僕らの旅路:旅情編⑩・涙と誓い。
部屋を出て、アタシは港近くの造船所に来ていた。
ここの第8倉庫で『スキアー・コフィン・エレ』に船の取り付けをしていた。
取り付けをしているのは造船業の大手。その親会社はなんと魔女の商会だ。
厳密にいえば魔女が共同経営をしているララ&リリー商会に造船部門がある。
その造船部門が造船業の大手だ。
ララ&リリーは大陸5大商会のひとつ。
序列3位で幅広く商売をしているので有名だ。
もう作業員は帰って、倉庫には鍵が掛かっている。
アタシは魔女から借りた鍵を開けて中に入った。
魔女に決死の想いで頼んだらアッサリ鍵を渡してくれたのは驚いた。
おまけに気の済むまで居てもいいと言ってくれた。
癪だけど感謝だ。
『スキアー・コフィン・エレ』に入る。
まずは自分の部屋から着替えを手にして、風呂場へ向かう。
脱衣所で脱いで浴場の洗い場。鏡に映る自分を見る。
母譲りの蜂蜜色の髪と瞳。顔立ちも似ていると思う。
身体つきはどうだろう。胸がちょっと邪魔。お尻もなんか大きい。
そもそも背が高い気がする。だけど、でも、ううーん。
「はぁ、よくわかんないわ」
自分を見ても魅力があるかどうかなんて分からないわよ。
わからないから益々イライラする。深く息を吐いて身体と髪を洗う。
特に念入りに髪と腕と腹と顔を執拗に擦る。スベスベになっても擦る。
あの男に触られた部分は全てそうする。
いつまでもずっと汚いのがついている気がする。
ベッタリと汚い。嫌だ。汚い。
「……………」
納得も満足もしていないけど、肌が真っ赤になったので終わらせて風呂に入る。
「ふうぅぅ………………」
大きく息を吐いて風呂場に潜る。
すぐに浮上し、それを繰り返す。意味はない。衝動的にやっているだけ。
「……………………出よ」
風呂から上がると脱衣所で着替え―――無かった。
アタシはそのまま拭かず、全裸で風呂場を出てウォフの部屋のベッドへ飛び込んだ。
濡れたままで布団を抱き枕みたいにする。
ギュっと抱きしめるとウォフの匂いがして、それで安心したのか。
「ふううぅぅっ……うっううううっっ……うぐっ……うああああああああああああああぁぁっっっっっっっ―――!!!!!」
堰を切ったようにアタシは泣き出した。
一気に今までの感情を吐き出すようにアタシは号泣する。
「あああああああああああああああああぁぁぁっっっっっっっ」
我慢せず我慢できず泣き喚く。
悔しい。悔しかった。怖かった。怒りがわいてくる。
許せない。絶対に許せない。殺してやる。死んでも殺してやる。
ズタズタにしてボロボロにしてグチャグチャにしてとにかくとにかくだ。
「うああああぁぁっっっあああぁぁぁぁぁっっっっっっ」
不安と安堵と屈辱と恐怖と憤怒が入り混じって、泣いて泣いて泣いた。
こんなに涙を流したことは無かった。生まれて初めてで一切の遠慮なく泣いた。
「づよぐなりだぃ……づよぐなりだいぃよおおぉ……づよぐ……づよぐなる……」
強く強く強く強く。強く、強くなりたい。いいや強くなる。
そう誓う。
だけど強くなるには……必要なモノがある。
フェアリアルのアタシがどうしても確実に強くなるのに必要なモノがある。
ハイドランジアでは手に入らなかった。
全てのダンジョンを回ったけど手に入らなかった。
だけどハイゼンなら手に入るかも知れない。
もうすぐ開かれるハイゼンのフルムーンバザー。
ハイゼンで満月の夜。半年に1度行われるバザーだ。
夕方から夜明けまで行わる夜市。
普段のバザーとは出店数が段違いで合法と非合法が入り混じる。
ハイゼンは貿易都市。あらゆるところから商品が集まる。
そこでなら手に入るかも知れない。見つけ出すことが出来るかも知れない。
アタシの手札———『妖星現槍』に並ぶスピアー。
それだけじゃダメだった。だから手札を増やすしかない。
アタシが強くなるのに絶対に必要な武器だ。
「はぁはぁっはぁっ……はぁーはぁーはぁあぁっ……はあぁっ……はぁっ……」
息が苦しい。荒い吐息しか出なくて、また泣く。
ゴトっと音がした。アタシは咄嗟に飛び起きる。
ドアが開けっ放しでそこにはアンナクロイツェンがいた。
何故か彼女も裸だったけどすぐに理解した。
ああ、そうか。同じことをしに来たんだ。
ぎこちなく微笑むアンナクロイツェン。目元が赤い。
「アンナ。おいで」
無意識に呼ぶと、彼女は涙を流しながらアタシに抱き着いてきた。
アタシたちは疲れて寝るまで泣き崩れた。
ミネハさんたちを探しに行こうとしたら魔女に止められた。
魔女はふたりの行方を知っていて、今は独りにしてあげたほうが良いと言った。
行方が分かっているなら……心配なのはあるけど、言う通りにする。
そして魔女には剣の女神と剣の女神の娘のことを伝えた。
異なる海のナイフも見せる。
「これはこれは、またまた面白いモノを手に入れたねえ」
蛸の触手におそるおそる触れて魔女は言った。
その口ぶりに僕は聞く。
「知っているんですか」
「むかしむかし、その片鱗をダンジョンで見たことがあるねえ。だがこれほどのモノは初めてだねえ」
魔女は太くてヌルヌルしているねえと触って微苦笑する。
ちゃっかり粘液を手で瓶に入れているところは苦笑だ。
一瞬、魔女がその粘液を舐めようとしていた。
結局、舐めなかったけど、あれは鳥肌が立った。
「この異なる海のナイフは剣の女神の娘を破壊できるみたいです」
「ふむふむ。異なる海ねえ」
魔女はどこか意味深に頷く。
「はい。このナイフは破壊できるみたいです」
僕は異なる海のナイフを仕舞った。魔女が一部を欲しがりそうだった。
ちょっと残念そうな顔をする魔女。危ない危ない。
「うーんうーん。その娘さんを持っていた輩はハイゼンに住んでいたんだったねえ」
「はい。ホッスさんがそう言ってました」
「ハイゼンは貿易都市で、あらゆる国から地方から大陸の外から品物が入ってくる。その品物に娘さんがあった可能性が高いねえ」
「そうですね」
「そしてそして、似た大きな気配を三つ感じたと?」
「はい。一瞬ですが、あれは剣の女神の娘の気配です。その気配を感じた方角にあるのはハイゼンです」
「するとすると、ハイゼンに居る可能性が大きいねえ」
「はい……」
よりによってハイゼンか。
お気楽旅行が暗礁に乗り始めた。
「ハイゼンといえば、そろそろ満月だねえ」
「満月に何かあるんですか」
「あるある。フルムーンバザー。半年に1度。その夜だけは夕方から朝までバザーが開かれてね。出店数も普段の10倍ともいわれているねえ」
「そんなに」
「まぁまぁ、一種のお祭りだからねえ」
「ああ、だからブルーグリーンクリスタルがあるかもしれないと」
「そうそう。実際にあったからねえ。ああ、そうだそうだ。ウォフ少年。ようやく籠手が完成したねえ」
「本当ですかっ!」
僕は思わず乗り出した。
魔女は微苦笑する。
「ずっとずっと、待たせて済まなかったねえ。明日、『スキアー・コフィン・エレ』で渡すねえ」
「はい。楽しみです」
「ふふっふふっ、久々にコンの渾身の自信作になったねえ」
ようやくか。ようやく籠手が……ただ、色々と入れていたから不安はある。
どんな代物になっているやら。
「ところでところで―――ウォフ少年———」
魔女が僕の眼前に立つと、三つの尻尾が背中に回った。
まるで異なる海のナイフの三つの蛸の触手みたいに僕を捕らえる。
「ま、魔女?」
「ところでところで、新しいレリックを手に入れたみたいだねえ」
「あっ」
「それをそれを、黙っていたのは別に怒っていないねえ。師と弟子でもレリックに関して全てを明らかにする必要はないからねえ。コンもウォフ少年に教えてないレリックは多い。でもでも、ウォフ少年の新しいレリックは……プレートから手に入れたものだよねえ。そしてウォフ少年はセイホウで魂の器の容量を調べていないよねえ」
「えっと……」
近い。魔女の、その、おっぱいが近過ぎる。
魔女のはデカい。知り合った女性の中でも特に大きいほうだ。
僕より背丈があるので真っ直ぐに立っていると必然的に顔の辺りに胸がくる。
胸がくる。ドンっとくる。その状態で僕はたっぷりと説教された。
真っ白い謎の霧が立ち込める謎の白い空間。
「……………」
僕はその空間で立ち尽くしていた。ああ、やっぱり。
刃物の煌めきを持った神秘的な超然とした美女が現れた。
ナイフの女神様だ。




