僕らの旅路:旅情編⑪・魔女と籠手。
僕は一礼する。
ナイフの女神様は僕が差し上げたブレスレットを身に着けている。
いつも着けてくれているのかな。だったら嬉しい。
「こんばんは。女神様」
「こんばんは。ウォフ。あなたがここに来た理由は分かりますね」
「剣の女神の娘の件ですか」
「ええ、そうです」
「あの疑問なんですが……いつも僕たちを見ているんですか」
「いつもは見ていません」
いつもは……見ていることは否定しないのか。
「……それであの」
ふと、僕は何を聞けばいいか分からなかった。
剣の女神の娘のこと、何を最初に聞けばいいのか迷う。
ナイフの女神様は言う。
「剣の女神の娘には目的があります」
「目的ですか」
「おそらくですが、あの剣。ヴィヌは人になれなかったのでしょう。だから人の器としてミネハを狙ったと思います」
「器……ですか」
「はい。己の魂を入れてミネハを乗っ取る。そして今後も似たようなことが起きると思います……まずミネハは確実に狙われるでしょう」
「……なんで彼女が狙われるのですか」
「好みです」
「え?」
「女ならば美しくなりたい。あれほどの女性は地上に滅多にいないでしょう。だから器として狙われるのです」
「10歳の女の子ですが」
「え……? そ、そういえばそうでした。10歳? あれが?」
疑問符を何度も浮かべるナイフの女神様。
気持ちは分かる。
「器として狙うのは分かりますが、どうして傷めつけていたんですか」
「わかりません。ですが傷めつけることにより精神を弱らせて乗っ取りやすくする方法かも知れません。多少の痛みや傷は想定内なのでしょう」
なるほど。心を弱らせる。
人の姿を手に入れるなら傷ついても構わない。
「そんなに人の姿が欲しいのですか」
「それは、一概にそうだとは……何か人の身体を手に入れてしたい目的があるのかも知れません」
目的の為の目的か。しかしやることは決まったな。
剣の女神の娘は敵だ。
「狙われるのはミネハさんだけですか?」
「いいえ。好みならば誰でも器になります。それと剣の所有者のことですが、彼は悪党なのは確かです。ですがその魂は剣の女神の娘によって汚染されていました。そのせいで彼の性格があのようなゴミカスになっていたのです」
「あれは剣のせいでしたか……」
操られていたのか。悪いことしたな。
「元々の素養もあります。所有者は悪党だった。汚染が悪化して悪辣となる要素が大きかった。ですから一概に娘が悪いとはなりません」
元々クズだったってホッスさんも言っていたな。
ちょっとだけ罪悪感を持って損した。
「剣を破壊したら彼は死にました。あれはいったい……」
物凄い勢いで骸骨になって霧散した。
死にざまとしては最悪の部類だ。ナイフの女神様も顔を少し顰める。
「契約でしょう。あの男は権能レリックを扱えました。所持できる代償としての契約と考えていいと思います」
「力の代償ですか」
ナイフの女神様は頷く。
「本来レリックとは力の代償として命が必要でした。それを『時間』に置き換えることによって世界のバランスを整えることが出来たのです」
「時間……クールタイム……」
「はい。疑似化神などが命を削らずに使えるのはクールタイムがあるからです」
時間を代償にしたのか。
いや時間という縛りを付けることによってチカラを扱えるようにしたのか。
「元々レリックは命を消耗していたんですか」
「はい。かつては魂のエネルギーを消費していました」
「それは魂の器の中身ですか」
「ええ、そうです」
いわゆるМP的なあれか。ゼロになったら死ぬヤツだ。
「でも一部のレリックはクールタイムが無いですよね」
僕でいうと【危機判別】と【フォーチューンの輪】
それと【ビブラシオン】や【バニッシュ】がそうだ。多いな。
ナイフの女神様は言う。
「時間の制限が必要あるモノと必要いらないレリックがある。それだけです」
「なるほど」
簡単で効果が低い……というよりも威力が高いなどが制限付いている感じがする。
ただ【バニッシュ】に無いのも変な感じだ。あれは強力だ。
「しかし何故に今頃、彼女たちは活動を始めたのでしょうか。今まで長い間、音沙汰無しでした」
「そんなことを前に言ってましたね」
「急に反応が出たので驚いています」
「…………」
何かあるとしたら、あの廃墟都市と遺跡だろう。
十中八九そうな気がする。あそこは、ろくでもないことばかりだ。
いや、ひとつだけいいことはあった。ポーチの中の懐中時計を想う。
たったひとつだけ。
「まあ、いいでしょう。起きたことは仕方がありません。ウォフ。いざとなれば私のあげたナイフを使いなさい」
「それはもう躊躇わず使いますよ」
とは言ったけど、あのナイフか。
あれもまた異なる海のナイフとは別ベクトルで使いづらい。
そもそもあれはナイフなのか?
「ええ、それで良いのです。今回はこれで以上です。あなたに幸運を。ウォフ」
「ありがとうございます」
「それと女の子を堕とすのもほどほどに」
「はい。え?」
唖然とする僕にナイフの女神様はブレストレットを見せる。
そして景色が変わって、僕は宿の部屋で目を覚ました。
「ほどほどって……」
なんか釈然としなかった。
次の日。3日目。
本来なら出発の日だが、ふたりのことを考えて延期することにした。
来週の頭を新しい出発日とする。
ただし全員、もう宿は引き払って『スキアー・コフィン・エレ』にいる。
宿の待遇は悪くなかった。でも快適さは段違いだ。
あの日からミネハさんとアンナクロイツェンは町に出ていない。
ずっと『スキアー・コフィン・エレ』に居る。
彼女たちの宿の荷物はビッドさんとシャルディナが持ってきた。
とは言ってもそんなに大荷物じゃないし、ポーチもある。
船を取り付けた『スキアー・コフィン・エレ』は無事に着水していた。
水上モードの『スキアー・コフィン・エレ』は先端部分にボートが設置されている。
ただし、そのボートには人が乗れる場所が全く無い。
ボートにはやたらと目立つ大きな歯車がある。
歯車には赤黒い半透明なゲルのような何かが取り付いていた。
けん引していた魔物のスキアー・ホース・エレだ。
影なので形態をいくらでも変化できる。
歯車をスキアー・ホース・エレが回す。
すると後方に取り付けられたスクリューに動力が送られて回転させる。
それが『スキアー・コフィン・エレ』が水の上を進む仕組みだ。
簡単にいうと足漕ぎボートまんまだ。えらく力技だな。
『スキアー・コフィン・エレ』2階。
魔女の仕事場。
魔女に呼ばれた僕は、ブルーグリーンクリスタルが本物かどうか確認してもらった。
経緯を話した後、僕が出したブルーグリーンクリスタルを一目見て魔女は言った。
「うんうん。うん。これは間違いなく本物のブルーグリーンクリスタルだねえ」
「そうですか……」
「いやいや、あの魚がこんなモノを持っているとはねえ。これまた驚いたねえ」
魔女はブルーグリーンクリスタルを手にする。
右に左と手首を回して観察する。
「どうですか」
「ふむふむ。これだけあれば素材としては充分だねえ。そういえば、ルピナスにどういう盾を造るか聞いて無かったねえ」
「それはこういうので―――」
僕はコンセプトと大体の造形と機能を説明した。
魔女は黙って聞いて、しきりに頷き、話し終わると翡翠色の瞳を妖しく輝かせた。
「それはそれは、とてもとても実に面白いねえ。タンクという概念といい。その機能の発想といい。それらはやはり前世の記憶とやらかねえ」
ブルーグリーンクリスタルを置く。
「はい。前世の記憶にあります」
つまり全て前世の記憶だ。
僕が答えると魔女は思案顔になる。
「…………しかししかし、複数の記憶があるのにウォフ少年はウォフ少年のままなんだねえ」
「そうですけど?」
魔女の言いたいことがよく分からず、きょとんとする。
僕の反応に魔女は柔和に笑う。
「つまりつまり、記憶というよりそれは知識のように思えるねえ」
「まぁ、実際そんな感じですね」
ただ、たまに思い出みたいなのが浮かぶときがある。
「ふむふむ。ウォフ少年はやはり興味深いねえ」
「そうですか」
言われると確かに我ながら色々とあるもんだと思う。
「さてさて、本題に入ろう。籠手を渡そうかねえ」
「待ってました!」
これから剣の女神の娘とか、他にも何か戦ったりするかも知れない。
『デス・アブストラクト』級はさすがに無いと思いたい。
しかし人生なにがあるか分からない。
そんなとき頼れるのが僕なら『静聖の籠手』だ。
魔女の第1作業机の上に黒い箱がある。この中に籠手があるのか。
「さあさあ、ウォフ少年。開けてごらんねえ」
「はいっ!」
ワクワクドキドキしながら箱を開ける。
ピッタリと収められた二組の籠手———思わず僕は呟いた。
「青い」
そう籠手は青かった。そして前とは形状が違う。
前は古式的な形状で色も地味だった。
だが新しくなった籠手は青かった。
ただそれは全体的に青いというわけじゃなかった。
籠手の大部分を占める楕円形で瞳型の大きな青いシールドが取り付けられていた。
いやこれはシールドじゃない……妙な光沢がある。
「ひょっとして宝石ですか?」
「ああ、ああ、それはそれは、厳密に言うと違う。これは魔宝晶だねえ」
「魔宝……晶」
「さてさて軽く機能を説明するねえ。以前の『静聖の籠手』の機能はそのまま新たに追加されたのは防御力の強化だねえ。以前より大体10倍ほど硬くなっている。それでも破壊されることがあり、自己修復機能もある。だけどそれだけじゃいんだねえ。この籠手の最大の特徴であるその青い魔宝晶には反射機能がある。これで受け止めた大抵のあらゆる攻撃を跳ね返すことが出来るんだねえ。たぶん跳ね返せない攻撃は無いと思うねえ」
「そんなに……ですか」
「ただただ、想定だけど、さすがに疑似化神レリックの最大攻撃は跳ね返すのは難しいとは思うねえ」
「それはまあ」
疑似でも神の攻撃だからなあ。
「それとそれと、反射は常に使えるわけじゃないねえ。連続して反射させると機能低下に陥り、クールタイムが発生するねえ。魔宝晶が点滅しているときは機能低下。赤くなるとクールタイム。クールタイム中は反射できなくなるから注意してねえ」
なるほど。便利だけどそういう欠点もあるのか。
それにしても反射機能か。凄いな。
「わかりました。魔女……この籠手に名はありますか」
何故か前みたいに名前が浮かんでこなかった。
「それはそれは、『青聖の籠手』というねえ。青い聖なる籠手だねえ」
「青い聖なる……青聖……」
見たまんまだ。
ん? 青い聖なるで青聖?
『『我ら青聖。ここにあり!』』
ああ、あれは、あの夢はそういうことか! そういう意味だったのか!
静かなるモノが消えるわけだ。なるほど。道理で、なんか納得する。
「……?」
納得して小首を傾げる。いやいや、なんで夢の中に出てくるんだよ。
なんで僕の夢の中に出て来れるんだよ。なんで喋るんだよ。
あと静かなるモノはどこに行ったんだよ。
それってつまり……この籠手にはそういう力があるのか。
人の夢の中に入れる力? 更に意志がある? まさかまさか。
「おやおや、何か不満でもあるのかねえ」
魔女が僕の表情と仕草に疑問をもった。
「不満じゃないですけど、目立つなあって思いまして」
意志云々は置いといて、そう。この籠手は間違いなく目立つ。
誘蛾灯のように引き寄せるだろう。ただでさえ目立つのに。
「ふむふむ。確かに、青い魔宝晶は目立つねえ」
すると籠手の青い魔宝晶が黒くなった。
「く、黒くなりましたけど?」
点滅でもなく赤くもなく黒になった。
まるで電源がオフになったみたいだ。どゆこと?
「おお、おお、これなら目立たなくなったねえ」
「そ、そうですけど、自動的にそうなるんですか?」
今、明らかに僕たちの会話に反応して勝手に色変したよな。
いやいやきっと機能のひとつだろう。
「いやいや、そういう機能はないねえ。魔宝晶の色が変わるなんて驚いたねえ」
「ええぇ……」
無いのかよ。
なんというか前からそうだったけどメチャクチャだな。
まるでハーブ……あ。
ハッと今更ながら僕はここで気付いた。
これ、この籠手。魔女のハーブティーの装備バージョンだ。
瞬間———戦慄する。
「さあさあ、着けてみるんだねえ」
「…………は、はい」
気付いてしまった。気付いていけないことに気付いてしまった。
ハーブティーだけでは無かった。
ハーブティーだけだと僕は思い込んでいたんだ。
なんで気付かなかった。
自己修復して帰巣本能がある時点で気付け。
気付いても、もはや遅い。
もう既に何もかも遅かった。
僕は観念して『青聖の籠手』を装備した。
両腕にピッタリと吸い付くように装着されて違和感が全くない。
重みも殆ど感じな―――瞬時に理解する。
レリック【深静者】が変わる。
レリック【青ノ聖者】:青く光る紫の瞳になる。集中するとスローモーションが最大60秒間1回だけ使用可能。心が静まり冷静になる。思うままにターゲットポインター・光点をオンオフできる。他人の心の声がたまに聞こえる。使用時間6分。クールタイム4分。
はい。とうとう出た。いつか出ると思っていた。聖者です。
しかもまた聞いたことがない【青ノ聖者】。青紫の瞳ってもうエッダじゃん。
いやでも【聖者】って疑似化神レリックじゃないのか?
まあ今更か。
それにしても僕はどこからきて、そしてどこにいくんだろう。




