フルムーンバザー⑧
うん。分かっていた。
「ウォフ」
名前を呼ばれた。
刃物の煌めきを持った神秘的な超然とした美女が現れた。
毎度おなじみナイフの女神様だ。僕は一礼する。
「ご無沙汰しております」
「貿易都市ハイゼン。どうですか。元気にやっていますか?」
「えっ? えっと、まあ、それなりに楽しくやっています」
いきなり世間話みたいな切り口に戸惑う僕。
親戚のおばちゃんかな?
「なんですって?」
笑顔で怖くなるナイフの女神様。
親戚のお姉さまかな?
「よろしいです。多少は問題があったようですが、一番の大問題。【魔性】のラァダを片付けたようですね」
「は、はい。とても強かったです」
「彼女がハイゼンに、それもジンリュウ家に潜んでいたのは知りませんでした。なにせ彼女は剣の女神の娘で最も狡猾、何千年もあらゆるところで暗躍してきました」
「それにしては今回お粗末な感じがします」
なんか変に感情的になっていた気がする。
「予想外が続いて焦りが出たのでしょう」
「しかし数千年も暗躍していればそれぐらいは対処できるのでは?」
「慣れれば慣れるほどたったひとつの小石に妙に躓くモノです」
「な、なるほど……」
前世の記憶の『猿も木から落ちる』や『弘法も筆の誤り』ってやつかな。
「そして貴方にとって初めての死闘でしたね」
「……正直、僕は驕っていたところがあったと思います。強さでは誰にも負けない。そう自惚れていたような気がします」
意識的にじゃないけれど気分や無意識でそういうところがあった気がする。
ナイフの女神様は微苦笑する。
「それは誰でも通る道です。人ならば当然の思い」
「……それは……」
「これから少しずつ噛み砕けばいい」
「は、はい。あの彼女は真格化神レリックと言っていました。あれはいったい」
「疑似化神レリックの進化の先にあるものです。あなたはその片鱗を扱っています」
「……【レーヴフォーム』の……」
「はい。とはいえ、そのチカラは神そのもの。仮初ではなく本物の神のチカラです。安易に扱えるものではありません。ゆえに疑似化神レリックから……真格へ至るのも容易ではありません。現在、そこに至っているのは8人です」
「意外に多いですね」
あんなのが8人も居るのか。
「把握している範囲です。最近ひとり増えました」
そう言われて思い浮かんだ人物がいる。
「アルヴェルドですか」
「はい。アルヴェルド・フォン・ルートベルトは至りました」
「……さすが」
「良いヒントがありましたからね」
「あはは……」
まぁあれだけあれば彼ならば至るか。
「ですがまだ使いこなしてはいません。限界2分です」
僕より1分多い。
「真格は5分でクールタイム7日なんですか」
「6分で7日です」
ラァダでも完璧じゃないのか。
「もっとも6分はひとりしかいません。その次がラァダでした」
「ひょっとして全員が5分じゃないんですか」
「違います。大体が3分ですね。4分がふたりです。ああ、ラァダが死んだので7人でした」
「僕は入ってないんですね」
まあ疑似からのフォームだから真格とは違うのは分かる。
「ええ、片鱗だけです。ただ貴方は片鱗でも規格外なので同等とみなしてもおかしくないでしょう」
「はははっ……」
規格外か。うん。まぁ自覚はある。認めたくないけど。
「これから先で道が交わるかそれとも敵対するかどうかは分かりませんが、真格所持者が一番多いのはセイホウです。4人居ます」
「そんなに」
実際の神様を4人も有している宗教か。
そういえば前に魔女が疑似化神レリックの所持者が居るとか言っていたな。
もしかして真格なのか。それとも別で疑似化神がいるのかな。
「セイホウが世界最大の宗教なのは武力でも世界有数の側面もあります。敵対しない様に気を付けてください」
フラグみたいに言わないで欲しい。
「それと今は滅びた国ですが、その国にかつて仕えていた元騎士団長が6分の真格所持者です。ラァダより強いので気を付けてください」
だからフラグみたいに言わないで欲しい。
誰がそんなのと戦うか。というか戦う理由も縁もゆかりもない。
「あっ、そのひとつ個人的な疑問なんですが、ギィーザさんも真格所持者ですか」
「いいえ。疑似化神です。まだ至っておりません」
「神の欠片でも疑似なのですか」
「ええ、欠片だからこそですね」
欠片だからか。もうちょっと聞いてみるか。
「娘たちって皆が疑似化神のレリックを所持しているんですか」
「人化できる娘たちのみです。器や所持では取得できません」
「なるほど……わかりました」
「それとあなたが手に入れたスピアーのようなモノですが」
「はい。あれですね」
「ミネハ同伴で魔女に見せると良いでしょう」
そのつもりだったけど女神様にも言われたら見せるしかない。
しかしミネハさん同伴? 彼女が落ち込んでいたからか?
ナイフの女神様の助言にしては珍しい。
「は、はい。わかりました。あっ、あと、異なる海のナイフのことなんですけど、その触手が1本増えてまして」
「水珠を食べたからです。覚えがありませんか。丸い珠です」
「…………あっ、河賊の戦利品にあった」
そういえばあったな。勝手に動いて食べた食べた。
「あれは世界中に散らばっています。見つけたら食べさせると良いでしょう。異なる海のナイフはこれからも貴方の役に立ちます」
「わかりました」
そろそろ時間かな。
「ウォフ。これからも貴方には様々な困難や苦難が待ち構えているでしょう」
「待ち構えなくてもいいんですが」
むしろスルーしていただいてもよろしいのですよ?
「ウォフ。独りでなんでも解決しようとするのは貴方の悪い癖です。貴方は独りではありません。頼れる者たちが大勢います。あなたは子供なのです。それを忘れてはいけません。もちろん。このナイフの女神も居ます」
「ありがとうございます。いつも助かっています」
「ええ、それとナイフが50本折れたら貴方に差し上げるモノがあります」
「いいえ。そこまで折ることはないです」
さすがに50本は無い。
絶対に無い。
無いったら無い。
「ウォフ。諦めることも大切です」
「諦めたらそこで終わりです!」
思わず吠えるとナイフの女神様はニコッと笑った。
えっ、なにそのアルカイックスマイル。
ちょっと待って、その笑顔に言いたいことがあるんだけど、ちょっと、ちょっと。
「大体ナイフの女神なのに折れる期待するのおかしいだろっ!?」
「きゃあぁっ!?」
「うわぁっ! えっ、な、なにっ?」
急に間近で悲鳴があってビックリする。
なんか頭の後ろがやけに生暖かいような……そもそも僕はいつの間に……寝て。
「え? え?」
目の前に大きく丸い陰があって、その隙間から人の顔が見える。
この丸みを帯びた陰……さっきの悲鳴……ひょっとして僕が頭を乗せているのは。
「なんなの。寝言?」
「み、ミネハさん……?」
「あっ起きた。あんたね。急に寝落ちるからビックリしたわよもう」
「す、すみません」
「かなり疲れていたみたいね。まっ無理もないけど」
どうやら寝てしまったらしい。
ここは魔女の店か。椅子をいくつか並べてそこに僕は横になっていた。
そしてミネハさんに膝枕してもらっている。
椅子を並べてもらって寝かせて、しかも膝枕……恥ずかしくなってきた。
「すみません……」
「あんたさ。働きすぎじゃない?」
「え、そうですか」
「別に、あんたがそれでいいならそれでいいのよ。でも前々から思っていたけど、あんた。お人良し過ぎ。もっと自分のこと考えなさい」
「……す、すみません……」
「謝る必要ないわ」
溜息される。
お人良し過ぎるか。言われてもよく分からない。
うーん。そんなつもりはないんだけどなぁ。
僕は自分がしたいことをただしているだけだ。
ある意味でワガママだと思う。
「ミネハさん。ありがとうございます」
「なに急に」
「僕のこと心配してくれて」
「だから、別に心配なんてしてないわよ。いいや。心配した。したわ。ラァダが転移するときひとりで突っ走ったときは心配した」
ミネハさんは僕の額に手をあてて、ペシッと叩いた。
「いて、ごめんなさい」
「それからは心配してないわ。戻ってくるって信じていたから」
くすっと笑って僕の額を優しく撫でる。
なんだろう。そういうところ、10歳なのに年上のお姉さんに見える。
本人には絶対に言えない。
「そういえば店は……お客さん。ちゃんと来たんですか」
「それね。今はある理由で開店休業中よ」
「ある理由……?」
「魔女が盛大にやらかした」
「……なるほど……」
やらかしましたか。なるほど。
「それとダガアたち来たわよ」
「え? VIPエリアに?」
どうやって?
「なんか派手になっていたわ。ダガア」
「なんで?」
「魚と蟹とビッドをお供にしていたわ」
「なんで!」
「なんか盛り上がったらしいわ。よく知らないけど」
「なにが?」
「それで祝勝パーティーとか行ってしまったわ」
「なんの!?」
「さあ?」
ま、まあ、なんだか全く分からないけど無事ならいいか。
「そういえばシャルディナとアンナクロイツェンさん。それにホッスさんは?」
気付いた。僕とミネハさんしかいない。
あとハイヤーンボディ。
「魔女のやらかしで呼びに来たギィーザと一緒に行ってしまったわ。アタシはお留守番。ほら店とあんた見てないとね」
「……魔女、なにやらかしたんです?」
「さあ? ちなみに店の前に衛兵がふたり立っているわ」
「なにやらかしたんだあの魔女っ!」
僕は飛び起きる。
まだまだフルムーンバザーは終わらない。




