貿易都市ハイゼン⑨・剣の女神の娘たち。
執事の格好をした艶やかな白銀の髪の女性。
剣の女神の娘を名乗るギィーザは白銀の細い瞳で魔女を見る。
それは刃物の眼だ。
魔女は執事服の彼女に覚えは無かった。
「失礼。魔女に尋ねたいことがある。よいか」
「おやおや、なんだねえ」
「剣の女神の娘・『防壁』のヴィヌを倒したのはあなたかな」
「いやいや、倒したのはコンの弟子だねえ」
「ウォフが!?」
「どうやって倒したのか伺ってもよろしいか」
「それはそれは構わないけど、ウォフ少年が持っている異なる海のナイフを使ったとは聞いているねえ」
「なにそのナイフ」
セィランは首を傾げるがギィーザは納得したようだ。
「剣の女神の娘を倒す方法は三つある。ひとつは権能レリック。これは疑似化神レリックの使い手が所持している。ふたつめは剣の女神の娘そのもの。三つめはこの世界とは異なるチカラだ」
「ふむふむ。異なる海のナイフはその三つめに該当するということだねえ」
「その通りだ。そうなる」
「なるほどなるほどねえ」
ちなみにウォフは疑似化神レリックも所持しているが、それは黙っていた。
「とんでもないモノを持っているの。あんたの弟子」
「うんうん。コンの自慢の弟子だねえ。ところで剣の女神の娘が姉妹を倒して欲しいってそれはまた随分と物騒だねえ」
「確かに彼女たちは姉妹といえる。だが敵ならば排除するのみ」
ギィーザは冷徹に述べる。
「正直、邪魔なのよね。ハイゼンは彼女たちの遊び場じゃないの」
「人になれない未熟さも見苦しい」
「んーんー、それはつまりギィーザは人になっているのかねえ」
「そうだ。所有でも器でもない。人化している。所有や器は未熟の証だ。剣の女神の娘と名乗るのすら烏滸がましい」
忌々しいとギィーザは苛立った態度をとる。
「でもそれでも神の欠片だから厄介な権能レリック持ちなの」
「だが一番困ったヴィヌは消えた」
「それはまさに朗報だったわね」
「ほうほう。ウォフ少年が倒したのはそれだけ厄介だったのかねえ」
はてと思う。
ウォフの雰囲気から、そういう苦戦したと感じでは無かったと魔女は記憶している。
「権能レリック【防壁】の所持者だ」
「なるほどなるほどねえ。それは確かに厄介だねえ」
その言葉で魔女はレリックの効果を特定する。
似たようなレリックは多い。一般的には【シールド】だろう。
身体全体を見えない障壁で覆う。防御力は鉄の盾程度だがそれでも重宝される。
その権能レリック【防壁】をウォフはキレていたとはいえ圧勝した。
当の本人はこれがどれだけ凄いか全くわかっていない。
「実際、これで他の3体に逃げられたの」
「我が刃を不届きにも弾いた。そのチカラだけは本物だ」
「ふむふむ。事情は分かったねえ。ところでこれは依頼だよねえ」
魔女の瞳が妖しく光る。
セィランは空になったコップをギィーザに無言で渡した。
ギィーザは華麗にカップに注いでセィランの前に置く。
セィランはひとくち飲んで、口を滑らかに動かす。
「1体倒すことに1000万オーロ出すの」
「ふむふむ。まぁ妥当だねえ」
可もなく不可もない。魔女は特に何も思わない。
セィランもそれは分かっていた。だからカードを切る。
「3体倒したらボーナスも付けるわ」
「はてはて。どんなボーナスかねえ」
「そうね。フルムーンバザーのVIPエリアの立ち入りはどう?」
「ほおほお。それはいいね。それなら引き受けるねえ」
「依頼成立ね」
「礼を言う」
ギィーザは頭を下げた。
「おやおや、気が早い。まだまだ終わっていないねえ」
始まってもいない。セィランはギィーザに目配せした。
ギィーザは巻物を渡す。
「3体の剣の女神の娘たちの分かる限りの情報よ」
魔女はその場で巻物を紐解いて読み始める。
「ふむふむ。ふむふむ。3か月前に6体の剣の女神の娘が街に出現。ギィーザは違うのかねえ」
「彼女は元々ポンに仕えていたの。もう6年になるわ」
「ほうほうそれはそれは……6体は赤い仮面の男が持って来たとあるねえ。これはこれは、何者かねえ」
「目撃例はいくつかあるが不明だ」
「赤い仮面の男に関しては残念だけど、もうハイゼンに居ないのは分かっているわ」
「ふむふむ。それはそれは仕方がないねえ。そこから何回か交戦している。まず1体目をギィーザが始末。2体目を……謎の鏡の顔をした男が始末……これはこれは、何者かねえ」
「分からないの」
「ゴウロ家の討伐者だというのは分かった。それ以外は不明だ」
「へえへえ。それは間者からの報告でもかねえ」
魔女はついページをめくる感覚で指を巻物の上で動かし、苦笑する。
「ええ、何も無い。あまり深く探れないのもある。たぶんだけど切り札的な存在かも知れないの」
「ふむふむ。ふむ。それでウォフ少年が3体目を倒したから、残り3体なんだねえ。その3体の情報は……おやおや、おや、この巻物では何も無しとはねえ」
「地下に潜ったの。ハイゼンの闇は深い」
最も深い闇の三大家のひとつ。
ゼンゼラ家当主が言うと妙な説得力があった。
「それならそれなら、もうハイゼンから居なくなった可能性は考慮したのかねえ」
「それも考えた。だが3体の反応があった。ハイゼンに居る。向かったがもう逃げられていた。慌てて逃げた跡があった。おそらく向こうも予想外だったんだろう」
「まだまだ居たんだねえ」
魔女は言って巻物を巻いていく。
セィランはその様子を眺めてカップを持つ。
「何か目的があると言いたいの?」
「さあてさあて、それをふたりは知っているんじゃないのかねえ」
「知らん」
「分からないわね」
即答される。
魔女は巻物をテーブルの上に転がすように置いた。
何かを隠しているのはバレバレだ。
しかし魔女も隠し事をしている。そしてそれを明かすつもりは無い。
狐と狸の化かし合いは終わらないのだ。
取引と依頼交渉は終わり。
雑談をしながらお茶を飲み干し、魔女はゼンゼラ家本邸を後にした。
貿易都市ハイゼン。最南地区。廃墟教会。
誰も近付かない礼拝堂。
その割れたステンドグラスから赤い祭壇に一筋の光が差し込む。
3人の人影が一瞬だけ照らされた。
「やはりもうこんな街から出たほうがいいんじゃないか」
壊れた長椅子に座り、ため息交じりにひとりが言う。
「ダメだ。ここで逃げたらもうずっと逃げるしかなくなる!」
祭壇の前に立つふたりめが激昂する。
「今までずっとそうだった……」
壊れたパイプオルガンの背凭れ椅子に座るさんにんめが呟く。
「だからこそだ! だからこそ、ここで探して手に入れる」
「本当にあるのか」
「ある。あの赤い仮面の男はそう言った」
「ああ、あいつか」
「待て。あんなのを信じるのか」
「信じるしかない!」
溜息がする。
「問題はどこにあるかだ」
「三大家のどれかが有力か」
「あるいは大森林」
「フルムーンバザーか」
「三大家は……敵対している。特にゼンゼラ家とゴウロ家は完全に敵だ」
「ギィーザと鏡の顔の男……」
「裏切者とアンノウン。ああ、もうひとつアンノウンがあった。ヴィヌを殺したアンノウンだ」
「…………」
「———ならばジンリュウ家はどうだ。次期頭首はバァロウという」
「そいつは軽く調べたけど真っ黒。おぞましいウジ虫だったけど」
「構わん。むしろそれだけ醜悪なら利用できる」
「グェネ……本気か?」
「本気もなにもやるしかない。ルゥベ」
「…………ジュミは?」
「私はどうでもいい。決めたらそれに従う」
「ならば決まりだ」
「……やむを得ないか……」
「私はグェネに全部任せるよ」
「ああ、任せろ。必ず『タリスマンの永世卵』を見つけて手に入れる!」
グェネは力強く宣言した。
貿易都市ハイゼン。
東の港。船着き場。
「ふぅーあぁー、やっと着いたぜ」
「長かった。船旅」
「なんか疲れたわね」
船から降りた3人は口々にぼやく。
「ナベル。腹減らねえか」
背が高く槍を持った緑髪の青年が狼耳と尻尾の黒髪少年に尋ねる。
獣人種の狼人種だ。丸いシールドと剣を背中に背負っている。
「あー、確かにお腹空いたわ……」
金髪のエルフの女性が何故か答えた。
白いローブにトネリコの杖を持っていた。
ふたりの言葉を聞いて、狼人種の少年ナベルは頷いた。
「それじゃあ、先に腹ごしらえしましょう」
「おう」
「ええ」
「んじゃあ、いいところ知ってんだ。そこで食おう。まだあればだけどな」
「そういえば、コランさんはハイゼン出身でしたね」
「まぁ一応な」
「あれれ、キャラバンじゃなかったっけ?」
「ハイゼンで生まれて7歳からキャラバンで育った。元々オヤジはジンリュウの商会のひとつを経営していたが、代替わりで辞めてキャラバンになったんだ」
「そういう経緯だったんですか」
「まぁ詳しい事情は知らんし、ハイゼンもそれっきりだ。探索者になっても帰ってくるつもり無かったが、人生どう転ぶか分かんねえな」
コランは複雑そうに笑う。
プランシーは興味無さそうに聞いた。
「ふぅーん。それでどこ行くの?」
「ここからちょっと歩くが、『ベルク食堂』ってところだ。安くてうまい」
「じゃあ行きましょう」
彼等3人は第Ⅳ級探索者のパーティー。
その名も『ケルベロスターン』という。




