貿易都市ハイゼン①・叔父さんの隠れ家。
あれから随分と歩く。でも退屈じゃなかった。
皆でワイワイと雑談しながらだから歩くのも苦じゃない。
今はかなりの急坂の階段をあがっている。
ただひとりミネハさんは僕の肩にのっていた。ずるい。
「そういえば思い出しただ。さっきの食堂の店員。レルの妹だ」
急にホッスさんが言った。
「えっ!?」
「は!?」
「っスか!?」
思わず僕たち3人の足が止まる。
「ドヴァ様とシェシュ様の妹デス!?」
「……!」
「おやおや、そうだったんだねえ。道理で見覚えがあったんだねえ」
そうどこか見覚えがあった。そうか。レルさんの妹か。納得する。
「そうするとジューシイさんのお姉さんですか」
「んだば、オラのこと。名前で分かったって言っただ。レルからの手紙で『雷撃の牙』はよく書かれているから覚えていたんだべ」
「レルの妹ってことはタサンよね。侯爵令嬢が庶民の店で働くって」
「今更っスけど、ホント自由っスね。タサン家」
ビッドさんは苦笑する。本当に今更だ。
「それでそれで、彼女の名前はなんて言うのかねえ」
「聞いてきたのよね?」
「サマーニヤ=タサンだべ」
サマーニヤか。レルさんみたいな眼鏡を掛けていたな。
なんかこうレルさんもそうだけど、あの銀縁眼鏡は頭良さそうに見える。
急坂の階段をなんとか上り終わると唐突に視界が広がった。
波の音が聞こえる。大通りに面してリーヴ湖の沿岸に建物が並んでいた。
その湖側の一番端。
左から青い四角の建物と黒い四角の建物がある。
その真ん中に細長い三階建ての真っ白い建物があった。
窓ガラスが三階分ついている。
あっ、あれだ。間違いない。あの細長い建物。
あれが叔父さんの隠れ家だ。
「あれよね。隠れ家って、あの白い三階建ての」
「ですよね」
ミネハさんも判ったみたいだ。
ホッスさんが地図を見て頷く。
「そうだ。ふたりとも良く分かっただ?」
「どうしてっスか?」
「それは似ていますから」
「ハイドランジアの家と似ているのよ。両隣に建物があって真ん中に入り口。そっくりよ」
そう考えると両隣の建物……怪しい。
「まあまあ、とにかく入ってみるんだねえ。ウォフ少年。鍵は持っているよねえ」
「はい」
隠れ家の入り口前に立つ。三階建ての細長く白い建物のドア。
手紙と共に入っていた鍵を鍵穴に入れる。嵌った。
ゆっくり捻って回すとガチャッと音がした。ドアノブに手を置いて押す。
重い音をたててドアが開いた。
途端に埃臭い空気が流れていく。
「うわっ!」
「長年使って無かっただ」
隠れ家は目の前に階段が見えた。
なんと上へと続く階段は吹き抜けになっていて2階に部屋は無かった。
2階は両端に通路が伸びていて左右にドアがあった。
そこから折り返しに階段があり、天井の先に続いていた。
3階は部屋があるみたいだ。
左右のドアは白い建物の壁際にある。
それは両隣の建物に入れるということで、両隣の建物も隠れ家の一部ということだ。
「やっぱりね」
「この建物だけなら狭くて泊まるのも難しいデスけど、両隣の建物もそうなら、隠れ家で過ごせそうデス。それに掃除し甲斐があるデス」
「………………」
シャルディナもアンナクロイツェンさんもメイドとしてやる気満々だ。
「まずはどうなっているか探索っスよ!」
「そうですね。手分けして見て回って、それからまたここに集合しましょう」
というわけで手分けして隠れ家を探検することになった。
「ふむふむ。こっちの建物は部屋がいくつかあるねえ」
魔女は右側の黒い四角の建物に入っていった。
ホッスさんは階段を上がって三階へ。
ミネハさんとビッドさんは左側の青い四角の建物に入る。
小さいままだと不便ね。っとミネハさんは大きくなった。
僕は、どうしようか。
1階に佇んでいると、ナイフベルトが震える。
「ナ?」
ナイフ形態で寝ていたダガアが起きた。変化して軽く飛んで、眠そうに棚に降りる。
1階は階段の他に白い小物棚があり、白い階段の後ろには木箱があった。
「ナ!」
ダガアが棚の上の手紙に気付く。
僕は手に取って驚く。僕宛てだ。ご丁寧に手紙は封蝋がしてあった。
封を切った。
『ウォフへ。これを読んでいるってことは無事に着いたようだな。この隠れ家は俺が若い頃にゼンゼラのセィラン嬢ちゃんとの勝負に勝って建てさせた物件だ。周辺の土地を含めて俺のもんだから安心していい。さてこの隠れ家には俺ではなく貿易都市ハイゼンにとって途轍もない秘密がある。その秘密を知りたければ地下へ行け。階段の裏の木箱に地下への入り口を隠している。鍵が掛かっているがドアと同じ鍵で開く。その前にハイゼンは探索者ではなく『討伐者』と呼ばれる。その理由はもう知っているか? 知らなければこのまま手紙を読め。ハイゼンには、ハイドランジアや他の都市のように街中や周辺にダンジョンがない。あるのはハイゼンの前に広がる大森林だけだ。ハイゼン大森林はハイゼン平原を挟んだ西側にある魔物の宝庫だ。それもダンジョンの魔物の宝庫だ。あらゆる種類や属性のダンジョンの魔物が大量に潜んでいる。それらを討伐するから、ハイゼンでは探索者を『討伐者』という。ここでお前はそれってハイゼン大森林がダンジョンになっているんじゃないか。例の森みたいにダンジョンが表面化している。そう思うだろう。その通りだ。更に大森林の奥にはダンジョンの入り口がある。ただし奥へ奥へと進むにつれて魔物は強くなっていく。それ以上に霧深くなり遭難してしまう。特に最奥の主が最大の難関で壁となる。挑戦するなら第Ⅰ級ぐらいにはならないと無理だろう。さてそれらを踏まえて地下へ行け。そして秘密を知ったおまえがどうするかは、おまえの自由だ。隠れ家とハイゼンを楽しんでくれると俺は嬉しい。叔父さんより』
「…………ハイゼンの秘密って」
さらっと重大な事を平然と書くのやめて欲しいんだけど。
あれ、手紙は2枚目がある。なになに。
『追伸。その2枚目はゼンゼラのセィラン嬢ちゃんに渡してくれ。読んでもいいが、その責任はしっかり取れよな。叔父さんより』
「………」
ゼンゼラってハイゼン三大家のひとつ。ゼンゼラ家だよな。
セィラン嬢ちゃんって、はぁー厄介事の匂いがする。あと誰が読むもんか。
とりあえず手紙はポーチに入れた。
「ナ!」
ダガアが階段の裏の木箱を叩く。ああ、それだ。
叩くと響く乾いた音から木箱は何も入っていない感じだな。
「皆が戻ってきてから地下へ行ってみようか」
「ナ!」
それから僕とダガアは棚とかを漁る。
特にこれといったモノは無かった。
やがて皆が集まる。
僕は手紙のことを掻い摘んで説明する。
「地下ね」
「ほうほう。ハイゼンの秘密とはこれまた大きく出たねえ」
「ホント何者っスか。叔父さん」
「これがその入り口だ?」
木箱は既に片付けておいた。
床には丸いマンホールみたいな蓋がしており、取っ手の横に鍵穴がある。
僕は鍵を差し込んだ。捻るとガチャッと外れる音がする。取っ手を握って引っ張ると
蓋が上に開いた。取り外し式ではなく太い留め金が付いていた。
まるで潜水艦のドアみたいだ。
備え付けの梯子を下りると、煉瓦造りの部屋になっていた。
特に目立つモノはなく、隅っこの箱に剣とか斧とかが無造作に放り込まれていた。
そして降りる階段があった。螺旋状になっていて下に到着する。
「地下3階ぐらい降りたっスね」
「ここはなんなの」
着いたところは石造りの通路だった。
石の隙間に何か光るモノが埋め込まれていて妙に明るい。
「ふむふむ。古い通路だねえ。しかしこれは……実に面白いねえ」
「なにがデス?」
「間違いねえだ。これはダンジョンの壁だ」
ホッスさんが壁を触って言う。
騒然となった。
「ハイゼンにはダンジョンが無いんですよね」
「無いって聞いたんだけど?」
「でもこれがそうだとすると……とんでもないことになるっスよ!」
「………………」
「まさしくハイゼンの秘密デス!」
「もし、もしそうだとしたら」
「うーん」
僕は唸る。ミネハさんの呟き。もしそうだとしたら。
「まあまあ、結論は後回しにして先に進んでみないかねえ」
「だな。とりあえず進んでみるだ」
妙に冷静な魔女とホッスさんの提案で僕たちは先に進むことにした。
突き当りになり、通路は右へと曲がって続いていた。
「……?」
そこで僕は奇妙な既視感を覚えた。
この右への曲がり角。どこかで―――まさか。僕は気付くと走っていた。
「ウォフ!?」
「ちょっと、どうしたっスか」
「なんだべ?」
「おやおや、ウォフ少年?」
「ウォフ様っ危ないデス!」
また突き当りになり左へ……その先は急にひらけて…………ああ、そういうことか。
「そういうことだったのか」
僕は納得した。
辿り着いた。ここは間違いない。貿易都市ハイゼンの重大な秘密。
「これは確かに誰にも言えないはずだ」
広い空間に高く積まれたいくつものゴミの山。
それらは折れた剣や槍や斧。割れた盾。破壊された鎧などの装備。
指輪やネックレスなども見えて埋まっていた。
これらはハイゼンの討伐者の遺品だろう。
つまりここはハイゼンのゴミ場だ。




