黒吞みのメガディア③
ノックダウン。倒れる第Ⅱ級探索者『滅剣』のアガロさん。
メガディアさんは興味無さそうに踵を返して立ち去る。
「のう。ぬし」
パキラさんが声を掛けた。
大胆だな。メガディアさんが僕達を見下ろす。
うおっ、なんて迫力だ。
ゴスロリの巨女がにっこりと笑う。
「あら、こんにちは」
「うむ。こんにちは」
「こんにちは」
「あーしのことは知っているわね。それでなにかしら」
「わらわはパキラ。第Ⅲ級探索者。トルクエタムのメンバーじゃ」
「知ってるわ。女性だけの……」
メガディアさんは僕を見る。
「僕は違いますよ。探索者でもありません」
「それなら、あなたの雇い仔かしら」
そうなるよな。
パキラさんは困ったように言う。
「違う。ウォフは……まぁそれはよい。暇なら話でもせぬか」
「ええ、いいわよ。ただし。あなたの奢りならね」
「まだ飲むんですか」
僕は思わず訊いた。
「口直しよ。そうね。シードルが飲みたいわ」
メガディアさんは真っ赤な唇で微笑む。
まだ飲むのか。
目立つというので二階の席をバーンズさんが用意してくれた。
ありがたい。二階は個室になっている。
いわゆるVIP席だ。
どことなく高級感がある造りになっている。
高そうなソファに寝そべるようにメガディアさんが座った。
半透明のテーブルを挟んだ対面に僕とパキラさんが座る。
「いいわね。ここ。静かに飲めるわ」
メガディアさんはシードルをコクっと飲む。
「よう。飲むもんじゃのう」
「飲むのは好きよ」
それはそうだろうなあ。
「話を聞いてくれてありがたく思う」
「いいのよ。それで何が聞きたいの?」
「……第Ⅱ級になるにはどうすればいいいのじゃ」
メガディアさんはピクっとシードルを持つグラスを揺らした。
飲み干して置く。
「そう。あなた。第Ⅱ級になりたいのね」
「わらわだけではない。トルクエタムの皆がそうじゃ」
「どうして?」
「む?」
「今のままでも生活には困らないはずよ」
そう。生活には困らないはずだ。
現に第Ⅴ級探索者でも充分に暮らしていける。
「何故というならば簡単な道理じゃ。上を目指せるならば最も高くまでゆく。そうじゃなければつまらんじゃろう。それだけじゃ」
パキラさんは誇らしく言った。
メガディアさんはコクっとシードルを嗜む。
「それはトルクエタムがそうなのかしら」
「基本はそうじゃ。もっともリヴとルピナスには別の思惑や目的があるかも知れん。じゃが、わらわがの目的はそうじゃな」
「面白いわね。そういうの素敵よ。あーしは応援したいわね」
「それは心強い」
「ところであなたもそうなの?」
「え?」
急にメガディアさんは僕に話を振ってきた。
「探索者になるんでしょう」
「はい」
「第Ⅰ級を目指しているの?」
「僕は別に、違いますよ。大多数と同じです。第Ⅴ級ぐらいで生活していければいい」
「つまり探索者は生活の糧ってことね」
「そうです」
「ふーん」
なんだ? なんで僕にそんなことを聞いたんだ。
パキラさんも不思議そうにしている。
「あの、どうして僕にそんなことを?」
「これが普通なのよね」
「ふむ?」
「普通はウォフくんみたいな動機なのよ。あーしもね。そうだった」
「じゃが第Ⅱ級じゃ」
「色々とあったのよ。今はこれでいいと思っているわ。トルクエタムは第Ⅰ級を目指しているのよね」
「そうじゃ」
「それはそうよね」
ふとメガディアさんは僕を一瞥した。
そしてシードルをグラスに継いで飲む。
「まぁいいわ。第Ⅱ級までは誰でもなれるから」
「む。どういう意味じゃ」
「第Ⅱ級になったら分かるわよ。それでそうね。そうだわ。トルクエタムは全員第Ⅲ級よね」
「そうじゃ」
「全員女性よね」
「そうじゃが」
「ちょうど良かったわ。ダンジョンの異変のこと。もちろん知っているわよね」
「むろんじゃ」
「はい。迷惑しています」
僕は思わず言った。
メガディアさんが不思議そうに反応する。
「迷惑なの? 確かに閉鎖はされているけど他にもダンジョンはあるわ」
「閉鎖されているダンジョンにしかゴミ場は無いんです」
「ゴミ場……そうだったわね。それなら早く解決しなくちゃね。そうそう。あーし。異変討伐の同行者が欲しかったの。ぜひトルクエタムに同行してもらいたいわ」
「なに!?」
「どう?」
パキラさんは困惑に近い表情をする。
猫耳も戸惑うように動く。
「わらわだけでは返事は出来ぬ。皆と相談して答えよう」
「良い返事を期待しているわ」
「よかったですね。パキラさん」
「そ、そうじゃのう……」
思わぬ話にパキラさんは困惑していた。
無理もない。降って湧いた話にしては大きすぎるのは僕でも分かる。
それにしても妙だ。
何故かは分からない。
何故かメガディアさんは僕を話に入れようとする。
話があるのはパキラさんだけだ。
疎外感を憐れんで気をつかわせたという感じか?
それはどうだろう。
そもそも僕には全く関係ない。
僕自身もメガディアさんに話はない。
それに失礼だけど、そういう気遣いな性格でもなさそう。
なのにメガディアさんは僕を頻繁に見ている。
なんだろう。
とりあえずお茶を飲もう。
はぁーなごむ。
「ねえ、ウォフくん」
メガディアさんがまた話掛けてきた。
「なんですか」
「あーしの雇い仔にならない?」
思わず茶を噴き出すところだった。




