探しモノ③
店を出てパキラさんは言った。
「次で最後じゃな」
「最後ですか」
思ったより少ない。
いや思った以上に少なすぎる。
「じゃが厳密に言うと本を売っているわけではない。個人所有じゃ」
「それはどういう」
「コレクターじゃ。おそらくそこにはあると思う」
ん? こんな街で本のコレクター?
不思議に思うが先に気になることがあった。
「それならどうして最後に?」
「理由はふたつある。ひとつはそやつのおる場所があまり立ち入りたくないのじゃ」
スラムの方に向かっている。なるほど。
「もうひとつは?」
「わらわ、苦手なんじゃよ。そやつ」
「あー……そういう」
魔女が苦手だからその気持ち分かる。
入るのはスラムの小路だ。
狭い通路なのに店舗がずらりと並んでいる。
薄暗く通りにいる男たちは、なんとなく人相が悪い。
そして僕達を見て言った。
「へっへへへっっ」
「おいおい。見ろよ。子猫ちゃんじゃないか」
「迷子の子猫ちゃんか。いいな」
「いや待て。あれは第Ⅲ級の……女だ!」
「見たことあるぞ。トラペなんとかだよなっ!」
「マジかよ」
男たちはそそくさと去って行く。
なんだったんだ。
「さすがですね」
「ふむ。名が売れるというのは虫避けに使えるが、しかし平然としておるのう」
「なにがです?」
「おぬしじゃ」
「ああ、僕スラムの住宅街近くに住んでいるんです」
だからといってこんなところに気楽に立ち入ったりはしない。
用もない。
「ほぅ。む。着いたぞ」
小路の途中。右側。
唐突にぽっかりと地下へ続く階段があった。
「ここですか」
「そうじゃ」
確かに店には見えない。階段を降りていく。
少し曲がって、赤い半円アーチのドアがあった。
コンコン。コンコン。
パキラさんはドアをノックする。
「だれだい?」
「わらわじゃ」
「ああ、君か」
何か納得したような男の声がしてドアが開く。
入ると、眼鏡を掛けた灰色の髪に褐色の優男が本を脇に抱えていた。
白いシャツと黑いズボン。普通だ。
紫の瞳で僕を見る。
「おや彼氏かい?」
「違う」
「違います」
「おや、パキラに春が来たと思ったんだけど」
男は笑う。
「それより欲しい本がある」
「なんだい。ああ。その前に自己紹介がまだだったね」
「?」
男は僕に微笑んだ。
「アンブロシウス=メルヌリスだ」
「ウォフです」
「よろしく。さて立ち話もなんだし、玄関で会話というのも無粋だろう」
「ならとっとと中に入れろ」
「はいはい」
クスっと笑って僕達を入れる。
ムスっとするパキラさん。
なんとなく苦手な理由が分かった気がした。
通された場所はまさに荘厳だった。
まるでコンサートホールみたいな空間。
そこに軽く見ても数十を超える本棚が並んでいた。
もちろん本がキッチリと隙間なく収められている。
本棚だけじゃなく調度品も壮麗。
まるで美術館みたいだ。
魔女の家とは大違いだ。
「すごい本の数ですね」
「そうだろう。そうだろう」
「変人の極みじゃな」
「はは、それで何の本が欲しいんだい?」
パキラさんが視線を僕に向ける。
「薬草図鑑と回復薬の本です」
「おやおや、これはまた珍しいものをご所望なんだね」
「ありますか?」
訪ねるとアンブロシウスさんはクイッと眼鏡を上げた。
「……薬草図鑑はあったような気がするね」
「回復薬の本はどうなんじゃ?」
「おそらくそれは……ぼくのところにはないね」
「ならば薬草図鑑だけよこせ」
「よこせって、ははっさすがにタダってわけには」
困った表情を浮かべるアンブロジウスさん。
そりゃそうだ。
パキラさんはあの武器図鑑を出した。
「これと交換じゃ」
「これは……拝見してもいいかい?」
アンブロジウスさんの眼の色が変わった。
「ほれ」
「ではさっそく、おっこれはいいね。オーパーツも載っている」
アンブロジウスさんは愉快そうに図鑑をめくる。
「パキラさん」
「なんじゃ」
「アンブロジウスさんって何者なんですか? 苗字ありましたよね」
「ほう。ウォフよ。それに気付くか。そうじゃな。大金持ちの変人じゃ」
「ははっ、ひどいな」
「事実じゃろ」
「それはそうだけど一応は貴族だよ。子爵の末端だけどね」
「そうなんですか。でも貴族ってエッダですよね」
「ああ、そうだね。全てのエッダは貴族だ。かくいうボクもエッダだよ」
「混血じゃろ」
「それでもエッダさ」
アンブロジウスさんは笑う。
エッダ。全ての種族の支配種。至高種族と呼ばれる。
エッダは例外なくこの世界の貴族や王族だ。
もちろん他の種族にも貴族や王族はいる。
だがエッダという種族は例外なく貴族と王族だ。
「ふん。それでその図鑑は対価としてはどうなんじゃ」
「いいね。わかった。交換しよう。持ってくる。少し待っていてくれたまえ」
そう僕たちは残された。
さっそく僕はパキラさんに声を掛ける。
「あ、あの」
「なんじゃ」
「その図鑑はパキラさんが買ったものですよね」
「そうじゃ」
「それで交換っていうのは」
「気にするでない。金ならばある」
「で、でも、僕にはそれだけのことをしてもらうほどでは」
「出会いも縁じゃ。……ふうむ。ならばそうじゃのう。シードル亭で飯をおごるのはどうじゃ」
「わかりました」
それくらいなら頷ける。
「お待たせ。さあ、どうぞ」
アンブロジウスさんが渡してくれた書物。
それは紛れもなく薬草図鑑だった。




