フォレストウェーブ・ファースト⑥・緑の波。
2日後。
フォレストウェーブがついに始まった。
雲が流れる青い空。快晴の昼。
ハイゼン大森林の端から端まで地響きをたてて緑の波が起きた。
ゴブリンとオークの群れである。
しかもゴブリンソルジャー。ホブゴブリン。ゴブリンコマンダー。ゴブリンナイト。
ゴブリンロード。ハイオーク。ダークオーク。ヘッドオーク等、多様だ。
おおよそ1万の大群がハイゼン平原を進む。
これがファーストウェーブ。
迎え撃つはハイゼン平原に並ぶ6000人近くの討伐者。
人数は下回っている。だが戦力は上だった。
1人でゴブリンやオークの10匹や20匹は楽に屠ることができた。
もちろん人材はピンからキリだ。誰でも参加できるので戦力にならないのもいる。
その6000人の中にボクたち『ケルベロスターン』がいた。
「凄いな。あんな数のゴブリンやオークを見るのは初めてだ」
「しかもこれでファースト」
「なんか震えてきたな」
コランさんがボクの隣でぶるっと体を揺らす。
プランシーさんもどこか緊張した顔だ。
ボクもそうだ。吐く息が荒い。手に汗が出てきた。
ふとウォフさんならどうなんだろう。
ボクみたいに緊張するのかな。それともまったく平気なのか。
「どうしたの。ナベル?」
「だいじょうぶか」
ふたりが心配して声をかける。
ボクは微苦笑した。
「緊張しちゃって」
「わかる」
「わかる」
ふたりは頷く。
ずっと地響きが続いている。
迫る音が段々と近づいてくる。
まるで波のようだ。爆発音も轟く。
遠距離組が属性レリックを放っていた。
それでも地響きは止まらない。
激しく強く止まらない。
「うおおおおおおぉぉぉぉっっっっ!!!!」
「おおおおおおおおおぉぉっっっっっ!!!!」
「うおおおおぉぉっっっっっ!!!!」
「おおおおぉぉぉぉっっ!!!!!」
いきなり雄たけびが木霊して、前方が大きく動く。
瞬間、ボクは理解した。突撃だ。
いよいよ。先陣がファーストウェーブとぶつかった。
派手な切り合いの音がこっちにまで聞こえる。
「第3陣! 動くぞっ! 準備はいいか!」
第3陣に入っているボクたちは武器を抜く。
ウルフフェグの刀。今回はこれしか使わない。
使用感覚を掴んで経験を積む為だ。
コランさんたちと話し合った。
揉めたりはしなかった。すんなりと話が通る。
ダンジョンの異変に挑むのはボクだけになった。
理由は力不足だ。
ダンジョンの異変と戦うには『ケルベロスターン』は悔しいけど実力が足りない。
でもダンジョンとの異変は滅多にない経験を積める。
だからリーダーとして指名された者として、ボクだけ参加することになった。
しかし、まだボクは手に入れたばかりでウルフェグの刀に慣れていない。
ウルフェグの刀―――ウォフさんのおかげで手に入った。
長年行方不明だった一族の武器だ。
持ち主は知っている。オーカミ。僕の叔父だ。
とても強く優しかったのを覚えている。
今も世界を放浪していると思っていた。
だからこそショックだし悲しいし、憤りもある。
仇討ちもしたい。
ダンジョンの異変だという蜘蛛。
叔父を殺したんだ。今のボクでは敵わないだろう。
だけどウォフさんの力を借りてでも、ボクは仇を取りたい。
ウルフェグの刀を使いこなしたい。だけどそんな簡単な代物じゃない。
このファーストウェーブで少しでも慣れることが出来れば。
「来たぞっ! ナベル!」
コランさんの叫びがして、粗末な甲冑を着たゴブリンが見えた。
コランさんがゴブリンを新しい槍で突いて風の刃を飛ばす。
後ろ2匹が切断された。
「【フレイムランス】っ!」
プランシーさんが炎の槍を1本生み出し、3匹ぐらい貫通させて燃やす。
コランさんは新しい武器。プランシーさんは防具だ。
風の刃を生み出すオーパーツの槍。
水と火のクリスタルが表と裏に付いた不思議な衣服。ローブの下に着ている。
武骨な曲がり剣を手にした緑色の巨鬼があらわれる。
オークだ。体中が矢だらけだが致命傷はひとつもない。
「コランさん。プランシーさん。ここはボクがやります」
ボクはウルフェグの刀の柄を握りしめる。
息を深く吸って、吐く。
オークは真正面。あの巨大で禍々しい剣の間合いまで、あと一歩。
ボクは『ワン・ステップ』でその間合いの中に入るとウルフェグの刀を振るう。
「【居合い】!」
瞬く間に鞘から抜いて刃を光らせ、オークの胴体を斬った。
『グオオォっ』
浅い。だが納刀すればまた瞬く間に振り下ろせる。
活動時間1分。
その間、オークを斬る。
納めて抜いて斬る。納めて抜いて斬る。納めて抜いて斬る。
オークが硬い。ハイドランジアのオークより硬い気がする。
コランさんもプランシーさんもゴブリンの相手で忙しい。
ぐっ、刀を納める動作がやっぱり遅い。
抜いて斬るのはいいんだけど、納めるというのが何度やっても難しい。
『グオオオォォォォ』
やっと倒せた。急に刀が重くなる。時間か。
抜く動作。はぁ、もっと練習しないといけないな。
「このゴブリン。なかなかしぶとかった」
コランさんが鎧を着たゴブリンの腹から槍を抜く。
向こうではプランシーさんが【フレイムランス】を使っていた。
凄い。僕が苦戦したオークを一撃で倒している。つおい。
眺めているとこっちに向かってくるゴブリンの群れ。
ボクはウルフェグの刀を仕舞って、ウルフェンの剣を構えた。
しばらく戦っていて気付く。
ゴブリンとオークの死骸が延々と平原に横たわって続いていた。
まるで緑の河だ。波はかなり落ち着いてきた。
ホブゴブリンを倒し、ポーチから水筒を出してお茶を飲む。
「ふうぅ」
少しぬるめだけど、柑橘系で喉に心地いい。
ウォフさんに貰ったお茶だ。なんと自分で煎じたという。
彼は年下で未成年で階級も第V級。だけど不思議だ。
なんかこうウォフさんって年上みたいに思ってしまう。
実際、ボクたちより強い。さすがは魔女の弟子。
「きゃあっ!」
「プランシーさん?」
悲鳴が聞こえ、駆け付ける。
「うわっ、なんだこれっ」
コランさんも声をあげた。
どうしたんだ。ふたりの元に行くと、ゴブリンの死骸から一匹の蜘蛛が飛び出した。
「うわぁっ!?」
ボクは払いのける。
小さな蜘蛛だ。白くて脚が黒いまだら模様をしていた。
赤い四つの複眼が光っていたが、慌てるように逃げていく。
「なんなのよ。あの蜘蛛」
「ビックリした」
どうやらふたりも蜘蛛に驚いたみたいだ。
蜘蛛……ダンジョンの異変の蜘蛛と何か関係あるのか。
その後、ゴブリンの残党狩りをして剥ぎ取りをして、この日の波は終わった。
夕方近くまで掛って疲れ果てた。
なんとか支給のご飯を食べて宿の部屋に戻り、倒れ込むようにして寝た。
次の日。
また緑の波だった。
同じように夕方近くまで戦って剥ぎ取って、疲れ果てて寝る。
次の日。
今度は灰色の波だった。
刃のような角をした黒いエッジウルフ。
爪撃を主体とする白いクローウルフ。
槍のような角をしたランスウルフ。四つの目をした巨大な狼。四眼狼。
その数は2万。対するこちらは人材が補充されて援軍も入れて1万2000人。
「【居合い】っ!」
青白いエッジウルフと切り結ぶ。
コイツ、強い。
なんとか倒せたが、1分切ってしまう。
まだ終わりじゃない。クローウルフとランスウルフが迫る。
ボクはウルフェンの剣に替える。
耳と尻尾を立てて眼差しを鋭くする。
まずは、クロ―ウルフから一気に決める。
「【ウルフェンラッシュ】」
渾身の『ワン・ステップ』でクローウルフとの間合いをゼロにする。
右脚に一撃、頭部に二撃。倒したと確認する前にランスウルフの突きを避けた。
完全に死角からの回避だからランスウルフは驚く。
その隙を逃すものか。脇腹に一撃。よろめいて地に伏せる。
よし、致命傷だ。
「ぐああぁっっ!!」
コランさんの悲鳴がした。見ると、四眼狼と戦っている。
見上げるほど大きな狼。四つの眼光がボクたちに殺意を飛ばす。
「【ファイアランス】っ!」
プランシーさんが炎の槍を四眼狼にぶつける。
四眼狼をよろけさせた。
「この犬がっ! 【スラッシュブロー】!!」
コランさんが槍を振るうと風の刃が出る。
四眼狼は前脚を振り下ろした。その衝撃でボクたちは吹き飛ぶ。
受け身をとってゆっくりと立ち上がる。
「こ、こいつ……強すぎる」
「本当にファーストウェーブの魔物なの……?」
ボクも疑問に思った。
四眼狼は吠える。
『ヴオオオオオオオォォォォォォォッッッ』
その雄たけびで他のウルフたちが集まってくる。
それから『ケルベロスターン』の命掛けの戦いが始まった。
まずコランさんが倒れた。
次にプランシーさん。
まだ死んではいないはずだ。
ボクは息も絶え絶えで、何故かウルフェンの剣とウルフェグの刀を持っていた。
全く扱えない二刀流で最後に残った無傷の四眼狼と対峙している。
その周囲には様々なウルフの屍と討伐者の死体が転がっていた。
「ヴオヴオおおおぉぉおおおぉぉぉっっっっっ」
吠えながら四眼狼に向かっていく。
力はもう殆どない。
だが命を燃やす気持ちと覚悟で『ワン・ステップ』で眼前に飛ぶ。
そして剣と刀を四眼狼の頭部に振り下ろした。
次の日。
宿屋のベッドで起きる。
不思議にしているとコランさんとプランシーさんが部屋に入ってきた。
四眼狼は倒した。嘘みたいだがボクが倒した。
その後、満身創痍になったボクは意識を失ったという。
なんでも死ぬ寸前だったが、駆け付けたウォフさんが何かしたらしい。
あともう少し彼の到着が遅れていたらボクは死んでいた。
ウォフさんに感謝だ。
その日は何も起きなかった。
その次の日も何も起きなかった。
それはファーストウェーブの終わりを意味した。
次はセカンドウェーブだ。
だがボクはその合間にウォフさんたちと合流する。
ダンジョンの異変討伐が始まる。




