僕らの旅路:旅情編⑤・ピアニーとピンチ。
山の麓の洞窟。
ピアニーさんは黄金剣に付いた赤黒い血を振って払う。
黄金の剣には銀色の古代文字が刻まれている。
おそらくオーパーツだろう。彼女は鞘に納めてつまらなそうに言った。
「結局これはなんだったんだ?」
神殿のような円柱が等間隔に何十本も設置されている奇妙な空間。
そこでたった今、討伐された魔物の巨大な惨殺死骸を見つめる。
本当になんなんだろう。こんな魔物は見たことが無い。
不気味。ただ異様で気持ち悪くて不気味だった。
魔物に見慣れている第Ⅰ級の魔女もピアニーさんも初めて遭遇したという。
特に背中に人工物の鎖が付いているのは前例が無いらしい。
尻尾の属性武器はよくあるとか。よくあるのか。
まるで弄られて改造された魔物———前世の記憶がそう判断する。
ますますあの廃墟都市との関連性が伺える。実験体だったのかも知れない。
魔女は切り落とされた頭部を眺めている。
特に赤黒い一つ目に興味ひかれるようだ。
死んでも禍々しく美しく光っている―――まるで宝石だ。
でも生物なんだよな。
「うーむうーむ。どうやって取ろうかねえ」
取る!? 採取するのか。この瞳を?
どうも本気みたいだ。まぁ魔女ならどうにか綺麗に剥ぎ取るだろう。
何に使うか分からないけど。
さて斜め後ろではビッドさんが『瞬足剣』を抜いて、黒い犬を切っていた。
まだちらほらと黒犬の魔物がいるが、もう危機は去ったとみていい。
何故こうなったのか。
それはまさに突然だった。アジトへと出発する日。
突然、森から大量に黒犬の群れが襲来した。
まるで地獄の軍団だ。
だがこちらも準備はシッカリと整えてあった。
最初は防戦しつつ、相手の正体と戦法を探る。
それが判明すると攻勢に転じて一気に攻め入った。
戦って分かったが、この黒犬の群れは統率が取れていなかった。
攻撃も単純で戦略も無く、歴戦の『探索者騎士団』の相手では無かった。
魔女曰く、『おやおや、まるでついさっき生まれたばかりみたいだねえ』とのこと。
勝勢が判明すると僕も入れた少数精鋭でアジトに突入し、敵のボスを倒した。
というのが一連の流れだ。
正直、僕たちの出番はあまり無かった。
ピアニーさん無双。探索者騎士団騎士団長無双だった。
その剣技は黄金に輝いて純銀に瞬いてゴージャスでエレガントだった。
たぶん。このよく分からない巨大な狼っぽいモノは強いのだろう。
宝石級下位は確実だと思う。
そして黒犬の群れも練度が足りなくても充分な脅威だ。
黄金級中位ぐらいか。
だが相手が悪かった。ひたすら悪かった。
運が無かった。その一言に尽きる。
逆に言えば僕たちは運が良かった。
なお本来戦うはずだった人間の悪党の姿が全く無い。
うまく逃げたのか。あるいは。
黒猫になったハルスさんがピアニーさんの肩に乗っている。かわいい。
「ニャア」
「ふむふむ。奥に別の通路が?」
「ニャア」
「外に出られそうだと? それは向こう側か」
「ニャア」
「よし。行こう」
「あの、ピアニーさん?」
なんか猫と会話、しているみたいだ。
ピアニーさんとハルスさんが僕をほぼ同時に見る。
「どうした」
「ニャア」
「会話しているんですか」
「なに?」
「ニャア」
ふたりきょとんと見合わせる。
息ピッタリだな。ハッとピアニーさんは気付く。
「ああ、会話か。確かにしている。変身のレリックは迂闊に解除できないからな」
裸になるからか。
「ましてやハルスは女の子だ。そんな簡単に解くわけにはいかん」
「ニャア」
「そうですね」
裸になるからなあ。
「そこで猫のまま会話できるように特訓してみた」
「それで話ができるようになったんですか」
「うむ。そうだ」
それって特訓して出来るようなモノなのか。
仲が良いなあ。
僕は未だにダガアが何を言っているのか分からない。
「ニャア」
「そうだな。ウォフ。おまえも付き合え」
「えっ、はい。わかりました」
猫を肩に乗せたピアニーさんと洞窟の最奥にある通路を進む。
唐突に外に出た。
「うわっ!」
「これは」
「ニャア」
僕たちは高いところに居た。ビルか。建物っぽい。
そこから驚きの光景が広がっていた。
穴だ。巨大な穴が地面に空いていた。
底は全く見えない。
不自然なほど巨大な丸い穴だった。
「なんなんだあれは」
「……途方もなくデカいですね」
「ああ……」
僕は察した。ここにあの廃墟の都市があったんだろう。
やはり地下遺跡丸ごとダンジョンの44階に転移したんだな。
それがなんで44階なのか、そこまでは分からない。
ただ、何かをしでかしてああなったのは分かる。それが大きな失敗だったのも。
この穴を見ればすぐに理解する。
「ニャア」
「穴の手前、何かある?」
「本当だ。あります……なんだろう」
穴の手前に白く光る何か……建造物か。それがある。
「行ってみるか」
「行くんですか」
「調査だ」
「ニャア」
「心配するな。行ってすぐ戻る」
「階段もありますね」
すぐそばに階段があり、真下まで延々と続いていた。
途切れている感じはない。
それでも僕たちは慎重に階段を降りていく。
「むっ、砂風が強いな」
真下に到着すると、砂を含んだ強風が吹いていた。
僕はスカーフで口元を押さえた。
「ニャアっ」
「ジッとしろ」
「ニャア」
ピアニーさんはハルスさんを肩から降ろして軽く抱き締めた。
彼女なりの砂風対策だろう。
「気を付けて進むぞ」
「はい」
ピアニーさんが先頭で砂と風に足と身体をとられながら、なんとか歩む。
だが途中でピアニーさんがズンっと下がった。
「ぬぅっ!?」
「ピアニーさんっっ!!」
ずぶずぶ、ずぶずぶっとピアニーさんが地面に沈んでいく。
砂だ。流砂か。
「ニャア」
「クッ、分かっている。鎧が重い」
もう両足は完全に沈み込んでしまった。
ど、どうすれば。
「ニャア」
「慌てるな。仕舞えばいい。『シェル』」
唱えるとピアニーさんの着ている鎧がパージされ、彼女が身に着けているペンダントの宝石の中に入っていく。
全て宝石の中に入ると、ピアニーさんは赤ピンク色の可愛い下着姿を露わにした。
赤い枠に薄ピンクという配色のブラだ。たゆんっと揺れる大きい胸を抑えている。
パンツも同じだろう。
「ぴ、ピアニーさん……」
「あまり見るな」
「は、はい」
「ニャア」
「さて、止まったがどうするか」
「ニャア」
軽くなったので砂に沈むのは止まっていた。
だが迂闊に動けない。動くと沈む。
上から引っ張りあげるしかないが、両足が埋まっているのは致命的だ。
並大抵の力ではピアニーさんを引っ張り出せない。
【バニッシュ】も効果ない。【ナイフマジック】も役に立てそうにない。
【ビブラシオン】は余計に被害を拡大させるだけだ。
「黄金剣も純銀剣も威力が強過ぎるな。ヘタに被害を拡げるだけになりかねん」
「威力が低いのは無いんですか」
「無い」
即答するピアニーさん。どこか自信満々だ。
うーん。何か方法は―――実はある。確実にピアニーさんを助ける方法がある。
だがこの方法は……特に今のピアニーさんの格好だと……いいや。何を躊躇う。
地味に命の危機なんだぞ。
「ニャア」
「やはり引っ張りあげるしかないか。まずはロープだな。ウォフ。持っているか」
「ないです。ピアニーさんは?」
「持っていたら聞かない」
「そうですよね」
「仕方がない。ウォフ。魔女を呼んできてくれ」
「その間に沈んだらどうするんですか」
「……そのときは仕方がない。ピアニー=モンクシュッドは此処までということよ」
フッと儚い笑みを浮かべる。
潔いと言うのか。騎士として恥ずべき行為はせぬと自制しているのか。
魔女を呼ぶ間に死んでしまう。
「……ピアニーさん。助かる方法があります」
「ほう。あるのか」
「はい」
僕はナイフを抜いた。その鞘にフジツボと貝と海藻とサンゴが付いている。
まるで海底からそのまま持ってきたような―――それは異なる海のナイフ。
「それは?」
「ニャア」
抜いた刀身は短く刃はボロボロと刃こぼれして赤く錆びている。
どうみても切れるとは思えない。
でもこのナイフは切るモノじゃない。
構えて振り被る。
「異なる海のナイフよ。彼女に巻きつけ!」
唱えながら振ると、ナイフは3本の蛸の触手になった。
「ニャアっ!?」
「はあ!?」
「よいしょっと」
2本の蛸の太い触手がピアニーさんに巻きつく。
「ひゃあぁっっ」
「ニャア!」
そのとき、ナイフから僕の手にピアニーさんの身体の感触が伝わる。
触手はもうひとつの僕の手だ。
思う通りに動かせて、巻きついた感触もダイレクトに伝達される。
「引っ張りますよっ」
「ニャア!」
「ちょっ、ちょっと待て、ひゃあっ、なんか、ちょっと待て! きゃああぁぁっっ」
僕はナイフを強く引いて彼女を引っ張り出した。
砂から抜けたピアニーさんは触手に捕まれたまま空を舞う。
可愛らしい甲高い悲鳴が聞こえ、猫が飛び出して華麗に着地した。
僕はピアニーさんを丁寧に降ろして触手を引っ込めて異なる海のナイフを仕舞う。
「だ、だいじょうぶ……ですか」
「……ああ」
触手の粘液まみれな赤ピンクの下着姿で立ったまま俯いて彼女は頷いた。
黄金と純銀の髪も触手でベッタリと濡れている。
下着もネバネバと透けていた。
「……あの」
「何も言うな。色々と思うところはあるが、まずは助けてくれてありがとう。タオルと外套は無いか。すまない。シェルに仕舞ったら一定時間は出せない。わたしのポーチも一緒に入れてしまった」
「ど、どうぞ」
僕は水石とタオルと外套を渡した。
ピアニーさんは全て受け取り、水石を割って水を被り、タオルで拭いていく。
拭き取るとその場で着たまま少し乾かして外套を羽織った。
寄り添うハルスさんを抱き上げる。
「では行こうか」
「は、はい」
気付くと激しい砂嵐は止んでいた。
目的の場所に到着する。
そこには真っ白い巨大な石碑が斜めに半分ほど埋まっていた。
石碑には黒い文字が刻まれている。
僕は読んで―――絶句する。
『願わくば誰も起きるな。
誰も見てはならない。
誰も知ってはならない。
誰も聞いてはならない。
誰も口にしてはならない。
誰も彼もそれは決して存在しないのだ』
何かの間違いではないかと何度も読む。
だが確かに石碑にはそう刻まれていた。
この、これは―――初期に【ジェネラス】になるとき頭に響く言葉。
最近は使い慣れたのか響かなくなった謎ポエム。
それがなんでここに―――?
「なんだこの石碑は? 意味が分からん」
「なんでしょう……意味が分かりません」
首を傾げるピアニーさんに僕は正直に答えた。
なんで謎ポエムがこんなところに。
「ニャア」
「そうか。戻るぞ。これ以上、進むのは難しそうだ」
「そうですね」
上から確かめた穴は途方もなくでかい。
超えるのは無理だろう。それに先があるように見えない。
戻るとき、ふいに話し掛けてきた。
「そのわたしを助けてくれた触手のナイフは?」
「異なる海のナイフといって、あんな感じです」
「これでも触手に捕らわれるのは11回目だが、まさか助けられる方向で捕らえられるとはな」
そんなに触手に捕らわれていたのか。
「ニャア」
「なに? 16回だと、そうなのか」
「ニャア」
「16回に訂正しよう」
「は、はあ」
「どうやらわたしは君のことを誤解していたようだ」
「誤解ですか」
「改めて礼を述べよう」
ピアニーさんは頭を下げる。
戻ったら、ちょうど魔女が目玉から何かを摘出していた。
赤黒く光る……結晶だ。
「むふふっむふふっ、これで……籠手が完成するねえ」
「え」
籠手? いま、籠手って言った?
完成ってどういうこと?
色々と聞きたいが、どう聞けばいいか困った。
あんなに嬉しそうな魔女に水を差すことは僕には出来ない。
僕の籠手はどうなってしまうのか。
まぁ今までも自己修復とかしていたから今更だけど。
石碑はともかく廃墟都市の事を知ったのは良かった。
ハイドランジアに着いたらアガロさんたちに教えよう。
こうして僕たちの戦いは終わった。
殆ど何もしていないなあ。




