貿易都市ハイゼン⑥・魔女の古い友。
世界で30人しかいない探索者の頂点。
それが第Ⅰ級探索者。その第Ⅰ級に『千面相』と呼ばれる探索者がいる。
性別不明。年齢不明。語尾はゲス。
老若男女に変身できる。なので依頼もそういうのが友好的に使えるのが多い。
レリックは【変装】か。あるいは【変身】だろう。
その『千面相』がエルフの女性になってカウンターで酒を飲んでいる。
さすがに基本スタイルのペストマスクは怪しすぎるけど。
でもまあ怪しすぎる恰好ほど探索者といえなくもない。
それでも姿を変えているということは、何かあるということだ。
依頼の遂行中かも知れない。
そして困ったことに向こうも僕が気付いたのを分かったみたいだ。
お酒の入ったグラスを握ったまま動かなくなった。すみません。
「どうしたの」
「あっいや」
僕の様子をミネハさんが不思議そうにする。
「ウォフくん。どこ見ているっスか」
「それは―――」
ビッドさんが僕の目線を追う。まずい。
わけではないけどエルフの女性を見ていたのは、なんとなく気まずくなる。
案の定、ビッドさんは『千面相』を見つけた。
何を思ったのか僕を見る目線がやや冷えて剣呑になる。
ぽつり呟いた。
「はぁ、夜王……っスか」
「ちょっと!?」
聞き捨てならないぞそれ!
ケタケタっと意地悪く笑うビッドさん。
「なになに? ウォフ少年。いったいどうしたんだねえ?」
何故か魔女の真似でミネハさんが尋ねる。
フードを目深に被っている姿は魔女みたいだった。
「ミネハ。聞いてくださいっスよ。夜王が」
「だからそれは違うって」
「夜王?」
「違うっ!」
「おおっ、ウォフ殿!」
なんか聞き覚えがある声がした。
見ると魚頭の……ギムネマ=シルベスター……なんでここにいるんだ。
「違っくはないって、ギムネマさん?」
「火急ゆえ。もうしわけない。ダガア嬢はおられるか?」
「ダガア?」
「ナ?」
ひょっこりと僕の肩から顔を出すダガア。眠そうに顔をかく。
「おおおっ、おおおっ、クイーン!」
「ナ!」
「クイーン?」
「なんなの」
「なんっスか」
小首を傾げる僕たち。てかクイーンって。
ギムネマさんは僕ではなくダガアに頭を下げる。
「申し訳ない。やはり吾輩は無力でした。この下僕に御力をお貸しくださいませ」
「あのギムネマさんいったい何の話を」
「ナ!」
ダガアはギムネマさんの肩に乗った。
「あっダガア」
「ウォフ殿。クイーンもといダガア嬢はお借り致します」
「えっ、あのクイーンって」
「では急ぎますので、この場は失礼します」
「ナ!」
「ちょっと!」
ギムネマさんはダガアを肩に乗せたままあっという間に走り去った。
全く人の話きかないなぁ。
「ねえ。クイーンってなに?」
「というか、ギムネマ。下僕とか言ってたっスよ」
そういえばリーズでは、ギムネマさんとダガア。よく一緒に行動していたな。
仲良くなるのは良いことだけど、なんかそういうのとは違う感じがする。
ろくでもない気配がなんとなく漂っている気がする。
「ま、まあ、あれでも第Ⅰ級だから大丈夫ですよ」
たぶん。きっと。
「あれでもそうなのよね」
「あれでもっスからね」
異口同音に呟く。
色々と気になることはあるが、もう用が無いのでギルドを後にした。
ゼンゼラ家本邸。4階。当主執務室。
魔女が入ってくると格式高い執務机から立ち上がって出迎える。
「久しぶりね。ラァラリリィ」
当主のセィラン=ゼンゼラはにこやかに挨拶を述べた。
「やあやあ、そうだねえ。久しぶりだねえ。セィラン嬢ちゃん」
魔女もにこやかに挨拶を返す。
「…………」
「…………」
ふたりは無言のまま笑顔で睨み合う。
セィラン=ゼンゼラ。長い金髪を緩やかに巻いて流し、丸い獣耳が出ていた。
鋭く切れそうな凍れる青い瞳。
かなり整った眉目怜悧な顔立ち。
白いケープにヒラヒラしたドレスを身に纏う。
一見すると簡素だが、最高級の生地を惜しげもなく贅沢に使用していた。
二つの狸の尻尾を生やす。狸人種だ。
ふくよかで柔和なイメージがある狸人種と正反対の容姿だ。
そして彼女がゼンゼラ家の現当主である。
「あのね。こっちは忙しいの。フルムーンバザーにフォレストウェーブ……畳み掛けるように行事が一杯なの」
「それはそれは、毎年ご苦労様だねえ」
魔女は執務室にあるソファに座った。
ゆったりと腰を深くして尻尾をクッション代わりにする。
対面にセィランも同じように座る。
「アポなしはともかく何しに来たの?」
「おやおや、遠方から来る友に対して連れないねえ」
「友って、いつからそんな笑えない冗談が言えるようになったの?」
魔女はクスっと微笑して、懐からひとつの球を取り出してテーブルに置いた。
セィランの視線が球に移る。
「実は実は、ハイヤーン商会の光球を偶然にも手に入れてねえ」
「……本物なの?」
魔女は光球のスイッチを押す。球は光って浮いた。
セィランの視線が釘付けになる。
「さてさて、これでどうかねえ」
「———いくつあるの?」
「そうだねえ。そうだねえ。10万」
「全部で20億オーロで買うわ。どうなの」
「うーんうーん。それはさすがにねえ。60億かねえ」
魔女は値を吊り上げる。
「それはさすがに高い。40億」
「ううーんううーん。それもちょっとねえ。だったら50億かねえ」
「……45億」
「まあまあ、それで手を打とうかねえ」
「成立ね。後で倉庫に案内する。そのときに即金で渡す。あんたの場合、後回しにすると何されるか分からないの」
「うんうん。これぞ信頼だねえ。良い取引になったねえ」
魔女が満足そうに頷くと、セィランはムッとしつつも呼び鈴を鳴らした。
メイドがノックして入ってきて、一礼するとお茶を持ってくるように命じる。
少しして、魔女とセィランの前に湯気立つティーカップが置かれた。
「それで本題はあんたの弟子のことなの?」
「ほうほう。これが本題だとは思わないのかねえ」
「そんなわけないの。あんたはいつも前座をつくる。こっちにも情報が入っているの。あんたが弟子を取ったというだけ驚きなのにそれが男で、しかも2メートルあって女好きのろくでなしで第1級の『難攻不落』に手を出しているって何がどうなっているの?」
それを聞いて魔女は声に出して笑った。
腹を抱えて笑う笑う。
「いやはや、いやはや、面白いねえ。ウォフ少年の噂がこんなところにねえ」
「少年?」
「まだまだ、成年にもなっていない少年だねえ」
「どういうこと。全部ウソなの?」
「いやいや、2メートルとろくでなし以外は本当だねえ」
「それじゃあ、『難攻不落』に手を出しているの?」
「まあまあ、そう思われてもおかしくないねえ」
「なんなの。あんたの弟子」
「とてもとても、頼りになるねえ」
「……はあ」
息を吐いてティーカップを口につける。
「ところでところで、セィラン。今年のフォレストウェーブはどうかねえ」
「それは例年通りだと思うの。今のところ大森林に異変は無い。今はフルムーンバザーのことで手一杯。そっちも今のところ問題はないけど、何かしら起きるのがフルムーンバザーなの。油断できないわ。ああ、そういえば、ハイドランジアにクーンハントってあるわよね」
「ほうほう。クーンハントがどうかしたのかねえ」
魔女は興味深そうに狐耳を動かす。
「ゴウロ家と接触して、どうやらフォレストウェーブに参加するみたいなの。たぶんゴウロ討伐隊とコラボするみたい」
「ふむふむ。よりにもよってあのゴウロ家とはねえ。武闘派とは聞こえがいいけどやっていることはゴロツキとまるで変わらないからねえ」
「あくまで噂だけど、『キズモノ』を本格的に狙っているみたい」
「ふむふむ。なるほどねえ。ハイゼン大森林の『キズモノ』……あれは『剣の剣』が仕留め損なった唯一の魔物なんだけどねえ」
魔女はティーカップに指を絡める。
軽く目を閉じて口に琥珀色の液体を含んだ。
セィランの表情が一気に曇る。
「それ初耳なんだけど、本当なの」
「もちろんもちろん。紛れもない事実だねえ」
魔女はお茶を置く。
セィランはそれなら早めに言ってくれたらいいのに……っとぼやいた。
それから魔女はセィランを軽くからかうって友情を深める。
「ホント、あんたって昔から意地が悪いわねっ!」
「まあまあ、あっ、そうそう。欲しいものがあるねえ」
「欲しいもの?」
「あればあれば、だけどねえ。レジェンダリーの自動洗濯機だねえ。実は洗濯場をつくることをうっかり忘れていてねえ」
「自動洗濯って、あんた。そういうのは王都に取り寄せるモノよ。まあ、北ハイゼンの別邸に新品のがあるけど」
「ほうほう。じゃあそれ貰っていくねえ」
「使ってないから別にいいけど、後で持ってくるように言っておくわ。今どこに滞在しているの?」
「それはそれは、弟子の叔父の家だねえ。だけどそれは、コンの造船所に持ってきて欲しいねえ」
「いいけど……弟子の叔父の家?」
セィラン嬢ちゃんは小首を傾げた。
魔女は含み笑いを浮かべる。
「なんでもなんでも、昔セィラン嬢ちゃんが勝負して負けて格安で売った土地に建てられた家だというねえ」
「あっ、あの家!? それよりちょっとなんで勝負のこと知っているの!?」
「それはそれは昔々、酒で酔った愚痴であんたが言っていたねえ」
「ぐうっっ、一生の不覚。だけどちょっと待って。あの家になんで?」
「それはそれは、弟子の叔父の隠れ家だからねえ」
「えっ、叔父!? あいつ甥っ子とか居たのぉぉっ!?」
セィランは絶叫した。




