は真っ白い身体でまだら模様の長い髪をしていた。
大きな赤色の垂れ目で右の目元にホクロがある。
なんとも見目麗しく妖艶な上半身だ。
ダンジョンの異変。
その大きな白蜘蛛の身体も無傷ではない。
脚の何本か千切れ、六つの赤い瞳もいくつか潰れている。
胴体は喰われ、女性の上半身も腹に穴が空いて血が流れていた。
「はぁっ……はぁっ……はあぁ……せっかく……ここまで……来たんだ」
女性の上半身がつぶやく。手にある白い剣を見る。
「……もはや……残ったのは……私だけ……なのだろう」
ダンジョンの異変は器として完全に乗っ取られていた。
剣の女神の娘が一振り。グェネによって。
グェネはラァダと他の娘たちと袂を別った。
特にラァダとは切り合いになったが勝てず逃走した。
ハイゼンを出ていく。
その為に必要なモノを模索して大森林に潜った。
狙いは『キズモノ』だ。
倒してレリックを消すレリックを手に入れる。
このレリックがあればどんなところでも生きていける。
その『キズモノ』を倒せるだけのチカラを偶然だが彼女は手にした。
ダンジョンの異変はやや不安がある危険な器なのは承知している。
だがチカラでいえばこれほどのモノはない。
しかし突如、討伐者たちが割り込んで三つ巴の戦いになり、この結果だ。
「……共に死ぬか……」
『キズモノ』はまだ生きているが、もう死ぬのは見て取れる。
そしてグェネの器も死にそうだ。
どっちが先に死のうがどっちもいずれ死ぬ。同じだ。勝者はいない。
『キズモノ』が動く。大きく顎を動かし、女性の上半身に噛み付いた。
そのとき蜘蛛の脚が『キズモノ』の身体を深く貫く。
蜘蛛と『キズモノ』が死んだ。
噛み付かれたとき、白い剣グェネは『キズモノ』の口の中に入った。
『キズモノ』の体内を落ちて心臓ではなく核に突き刺さる。
それは『キズモノ』の魂の器だ。
しばらく静寂の後。
黒いまだら模様の脚をした白い小さな蜘蛛が大量に集まってきた。
四つの赤い目でふたつの大きな死骸を見上げると、一斉に糸を吹き掛ける。
それからまた静かになり、小さく小さく何かが鳴動し始めた。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。ドクン。
ドクン。ドクン。ドクン。ドクンっ!




