フルムーンバザー⑨
深夜。
ジンリュウ家本邸。
ドンッと激しい音がして正門が破壊される。
一斉に雪崩れ込む十数名の衛兵たち。
その先頭に立つのは執事姿の麗人ギィーザ。
そしてドワーフの甲冑を身に着けたホッスだ。
「止まれ止まれ。何事か!」
本邸前にズラリと並ぶのはバァロウの私兵だ。
立派な鎧姿をしているがその見た目はどれも人相が悪い。
手前に大きな斧槍を持った鎧姿の大男は特に人相が悪かった。
とても立派な兵士に思えない。
「ゼンゼラ家の筆頭執事。ギィーザである」
「ゼンゼラだとぉ……?」
「既に頭首のバァロウは死んだ。この屋敷は競売で我がゼンゼラ家が買い取った」
「な、なんだと……馬鹿な……」
「バァロウの私兵。貴様らは悪評絶えぬ。全員、今すぐに解雇だ」
ギィーザは剣を抜いた。本体じゃない。レイピアだ。
「ふざけるなぁっ、おい。こいつら。やっちまうぞ!」
「ルマはどこだぁっ!」
ホッスが吼える。ハルベルトを私兵の大男に向けた。
彼は古い革鎧を着ていた。ドワーフの甲冑だ。
古臭い革のように見えるが実は金属だ。
魔銅と魔銀に魔鉄の合金製で軽く柔らかく防御性能が高い。
ドワーフの戦装束である。
「なんだてめえ」
「そんなことどうでもいいだ。ルマはどこだ?」
「ルマぁ? ああ、あの娘か。バァロウ様の妻になれたのに余計なのが付いていて、おかげであんないい女なのに俺たちも遊べなくなった」
「なに……」
「他の玩具も皆、死んだり売ったりしたからなぁ。まあだがバァロウ様が居る限り、おおっ? そこの執事服なんてしているが良い女じゃねえか」
ギィーザを値踏みするようにいやらしく見る。
「ゲスが、そのバァロウは死んだぞ」
「寝ぼけたことまだ言ってやがる。ラァダ様が居る限りそんなことあり得ねえんだよ。どうせ留守を狙えばいけると思ったんだろ。浅はかな連中だな。よし。決めた。おまえ以外は皆殺しだ。おまえは俺たちの新しい玩具になってもらおう」
「ルマはどこだべ?」
「アァッ? さっきからルマルマうっせぇーな。安心しろ。てめえが死んだ後、その女も嬲ってからてめえのいる地獄に送ってやるよおっ!! サマーニヤとかいうガキと一緒になあ!」
私兵の大男はホッスに斧槍を振るう。
彼の大柄な体躯に相応しい大型の武器で威力も申し分ない。
だがホッスは避けずにその斧槍を白く光るハルベルトで受けて裂いた。
飴細工のようにバラバラになる斧槍。
「はぁ? なあ、馬鹿なっ!?」
「地獄はてめえだけで逝け」
真っ白く光るハルベルトで私兵の大男を横薙ぎで切断する。
信じられない切れ味だ。私兵たちは騒然とする。
「うわああああぁぁっっっ隊長!?」
「あの隊長がやられた!?」
「嘘だろっ! 盗賊団の団長だったんだぞ!!」
「【大怪力】で強化されたのにあっさりだと!?」
「ほう。やるな。ホッス」
「いいから先に行くべ」
「おまえたちはこいつらを捕縛しろ。盗賊だ!」
ギィーザの号令で衛兵たちが次から次へと私兵を捕らえていく。
抵抗する私兵は容赦なく切り捨てた。
ホッスとギィーザは本邸に入り、使用人を問い質し、邪魔する私兵を蹴散らす。
ジンリュウ家の守護騎士を名乗る者たちも障害ならば倒していく。
ギィーザはもちろん。ホッスも強かった。鬼気迫るとはまさにこのことだろう。
そして地下室の地下牢でルマとサマーニヤを発見した。
喜ぶホッスだったが。
深夜。移動宮殿。???ルーム。
たった一夜……こんなに長かったか。
あの後、ラァダと戦った以上に大変な大事件が起きた。
犯人は魔女だ。
彼女は本当にバァロウの死体をVIPのオークションに出そうとして止められた。
だが自らの称号などや噂あらゆる権力と実力を行使して強行。
結果、VIPオークションはとんでもないことになったらしい。
「ジンリュウ家解体ショウになったの」
「……は?」
なんで魔女がそこまで強行したのか。無茶をしたのか。悪ふざけをしたのか。
セィランさんは感情のまま問い質した。魔女は笑って言った。
今回の件についてバァロウと三大家に怒っている。
そして三大家に群がって蜜を吸うVIPの連中も同罪だ。
だからジンリュウ家次期頭首で元凶のバァロウの死体を競売にかけた。
そのときの競売品名が『おまえたちも将来こうなる』だったとか。
反発も当然あった。
特に突然、次期頭首を失ったジンリュウ家の親族とその一派は完全に敵対した。
殺した犯人が魔女だと吠えたとか。それが彼等の終わりの始まりだった。
無実で潔白の魔女の挑発に巧みに乗ってしまう。
真偽を問うレリックの使い手を何人も使った勝ち目のない勝負に引きずり込まれる。
その結果ジンリュウの屋敷や遺産は全て魔女のモノになった。
だが魔女はいらないとそれらを全てオークションにかけた。
ゼンゼラ家とゴウロ家が競って、ジンリュウ家は終わった。
ジンリュウ家の召使いやクランもゼンゼラ家とゴウロ家に鞍替えするらしい。
残った親族も二大家の配下となった。
屋敷に関してはゼンゼラ家のモノになった。
ルマとサマーニヤの存在を知るとゴウロ家は手を引いた。
そしてルマとサマーニヤの存在が知られると、一部の親族と召使いは捕縛された。
今、ホッスとギィーザさんが衛兵たちを連れてジンリュウ家の本邸に向かっている。
バァロウの死体は二大家が共同で競り落とした。
ハイゼンの大広場で1週間ほど晒した後、焼却処分されることになった。
「ハイゼンで死体晒しなんて何百年ぶりらしいの」
「もう二度と起きて欲しくないですね」
「まったく、だけど今回はとっても悔しいけどあの女狐には負けたわ。いかにポン達がハイゼンを見ていなかったのか痛感したの。最初の女性討伐者が攫われたとき、動かなかったわ」
「…………」
「バァロウだと判明しても即座に行動しなかった」
「……」
「実質的な被害が出るまで他人事だったわ」
「魔女はバァロウの排除の話が来た時点で今の絵面を描いていた気がします」
「VIPエリアを求めたのもそれ込みってことなの」
セィランさんは気まずそうに僕の顔色を伺う。
「たぶん。そうです。店をやったのも本当の目的はそれでしょう。よっぽど頭にきたみたいですね」
あの魔女が妙に積極的になっていておかしいと思った。
それと魔女も自分のやりたいことをただやるだけのひとだ。
それも僕以上に。
「…………猛省しないといけない……」
セィランさんは落ち込んでいる。
ここは移動宮殿のゼンゼラ家の専用エリア。
VIPルーム・セィランさんの部屋だ。
魔女は暴れるだけ暴れて今は店に戻っている。
シャルディナとアンナクロイツェンさんは引き続き店番だ。
ミネハさんも店に残っている。
なんで僕が彼女の部屋にいるのか。
軽いお茶に付き合いなさいと誘われたからで、ここにいるわけだ。
高級そうなテーブルの高級そうなカップで高級茶葉で焚いたお茶を戴いている。
やはり高級茶葉は香りが奥深い。
「魔女の弟子。あなたはこれからどうするつもり?」
「そうですね。なんだかあまりゆっくり出来ていないのでのんびりして、それから帰ります」
「フォレストウェーブは参加するの?」
「うーん。皆に聞いてからですね」
個人的にはラァダと戦ったからもうお腹いっぱいなんだよな。
ゆっくりのんびりハイゼン観光したいなと思う。
「今年はゴウロ家が張り切っているの。『キズモノ』を絶対に仕留めると活き込んでいたわ。わざわざ。クーンハントと手を組んでまでね」
「……『キズモノ』ですか。『剣の剣』が仕留め損なったという」
「ええ、それだけじゃない。『キズモノ』が今も仕留められていないのはレリックがあるからなの。相手のレリックを消すレリック。それは効果ではなく、相手のレリック自体を消してしまうの」
対抗レリックか。しかも強力なヤツだ。
「倒せば、そのレリックが手に入るというのは聞いてます」
個人的には欲しいというのは分かる。
だがそんなに欲しいか? 便利だし有利だが危険でもある。
他人のレリックを消すのはリスクが大きい。迂闊に使えないはずだ。
「ゴウロ家がそれほどまでに欲している理由は呪いなの」
「呪い……ですか」
「ゴウロ家当主は馬鹿な事をしたわ。ハイゼン大森林の禁断地に手を出して娘が呪われてしまったの。解呪に色々と試しても効果が無かった」
「禁断地?」
「ハイゼン大森林の奥にある。立ち入ってはいけない領域といわれているの。立ち入ったら呪いが掛かる」
「その呪いに娘が掛かったんですね」
「今は鳴りを潜めているけど、あの蟹オヤジは昔とても強欲だったの。三大家で一番勢いがあったわ」
「蟹? ひょっとして頭が蟹の?」
魔女と話しているのを思い出す。
あれはインパクトあったなあ。
「ええ、ゴウロ家当主プアマンクラブよ」
僕は少し考えた。
「蟹の頭が呪いですか?」
「それは呪いじゃないわ」
「呪いではない?」
「ええ、彼の頭が沢蟹なのは呪いじゃないの。元々そう」
沢蟹―――沢蟹なのか。
「元々蟹の頭? 娘もひょっとして蟹の頭ですか」
「違うわ。エルフよ。それに彼は娘と息子が何人かいるわ。奥さんもね」
「……息子? 息子がひょっとして蟹の頭ですか」
「いいえ。違うわ」
「そうですか。ひょっとして当主になったら蟹の頭になるとか」
「そんなわけないじゃない」
「そうですか」
じゃあ、あの蟹の頭はなんなんだ。
魚が頭といい。なんなんだよあいつらホント。
あとどれくらいでフルムーンバザーが終わるんだろう。
はぁ……お茶が美味しい。
ハイゼン大森林。
「そっちに行きましたわ! リヴ!」
「ん……宙の昴……マイアブレード……」
リヴのブレードが赤く光り、赤い斬撃が走り水妖の踊り子を蹴散らす。
ルピナスは盾を構える。彼女が守っているのは舞い歌う白い衣装のパキラだった。
「<リタハラ。カラリタ。レムリタ。リタ。ハラリタ。ラ。リタ。シュク。ハラ。シュク。リタ。アムリタ。ハラリタ。シュクリタ。リタ。カ。リタ。>」
石突で地面をトンっと叩く。
虹色の光が一瞬だけ八角形に波紋みたく広がった。
舞うようにリズムをとって、パキラは杖を突いて回る。
不思議で神秘的な雰囲気が漂う。
大森林の一部の上空に巨大な渦雲が出来つつある。
時おり青白い稲光が見える。段々と渦雲は大きくなっていく。
パキラはクルっと杖を回して身体を回して歌い、謡え、踊る。
「<願う。万天の祈り。祝祭の祈り。竜龍の祈り。シュクシュク。カ。ハラリタ。ハラリタ。リタハラ。アムリタ。ラ。シュク。リタ。シュク。ハラリタ。ウル。シュクリタ。ハラリタ。オン―――>。請う。来たれ。【マウソレウムの光不】……っ!」
直後。渦巻く雲から一筋の青白い光が降り注いだ。
真下のハイクリスタルガチャロックタートルと魔物の群れに突き刺さっていく。
瞬間、閃光がドーム状に拡がり爆発する。
爆風の後、虹色の光が一瞬だけ八角形に波紋みたく周辺に広がって消えた。
静寂に包まれ、頃合いを見てリヴは爆心地に足をつける。
「リヴ。どうですの?」
「ん……ガチャ……外れ……ブルーレッドクリスタル」
「またですの」
「ふう。久々の踊りは疲れるのう。さて、どうじゃった?」
リヴが自慢気に青く赤いクリスタルを掲げる。
パキラはため息をついた。
「またそれか」
「……売ればそれなり……でも……リヴ飽きた……」
「稼ぎに困らないのは幸いですわ」
「そうじゃのう」
ルビナスとパキラは微苦笑して見合わせた。
遠くで鳥の鳴く声がする。




