探しモノ①
さて本当に何をしようか。
いつもならダンジョンのゴミ場に行くんだけど閉鎖されている。
アリファさんの弟のアガロさんがダンジョンの異変を討伐するまで閉鎖は続く。
いつまでなんだろうな。
彼は今日も酒場で飲んだくれているだろう。
閉鎖されてからずっとそうだ。
アリファさん曰く、異変討伐の仲間を待っているとか。
ダンジョンの異変は第Ⅱ級でもソロ討伐はとても難しい。
異変を単独で討伐出来るのはおそらく。
この世界で27名しか居ない第Ⅰ級探索者ぐらいだろう。
待っているので何もせず酔っぱらっている。
正直、酷い有様だ。
閉鎖された日の格好良いアガロさんは何処へ行ったんだ。
それとハイドランジア周辺の全てのダンジョンが閉鎖されたわけじゃない。
閉鎖されたのは街の中にある中央ダンジョンだけだ。
だから討伐者の多くは現状維持という感じだ。
元々中央ダンジョンは階層が深くて強い魔物が多く実入りは少ない。
だから潜るのは第Ⅳ級か第Ⅲ級。第Ⅵや第Ⅴ級は見掛けることが珍しい。
だがその5つのダンジョンにゴミ場はない。ゴミ場は中央だけだ。
正直、事情があるのも分かるけど早く閉鎖を解いて欲しい。
今はまだ、あと2か月は生活できる。
それ以上は難しい。
魔女の依頼だけで生活できるわけじゃない。
ただ魔女の依頼は実入りはでかい。
それと相談すれば生活はなんとかなるのは分かっている。
だけど魔女は厄介なので引き受けたくない。
あれは地雷系で重い女だ。
「……やっぱり探すか」
僕はため息をつく。
あまり良い手段とはいえないし危険だ。
しかしそれらを上回るほど儲かる。
僕は三日月の器を見る。
「…………」
これは使い方次第では莫大な金を生む器だ。
とてもあんな採取依頼で報酬になっていい代物じゃない。
そもそもレジェンダリーだから在り得ない。
あの魔女は何を考えているんだ。
詳細は省くが魔女は僕の【バニッシュ】を知ってしまった唯一の人物だ。
あと【危機判別】か。
【フォーチュンの輪】と四つ目のレリックのことは知らない。
何か思惑があると考えたほうがいい。
それがなにか分からないが……それについて考えても仕方がない。
相手は魔女だ。
だがその儲け方法には必要なモノ・探し物がある。
僕はナイフを装備して家を出た。
僕が探す物はこの世界ではあまり一般的ではないモノだ。
流通はしているが流行はしてなくまだ珍しい。
しかし前世からするとそれが珍しいというのは苦笑してしまう。
それが珍しいもの扱いは……教養というか教育の問題だ。
原因のひとつに識字率が低いのもある。
誰もが教育を受けられる世界じゃないからだ。
だから誰もが文字を読めて書けるわけじゃない。
僕は叔父に教わったので文字を読めて書ける。
もっとも上達には前世の記憶が役に立った。
雑貨屋に到着。探し物があるのはこの店の一角だ。
狭いスペースで棚もひとつ分ぐらいしかない。
それは滅多に売れない。
むしろ置いてあるだけマシな方だ。
「おう。いくつ買う」
「そうだな。オヤジ。ポーション5つ」
「へい。毎度」
「あーああ、しっかし、参ったよなあ」
「あいつらだろ。第Ⅳ級の『青竹の剣』だろ」
話しているのは探究者だ。
店主が世間話と口を挟む。
「なにかあったんですかい。『青竹の剣』はウチもご贔屓にさせてもらってまして」
「ああ、そうか。気の毒だな。オヤジ。あいつら。例の森に入った」
「あの森に!? それはまた……」
「最近増えているんだよな。街中専門の探索者が森に入っていくのがよ」
「閉鎖されて依頼が殆ど無くなったからな」
「おまけに他のダンジョンも殺到しているからな」
「そういう話はこちらでも聞きます。しかし、前から気になってたのですが、どうして森に入ったと分かるんですか」
「あー、それは確かギルドに保管されているレジェンダリーの笛があるんだよ。そいつが鳴ると森に入ったっていうのが分かるらしい」
「笛ですか」
「実際に森の周辺で笛の音が聞こえたっていうのもある」
「なんか関係あるのかもな」
「そうなのですか。へい。ポーション5本です」
閉鎖されて色々と探索者達にも被害が出ているみたいだ。
気の毒に思うが、それはさておき探し物は本だ。
僕は薬草図鑑と回復薬辞典を探していた。
あるいはそれに近い本か似た本だ。
どちらもあれば―――珍しい。先客がいる。それも少女かな。
本棚の前で一番上の棚をジッと見て、手を伸ばす。
だが届かない。ジャンプするが届かない。
長短の二本の白い尻尾を不機嫌そうに絡めて揺らしている。
「ぬう」
「これですか」
ひょいっと僕は一番上の右から四番目の本を手にした。
「う、うむ。すまぬのう」
見上げるように礼を言う、あれ。この少女。
どこか見覚えがある。
薄緑色の髪に白いメッシュが入った猫獣人の美少女。
黒いローブ姿でフードを被り片目を髪で隠していた。
フードが猫耳型に盛り上がっている。
木の杖を腰に提げていた。白いふたつの長短尻尾が揺れている。
あっ、思い出した。
リヴさんと同じ第Ⅲ級探索者。
女性だけのパーティー・トルクエタムのメンバーだ。
ただ名前は……知らない。
「いえ、僕もこの本棚に用がありまして」
「ほう。本が読めるのかのう」
「ええ、まあ」
「それは感心じゃな。おぬしのような若い……はて。ぬし。どこかで会ったことはないかのう?」
「え、どうでしょうか」
僕は確かに会ったことはある。
だけどあのとき、死にそうになっていた彼女にその覚えはないはずだ。
彼女は小首を傾げる。
「ふうむ? 気のせいかのう」
「たぶんそうだと思います」
「……それなら、すまぬな。下手なナンパみたいなことをしてしまったのう」
「へ? そういえば、そうですね」
僕は苦笑する。彼女はハッとして慌てる。
「いや、決してわらわはナンパなぞしておらぬからなっ」
「えと、それはもちろん。わかってますから」
「そ、それならばよい。ではのう」
そそくさと彼女は本を手におそらくカウンターに向かって行った。
僕はやれやれと本棚を改めて見る。
見回して探したが……目当ての書物は無かった。
「物語や詩の本が多いな」
本棚の大半は娯楽で埋まっていた。
後は古い表紙の料理本と旅行記が隅っこにある。
ふたつとも色褪せている。何年もあるんだろう。
料理の本は興味があった。手にとって見てみる。
「……パン豆にこんな調理方法があったのか」
これは買ってもいいかも知れない。
値段はどうだろう。
本は高い。スクロールほど普及していないからだ。
しかしこれは古い本。
交渉すれば安くなるかも……値切るのは苦手だけど。
「目当てのモノは見つかったようじゃな」
「え?」
彼女が居た。長短の白い尻尾をご機嫌に揺らしている。
なんだろう。




