フルムーンバザー⓪
貿易都市ハイゼンの唯一の陸地。
ハイゼン大森林との間にあるハイゼン平原に大量のテントが並ぶ。
その全てがフルムーンバザーの露店だ。総数は登録上では3000近く。
無登録を合わせたら8000を超える。
テントの形は様々で掘っ建て小屋みたいなのもあった。
巨馬車を店舗に改造したのもあり、絨毯だけというのもある。
フルムーンバザーまで1日。
つまり今日は前日。
朝、魔女の爆弾発言で特に用がなく暇な僕とミネハさんはここに来た。
ビッドさんはダガアとギムネマさんと一緒に今日も出掛けて行った。
なにかあったのか分からないけど、ビッドさんは楽しそうだった。
シャルディナとアンナクロイツェンはメイドの仕事。
フルムーンバザーの当日は参加するとか言っていた。
「もう売っているところもあるのね」
「みたいですね」
売買しているのを見掛けた。
フルムーンバザーは開催式とかそういうのは特にない。
前日から売ってはダメという決まりもないらしい。
ただ本番は明日。満月の夜だ。
僕達は外縁部を歩く。
下層より更に下。それが外縁部だ。
ここには未登録の露店しかない。違法ではないけどグレーなところだ。
昼間なのにテントが密集している所為か妙に暗く、擦れ違う人々も怪しくガラ悪い。
ミネハさんみたいにフードを被って顔を隠している人も珍しくない。
アングラ空気が充満している。
ここからでも噂の移動宮殿が見えた。
フルムーンバザーのVIPエリア。僕たちの目的地だ。
「それにしてもまさか魔女が出店するなんてね」
「4日前から用意していたのはさすがにビックリしましたよ」
「それもあのVIPエリアだなんて」
今朝。ゴミ場でレリック【フォーチューンの円環】の訓練をしていたときだった。
青い光と黄色いの光を放つモノをいくつか魔女は売りたいと急に言った。
なんでもゼンゼラ家からVIPエリアに出店許可を得て、準備を進めていたという。
そこの目玉商品にしたいらしい。まあ僕としては断る理由は無いから了承する。
言わなかったのはサプライズで驚かせたかったからだとか。
いやまあ今も充分に驚いたよ。
売り上げの何割かを渡すと言われたけど、それは借金に全て回してもらった。
借金?みたいな反応を魔女にされたときは苦笑するしかなかったけど。
「……あれが移動宮殿……」
平原の大量のテントの先に君臨する巨大な建造物。
幾つもの尖塔が建った白亜の宮殿。
移動宮殿……その名の通り移動する。
普段はハイゼン郊外にあり、2週間近くかけて土台があるこの場所に移動される。
「これが浮いているなんてね」
「信じられないですよね」
移動宮殿———中庭もあるこの六階建ての巨大建造物。なんと浮いていた。
常に浮いた状態で巨馬などで引っ張って、土台に乗せていた。
なんで浮いているのか調べても未だにわかっていない。
なんとも薄暗く闇市的な外縁部から下層に入る。
がらりとテントも雰囲気も変わる。窮屈さから解放された気分だ。
「なんで未登録も放置しているのかしら」
「うーん。たぶんですけど、ガス抜きじゃないですかね」
「どういうこと? ガス?」
「フルムーンバザーは登録制です。登録料は確か20万オーロでしたか」
「高いわね」
「それも最低限の下層の登録料です。中層は60万ぐらいするそうです」
これもピンキリで中層の上位だと登録だけで100万オーロを超える。
「上層は?」
「あー……上層は登録ではなく招待制度なのでタダだとか」
「なによそれ」
飽きれるような声を漏らすミネハさん。
「正直、登録料。まともに払える金額じゃないです」
「そうね」
「かといって登録できなければ絶対にダメと取り締まったらどうなります」
「反発とか強そうね」
「それもありますがバザー自体が廃れます。未登録が登録の倍ですよ」
「なるほど……放置するしかないってことね」
「そういうことだと思います」
「ふーん。なんとなく分かったわ。ガス抜きね」
でも登録自体にそれほど意味は無いのかも知れない。
この街の支配階級にとって移動宮殿・VIPエリアが重要でそれ以外は興味無い。
魔女とコランさんの口ぶりからそんな感想をもった。
そんな感じで中層。テントや人の質などもがらりと変わる。
中層は裕福なので高級感が漂っていた。見知った大商会の店舗もあるという。
「ええっと」
中層の大通りで見回す。看板があれば分かるんだが。
ミネハさんも探す。ため息をついた。
「……にしても、ひどい店の名前ね。『ポンポコ亭』だなんて」
「あははっ……」
狸かな?
「しかもそれがあのゼンゼラ家の直営店とか、なに考えているのよ」
「確か案内人が待っているって言ってましたね。あっ、あのテントかな」
コテージのような立派なテント。堂々と看板に『ポンポコ亭』とある。
「うわぁっ……」
「準備中ってありますね。あっ」
「こんにちは」
ミネハさんは堂々と入り、僕は遠慮がちに続く。
テーブルが置いてある。
亭というから料理屋なのか。
「む? 表に出しているが、まだ準備中だ」
執事姿の女性が出てきた。
何故かメイドではなくバトラーだ。
艶やかな白銀の髪に白銀の細い瞳をしていた。
整えられた小柄な顔立ちにスレンダーな身体だ。
んん? 凄く信じられないくらい綺麗だけど、このひと。
「アタシたち。魔女の連れなんだけど」
「ああ、君たちか。話は聞いている」
「……あの、すみません」
間違いない。カタガタっとナイフから音がした。
僕はカタカタいう異なる海のナイフの柄に手を当てた。
「なにかね」
「ひょっとして剣の女神の娘さんですか」
「えっ……」
ミネハさんは即座に警戒する。
だが目の前の執事服の女性は平然としていた。
「そうだ。剣の女神の娘。【忠誠】のギィーザという」
「…………」
「ハッキリ言おう。私は敵ではない。君たちの敵は人化が出来ない他の娘どもだ」
「所有者や器じゃないんですか」
「違う。人化だ」
キッパリ否定される。
確かに彼女からはナイフの女神様に似た雰囲気を感じる。
あのヴィザみたいな不快感はない。
「敵じゃないって……信用できないんだけど」
ミネハさんは睨みつける。散々な思いをしたので態度は辛辣だ。
ギィーザは淡々と言う。
「別に信用してもらう必要はない。だが警告しよう。ここで私と交戦し、あるいは破壊すると君達はゼンゼラ家を敵に回すことになる。私はゼンゼラ家の当主セィランお嬢様に誓える筆頭執事にして愛用の主力武器だ。ゼンゼラ家は面子も何もかも費やしてでも君たちと全力で戦うだろう。特にセィランお嬢様はあの魔女と渡り合う猛者だ。君たちがなにを費やして謝罪しても決して許さないだろう。それだけの人望が私にあると自負している。それに付け加えると、魔女の連れである君たちは魔女に多大な迷惑をかけることになる。何故なら魔女はゼンゼラ家と浅からぬ関係だ。この意味が分からないほど、君たちは愚かではないはずだ」
つまり彼女と戦うことはゼンゼラ家と戦うということ。
僕は別に三大家と戦いたいわけじゃない。
それに魔女と浅からぬ関係は知っている。
僕は魔女の弟子だ。この時点で僕の敵対心は消えた。
だが彼女は剣の女神の娘だ。
しかしナイフの女神様の話だと3本は人化できていないはず。
そして彼女が所有者でも器でもないのは分かる。
雰囲気がナイフの女神様と同じだからだ。たぶんそれが人化だろう。
なので彼女は3本に含まれていない。ただ。
「…………魔女には何も聞いていない。案内人が居るとしか」
「判断を任せたか。食えない女だ」
「納得できないわ。ウォフが破壊したのはあんたの姉妹よ」
ミネハさんがギィーザを睨む。
ギィーザは表情を一切変えず口にする。
「人化も出来ずハイゼンに、ゼンゼラ家に害しか与えないモノを私は姉妹とは決して認めない。ゼンゼラの敵は私の敵だ」
忌々しいと吐き捨てる。
その感情が込められた言葉。彼女がゼンゼラ家を好きだということが分かる。
それにしても当主のセィランお嬢様か。
叔父さんのいうセィラン嬢ちゃんだよなあ。
「…………」
「それと魔女に聞いていないのか。ゼンゼラ家当主は他の3本。いや今は2本か。剣の女神の娘を始末するよう依頼した」
「聞いていないです……」
「まったくだけど」
「そうか」
「ん? 2本?」
「つい最近、1本の反応が消えた。魔女がやったのだろう」
「……魔女が」
まったく何も聞いていない。どうなっているんだ魔女。
ああ、でも特に理由無く言い忘れたと言われそうだ。
僕の借金も完全に忘れていたからなぁ。地味にショックだったよ。
「まぁいい。後は魔女に聞くんだな。案内する。ついてこい」
クルリと踵を返し、ギィーザは奥へと行く。
僕とミネハさんは顔を見合わせ、とりあえず敵ではないと判断する。
ミネハさんは納得いってない感じだった。
だからといって八つ当たりしても意味はない。
通されたのは小さな部屋。足元には薄い白く緑色に光る転移陣。
もうお馴染みの転移陣だ。
「なにこれ?」
「移動宮殿には入り口がない。四方を壁で囲まれている」
「ふーん。転移しないと入れないってことね」
「そういうことだ」
僕達は転移陣に入った。




