僕らの旅路:旅情編②・黒猫と思い出サンドイッチ。
ホッスさんが荷物を物置に放り込んで黒猫が驚いたように周囲を見て回る。
黒猫に興味深々なダガアを鬱陶しそうにしながら何もしない。
なんだか微笑ましい。しかしこの黒猫、どこかで見た覚えがある。
闘技場跡ではなくもっと前にどこかで……既視感かな。
一段落すると魔女が全員を展望ルームに集めた。
展望ルームには楕円形の白いテーブルがある。
魔女曰くダイニングが黒で展望ルームが白らしい。
テーブルに地図を広げて説明する魔女。
「さてさて、突然だけど予定を変更してこの先にある町で停まるねえ」
「ふーん。理由は?」
「そこのそこの黒猫だねえ。飼い主の団長もとい『探索者騎士団』がその町に滞在しているんだねえ」
「探索者騎士団……っスか」
「探索者騎士団デス!」
「……」
アンナクロイツェンさんがお茶を入れる。
別名『探索者崩れ殺し』―――元探索者や犯罪を犯した探索者。
そういう崩れが何よりも恐れるのが『探索者騎士団』だ。
『探索者騎士団』はパーティー名だが、正式に『騎士団』として認められている。
部類は自由枠だとか。
『騎士団』として認められているので『騎士』が持つ権利も行使できる。
それが調査権と殺害権と逮捕権だ。
『衛兵』との違いは殺害権があることだ。『衛兵』には殺害権は無い。
聞き齧りだけど、団長のピアニー=モンクシュッドは帝国の名門貴族出だ。
帝国騎士といえばモンクシュッドというくらい有名だ。
その名門貴族令嬢が率いる『探索者騎士団』は探索者の犯罪を取り締まっている。
探索者が犯罪を犯して堕ちていくのは非常に多い。
元々素行が荒い連中が多く荒事である。
いつ転んでもおかしくない土壌が既にあったといえば、そうだ。
だから『探索者騎士団』は探索者にとって複雑だが、概ね支持は得ている。
その『探索者騎士団』と合流すると魔女は言っていた。
「あのお荷物を渡すってわけね」
ミネハさんが口にする。物置には生きた荷物がある。
魔女は微笑む。
「それもそれも、あるけどねえ」
「なんか他にあるっスか?」
「ひょっとして『探索者騎士団』と協力するんですか」
そんな話の流れになっているのに薄々と察した。
『探索者騎士団』に協力ということは、探索者崩れの捕縛か討伐だ。
魔女は黒猫を見る。黒猫は鳴く。
「まあまあ、結果的にはそうなるねえ。ウォフ少年は、その反対なのかねえ。旅の予定がズレてしまうのはあるからねえ」
魔女はちょっと申し訳なさそうにやや遠慮がちに言う。
「いいえ。元々、僕たちだけで壊滅させようとしていたから反対じゃないですよ」
「えっえっ、そうだったんだねえ?」
「そうだべ」
「そうね」
「そうっスか……」
「さすがデス!」
「…………」
アンナクロイツェンさんがお茶菓子を用意する。
黒猫は呆れたように鳴く。こうして話し合いは終わった。
町までは3時間近く。
解散して僕は部屋に戻って、ナイフ―――汗臭かったので風呂に入ることにした。
もちろん。女性陣が誰も入っていないのを確認してからだ。
廊下をモップで掃除するシャルディナに入浴を伝えてから風呂場へ。
脱衣所で服を脱ぎ、手ぬぐい片手に浴室のドアを軽快に開ける。
「ん?」
「え」
目が合った。
長い黒髪に大きな黒猫耳と細長い黒尻尾をしたジト目の少女だ。
幼さは残っていたが美麗に整った顔立ち。パキラさんと同い年か。
猫耳も髪と一緒にしょぼんとして尻尾もしぼんでいた。
まるで濡れた猫まんまだ。
そして裸だった。僕も彼女も―――しっとりした白い肌の小柄な体型。
起伏があまりない可愛らしく慎ましい胸。でもそれなりの丸みを帯びたオシリ。
猫独特な菱形の網膜をした灰色のジト目に僕が映る。
「あっ、いやごめんっ! すみませんっ!」
僕は咄嗟に謝ってドアを閉めた。ビックリした。
迂闊だった。まさか誰か入っているとは………………いやいや確認したぞ。
というか見覚えが全くない。つーか誰っ!?
「だ、だれだっ!」
驚き慌ててつつ警戒する。侵入者っ……? ど、どうする。開けていいのか。
それとも誰か呼ぶ。いや呼ぶ間に逃げられるかも知れない。
ひょっとして荷物を助けに……それならなんで呑気に風呂なんか入っているんだ?
それともうひとつ違和感がある。
脱衣所に僕の脱いだ服しかない。彼女のモノと思われる服がない。
まあそれはどこかで隠してあると考えることも出来る。
それでもなんで風呂に入ったのか分からない。
「ニャア」
「へっ?」
唐突に猫の鳴き声が風呂から聞こえた。
そしてドアノブがガチャガチャと揺れ、開いた。
一匹の尻尾が長い濡れた黒猫がゆっくりと歩いてくる。
「えっ、あれ、猫?」
その黒猫は、魔女曰く探索者騎士団の団長の飼い猫は灰色のジト目で僕を見る。
そう一瞥しただけで濡れたまま平然と出て行った。
即座にシャルディナの怒鳴り声とビッドさんの呆れ声が聞こえる。
僕は浴室におそるおそると入った。
入る前に念のため声も掛けたが返事は無い。そもそも気配が無い。
「……いない…………」
浴室には誰もいなかった。ただ形跡というか雰囲気だけは確かにあった。
それはあの黒猫とはとても思えなかった。
人がついさっきまで居たような気がする。
釈然としない気分で洗い場に座る。身体を石鹸で、シャンプーで頭を洗う。
洗い流してサッパリすると風呂に入った。
10人も入れそうな最後部を隅から隅まで使った大風呂だ。
ゆったり浸かって手ぬぐいを頭に乗せる。
「ふうぅ~、いい湯だなぁ……」
思わずそう漏らしてしまう。
「それにしてもあの少女はいったい……」
長い黒髪。大きな黒猫耳。長い黒尻尾。スレンダーな身体。それに灰色のジト目。
パキラさんと同じ獣人・猫人種だ。
しかしあの姿はまるであの黒猫まんまみたいだった。
「はははっっ、あの黒猫の正体が猫人種の少女っていくらファンタジーでもそんなわけ―――あるじゃんっっ!? 変身のレリックがあるじゃん!!」
思わず立ち上がる。そうだ。変身のレリック。すっかり忘れていた。それだ。
風呂から出て着替え、黒猫を探す前に魔女のところへ行く。
2階の仕事場だ。
「ウォフ。どこへ行くだ」
「2階です。魔女の仕事場です」
「なら丁度いいべ。これ持ってけ」
ホッスさんが皿を見せる。
皿には白黒のサンドイッチが並んでいた。
「これは?」
「魔女が何か軽く食べたいと言ったから作ったもんだ」
軽食か。
白黒……白いパン豆と黒いパン豆の生地を使っているのかな。
ひとつ勧められたので食べる。これは、マスタードとキュウリと細切れハム……だ。
キュウリがたっぷり膨らむほど入っていた。
歯応えがありシャキシャキしている。
それと白パン豆の柔らかさと黒パン豆の硬さが絶妙に合っていた。
塗られたマスタードの酸味が効いていて、細切りハムの量は少ない。
それでこのサンドイッチのメインがキュウリだと分かる。
「美味しいです。キュウリサンドイッチですか」
「んだ。ハイゼンでよく食べていて思い出して作ってみただ」
「へえー……僕、これ好きです」
キュウリがメインってところがいい。
「本当はキュウリのエール漬けを使うだ。これがまたエールによく合うだ」
「ビール漬け……」
「エール漬けだべ」
「あっ、そうでした」
前世の記憶にある。キュウリのビール漬けに一時期ハマッていた。
そうか。ハイゼンには似たようなのがあるのか。
ホッスさんに言われ、キュウリのサンドイッチを持っていく。
仕事場のドアを叩く。




