僕らの旅路:旅情編⑦・港町と釣り。
水平線が見える時点でつい海だと錯覚してしまう。
リーヴ河は大陸でも3本の指に入る距離と広さだとか。
「ウォフくーん。こっちっスよ!」
「はーい」
ビッドさんに連れられ、港町の一角にある堤防に向かう。
そこには誰もいなかった。独り占めだ。いやふたり占めか。
「誰もいない。ついているっスね」
「そうですね」
僕はビッドさんの横に並ぶ。
ビッドさんは慣れたように餌を付けて釣り竿を振るう。
餌は生餌で虫だ。平然と手に持って取り付けるビッドさん。
僕も勧められて、餌を付けて竿を振るう。
僕にとって釣りはリベンジだ。
釣りはなんだったかな。一生楽しむ趣味だ。
一生楽しむなら釣りを覚えろ的なのが前世の記憶にある。
そして釣りはスローライフを象徴する。
だから僕は趣味として釣りとしたかった。
しかし2回とも行った釣りは釣果ゼロという有様。
しかも釣れるのは喋る陸ナマズや魚人間とか……そうして僕は釣りを諦めた。
だからこれはリベンジだ。
僕は今日こそ魚を釣るっ!
「た、助けっ、助けてっ」
釣ってやる。たかが魚の1匹や2匹だ。
とはいえ、釣りは待つことだ。
「わ、吾輩、溺れ、この川、深いっ」
待つ。待てば釣れる。そう待てば釣れるのだ。
チャンスを待て。大物を釣ってやる。
「今日はいい天気ですね。絶好の釣り日和だ」
そう。青い空に白い雲が流れ……夢で見た空まんまだな。
するとビッドさんの竿が反応する。
「おぼ、溺れ、溺れるっ」
「ビッドさん。竿が引いてますよっ!」
「わわっ、本当っス!」
ビッドさんは慌てて竿を握り直し、巧みな手さばきで引いて押すを繰り返す。
「し、沈っ、沈むっ」
「もう少しです!」
「いけるっス! でぇえやああぁぁっっっっ」
ビッドさんは全力で竿を引いた。大きくしなって竿は曲がり、糸の先に大物の魚が掛かっているのが見えた。宙を舞ってからビッドさんのもとにやってくる。
「おおっ!」
黒い鯛みたいな魚だ。イシダイに似ている。
だが川魚だ。イシダイにとても良く似ているが。
「クロウロコっス! やった。クロウロコが釣れたっス!」
満面の笑みを浮かべるビッドさん。クロウロコ。そういう名前の魚か。
「お、おぼっ、今度こそ、し、沈むっ」
「それは美味しいんですか」
「うまいっスよ。ウチも2回ほどしか食べてないっス」
「へえー、ホッスさんに調理……あー今は無理でしたっけ」
「でも保管庫に入れるくらいは大丈夫なはずっスよ。ツナの瓶入れていたじゃないっスか」
「それもそうだ」
とりあえずクロウロコはバケツに入れておく。
よし。僕もクロウロコを釣るぞ。
2時間後。
なんでだ。どうしてだ。釣れない。まったく釣れない。
既にビッドさんはクロウロコを2匹も釣っている。
他にも4匹も釣っている。なのに僕はボウズだ。
「あ、あのウォフくん。ウチ、思ったっスけど、レリック使ったらどうっスか」
「レリックですか」
「それで魚の位置とか分かれば釣れるっス」
「……そうですね。やってみます」
【フォーチューンの輪】は生物に反応しない。
だけどビッドさんに余計な気を使わせてしまったので使う。
すると河の中に緑の光が点在する。黄色の光も遠くに三つもある。
動きが全く無いので少なくとも魚じゃない。
船から落としたモノか。船が沈んだモノか。
「ウォフくん。引いてるっス!」
「うわぁっ本当だ!」
慌てて竿を握る。これは引きが強い。強過ぎる。
竿が折れんばかりに歪曲して、こ、これは大物だっ! ついに大物がきた!
「ウォフくん。落ち着くっス! 冷静っス!」
「は、はいっ!」
「ヒッヒッフー、ひっひっふーっス!」
それ違う。僕よりビッドさんが興奮している。なんか嬉しい。
押して引いて、押して引いて、だが妙な感覚だった。
反応がおかしいというか、手ごたえが……ない。そんな馬鹿な!
僕は思いきって思いっ切り竿を引っ張った。
獲物の重さで竿が本当に折れるぐらい曲がりに曲がった瞬間。
それは釣れた。
頭部が魚になった人間の水死体だった。
ワカメが頭に乗っている。川なのになんでだ。
「でぼあああぁぁぁっっっっ」
口から魚を吐き出していく。
「うわああああぁぁっっっっ」
「ぎゃあああぁぁっっっっ」
「アンデッドだっっ! 始末しないと!」
エリクサー仕様のククリナイフを構える僕。
「斬るっス! とにかく斬るっス!」
『瞬足剣』を抜くビッドさん。
「あばあああぁぁっっっ……」
まだ口から魚を吐く魚人間……魚人間?
「斬るッス」
「ちょっと待った」
「なんっスか」
「この魚人間……僕たちは知っている」
「魚……あっ!」
ビッドさんも気付いたみたいだ。
そうこの頭が丸ごと魚になっている怪人。僕は知っている。
知っているどころかこうやって助けるのも2回目だ。
あのときも川で溺れていた。
第Ⅰ級探索者。『海元卿』……名前は確か。
「ギムネマ……シルベスター」
「うぼああああぁぁっっ」
「ぎゃああぁっっっっ」
口からまた魚を吐くギムネマ=シルベスター。
あっクロウロコ。
それとビッドさん。剣は収めて。
堤防近くにある食堂。
テーブル席に僕たちは座っている。
釣った魚は『スキアー・コフィン・エレ』の保管庫に入れて来た。
なお彼の口から出た魚は全部リリースした。
「いやはや、またまた助かったである」
ギムネマ=シルベスター。ギムネマさんが上機嫌で礼を言う。
通り掛かった一般男性と女性がビクっとして離れる。まあ怖いよな。
「助かったのは良かったですが、なんで溺れていたんです?」
「船から落ちたのである」
「落ちたっスか」
「鳥にサンドイッチを取られ、追い駆けたら落ちたのである。そして流されて沈んだのであるな」
第Ⅰ級探索者が鳥に翻弄されている。
ビッドさんは注文した焼き魚のオリーブ漬けを食べる。
数種類の小魚を生のままでオリーブに漬ける。それをオリーブオイルで焼く。
出来上がったモノにオリーブオイルをたっぷりとかける伝統料理らしい。
正直、オリーブオイルの味しかしない気がする。
「やっぱり、ギムネマさんもハイゼンへ?」
「左様。ハイゼンから海へ出てコッパ諸島に行く予定である」
「もぐもぐ。もぐもぐ。依頼っスか。もぐもぐ」
「そうである」
諸島ってまた溺れそうだな。大丈夫なのか。
「もぐもぐ、溺れそうっスね」
「はははっ、気を付ける。しかし、2度も助けて貰い、しかも1度目の礼もまだというのは、吾輩として心苦しい」
「気にしないでくださいよ。なんなら飯を奢るだけでもいいですよ」
「だがその程度では……おお、そうであった」
ギムネマさんは懐から何かを取り出してテーブルに置く。
拳大の青い石が入った緑色の水晶だ。
青い輝きが緑の水晶に反射して不思議な光を放つ。
ん? これって。
「綺麗っスね! でも……青に緑って」
「うむ。ブルーグリーンクリスタルという珍しい鉱石である」
「ちょっ!?」
「なっ!?」
僕たちは同時に立ち上がった。それほど驚いた。
それは『トルクエタム』の……ルビナスさんの盾を新しく強化するのに必要な素材。
『トルクエタム』はそれを手に入れる為に、ハイゼンに向かった。
それがここにある。ブルーグリーンクリスタルが、今この場にある。
「……」
「……」
「どうしたであるか」
「あっいや、その」
「そうっスね……えと、これくれるっスか」
「うむ。ぜひ貰って欲しい」
「ありがたく頂きます」
まさかこんなカタチでブルーグリーンクリスタルを手に入れることが出来るとは。
手にすると、嬉しさもあったが複雑な気持ちでポーチに入れた。
その頃、ミネハとアンナクロイツェンは思い掛けない危機に遭遇していた。




