黒吞みのメガディア①
シードル亭は相変わらず賑やかだ。
沢山の探索者が酒を酌み交わし飲んでいる。
「騒がしいのう」
「ここはいつもそうですよ」
そう言いつつも、確かに今日はいつもより騒がしい気がする。
なにかあるのかな。
「そうじゃが今日は何か、ウォフ。あそこが空いておる」
ちょうどふたり分のテーブル席が空いていた。
僕達は座る。
店員が来て注文する。
もちろん。僕はバターライスだ。
パキラさんはソーセージを頼んだ。
それも珍しい血のソーセージだ。
「好きなんですか」
「ん?」
パキラさんはきょとんと首を傾げる。
「血のソーセージですよ」
「ああ、そうじゃな。あれは、特にこの店のはわらわの口に合う」
「…………」
血のソーセージはクセがある。
好きなひとはとことん好きだが、ダメなひとにはダメな食べ物だ。
血のソーセージにも特色があって色々な種類や味がある。
シードル亭の血のソーセージは特に濃い。
それもそのはず材料は豚の血と豚の脂とほんの少しの挽き肉と塩コショウだ。
殆どが血液と脂肪。それを腸に詰めて茹でる。
その味は、好きなひとにはとことん好きだ。
「うおおおぉぉぉっっっ!!」
「すげええぇっっ!」
「驚異の58杯目ええぇぇっっ!?」
「いやまだいく気かっ!?」
「いったあああぁぁっっっ!!!」
なんだ? 反対側で異様な盛り上がりの歓声が聞こえる。
「なんじゃいったい」
「なんでしょう」
「まったく昼間っからなにを騒いでおるんじゃ」
パキラさんは不機嫌そうに文句を言う。
「なんなんでしょうね」
「ふんっ、どうせバカ騒ぎじゃろう」
それはそうだ。
そうして待つと料理が運ばれてきた。
バターライスと血のソーセージ5種。それと飲み物だ。
僕はレモンライム。パキラさんはオレンジジュース。
僕は食べる前に手を合わせた。
「いただきます」
「なんじゃそれは」
「えと、故郷の挨拶です」
「ほう」
ついやってしまう。前世の癖だ。
さっそくスプーンでバターライスを口に運ぶ。
「うん。おいしい」
もうすっかり僕はバターライスの虜だ。
でも最近……だからこそひとつだけ足りないと感じる。
それが日に日に強くなっている。
そして僕には何が足りないのか分かっている。
醤油。
バターライスに醤油は究極だと思う。
魚醤じゃないんだよな。
試したけど違った。
どこかに無いのかなぁ醤油。
「よいのう。この味」
血のソーセージを美味しそうに食べているパキラさん。
「魚が好きだと思っていました」
「猫じゃからか?」
「はい」
「猫とて肉は喰う。魚も肉じゃしのう」
「言われるとそうですね」
「わらわは猫ではないがのう。猫系ではある。もちろん。魚も好きじゃぞ」
「僕も魚は好きですよ」
「じゃがここで喰えるのは川魚ばかりじゃろう」
「海鮮は難しいですよね」
「うむ。距離があるから保存がのう」
ハイドランジアのある辺境地方は北西の端にある。
だがハイドランジアは内陸で海からは遠い。
入ってくる海産物はその殆どが保存に適した加工物ばかりだ。
保存技術も確立されておらず輸送手段も限られている。
樽や瓶詰はあってもまだ缶詰は無い。
ただ帝都や王都や都市群。
それらはレリックやレガシーを使った冷凍技術が普及しているとか。
辺境で新鮮な海の魚の刺身が食べられるのはいつの日になるか。
それとも海辺の町に行ってみるか。
でも遠いんだよなあ。最短でも2か月近くはかかる。
ん? なんだろう。騒がしさも気になるがパキラさん。
なんかソワソワしてないか?
「どうかしたんですか」
「いや、その……わらわは……異性とふたりだけで食事をしたことがないのじゃ」
「えっ、いや僕は未成年ですよ」
「それでも異性じゃ」
「それはそうですけど……」
戸惑う。僕みたいな子供相手に急に緊張してどうするんだ。
パキラさんは俯く。
「……ふがいない。わらわから提案したのにのう」
「異性が苦手なら仕方無いですよ」
「……なんじゃか達観しておるのう。おぬし」
「そ、そうですか」
そうかな。そうかも。
「うおおおぉぉぉっっっ!!」
「おおおおおおおおっっっっっっ!!!」
「すげええええぇっっ!」
「超絶の62杯目ええええぇぇっっ!?」
「やりやがった!」
「マジか!」
「おいおい。こいつが第Ⅱ級探索者ってヤツなのか……」
なんなんだ。いったい。
「いくらなんでも騒がしすぎるわい」
「す、すみません」
通り掛かった女性店員が謝る。
ちょうどいい。僕は尋ねた。
「あそこでなにをしているんですか?」
「飲み比べです」
「アガロさんと?」
「は、はい」
「相手は誰じゃ?」
「えと、黒吞み……と呼ばれていました」
「黒吞みのメガディアじゃと!? 第Ⅱ級探索者ではないか」
「アガロさんと同じ第Ⅱ級の探索者……」
ということは待ち人きたる。




