僕らの旅路:準備編④・スキアー・コフィン・エレ。
魔女の家に行くと、完成したと言われた。
「籠手ですか」
「それはそれは、あともうちょっとだねえ」
「それじゃあなにが?」
「ふふ、ふふ、完成したのは『スキアー・コフィン・エレ』だねえ」
「……?」
なんぞそれ。首を傾げると魔女は苦笑する。
「まあまあ、実際に見に行ったほうが早いねえ」
「……どこにあるんですか」
「ではでは、今から行こうかねえ」
魔女が懐から薄緑色に光る球を取り出す。
あれは確か―――そうだ。転移する―――気付くと僕は薄暗い空間に居た。
周囲に沢山の大きな鉄箱が山のように積んである。
まるで倉庫だ。薄暗く、赤い光が所々に点滅していて、とてつもなく広い。
積んであるのは鉄だけじゃない。木・銅・銀・金と見たことない鉱物製の箱もある。
箱の棚も迷路のように並んでいて、様々な箱が無造作に並べられていた。
まるで箱の異世界。
あっ確かここは……チャイブさんのお店だ。
歩いていくと、ポツンと半円型のカウンターが現れた。
カウンターの周囲にも色々なカタチと材質の箱が所せましと積んである。
隅に呼び鈴が置いてある。魔女が鳴らす。
チンチリーンっと鳴った。
「はいはーい。いらはいって、ゲッ、魔女」
黄色いローブとフードを深く被った背の低い人物がカウンターの下から現れた。
魔女を見て嫌そうに鳴く。
「おやおや、随分な態度だねえ」
「っとー! ウォフっ!」
「お久しぶりです」
「あーうん。おひさー……」
チャイブさんはぎこちない態度で手をヒラヒラと振る。
その腕には僕があげたブレスレットがキラリと光った。
魔女も他の子たちもそうだけど、いつも身に着けているのは嬉しい。
だけどその恥ずかしい。
「さてさて、挨拶は済んだねえ。チャイブ。さっそく完成した『スキアー・コフィン・エレ』を見に来たねえ」
「あー、あれならー最終調整前だけどー」
「それでもそれでもかまわないねえ」
「ならーこっちこっち」
チャイブさんはカウンターから出て歩き出す。
『スキアー・コフィン・エレ』ってなんなんだ。
「そういえばそういえば。昨日、『ハイドランジアグランドホール』で騒ぎがあったらしいねえ」
「へえー、闘技場って壊れたままなんだよねー」
「…………」
「それはそれは、予算が無いからねえ。グランドギルドとアルヴェルドから修繕費は出すみたいな話はあるねえ」
「あの僕は」
「ああ、ああ、コンが出しておいたねえ」
「えっ、魔女が?」
聞いてないぞ。魔女は微苦笑する。
「あー、ウォフっちだと払えないからねー……借金もしているからねー」
「ヴッ!」
胸が痛くなる。1億近く。今も返すあてがないです。
もうしわけない。
「ちなみにー魔女はおいくらー払ったのー?」
「えーとえーと。確か三等分したから50億オーロだったかねえ」
「50億……!?」
え? 50億? ごじゅうおく? ゴジュウオク?
「つーことは150億かーあの規模だと妥当かー」
「まあまあ、これで資金は出揃ったけど本格的に動くのはまだまだ先だねえ」
井戸端の世間話のように言っているけど、50億払ったの魔女!?
「あ、あの魔女……なんでそんな……」
僕のただならぬ怯えた様子に魔女はきょとんとしてから。
「それはそれは当然だねえ。弟子の始末は師匠の役割だからねえ。それにコンも今回は多少の関わりと責任があるからねえ」
「で、でも」
「ウォフっちはー責任とか感じているんだよねー」
「それはもう!」
「だったらさー大丈夫。ウォフっちならー50億ぐらいポンっと返せるよー」
チャイブさんは優しく微笑んだ。
「えっ、は? 僕が?」
「ウォフっちならー絶対できる」
なんでそんな自信満々なんだろう。
50億とかどうやって稼げばいいか分からない。
前世の記憶を総動員してもマヨネーズの作りかたと同じぐらい不明だ。
「おやおや、おや、チャイブもそんな女の顔をするようになったねえ」
「なぁーっ!? 女の顔って、ボクは女だよーっ!」
プンスカするチャイブさん。魔女は器用に尻尾でチャイブさんの頭を撫でる。
逆モフモフだ。やめれーとかチャイブさんが尻尾まみれになりながら言っている
そんなふたりを仲良いなーと眺め、とりあえず頭の中の50億を今は封印する。
いつまでも申し訳なく思うと魔女も何も楽しめなくなる。
目の前に巨大な黒く細長い箱が現れた。
なんだこれ……圧倒された。
とても巨大な黒い箱だ。しかも同じぐらいの巨箱が少しズレて乗っていた。
箱は金縁されて中心に花十字を模した紋章がデカデカと描かれている。
目立つ。とにかく目立つ。
この紋章は魔女の印だ。前世の記憶でいうところの花押。
ん? んん? この箱……バカでかい車輪が六つも付いている。
あっ分かった。
「巨馬車?」
「だいせーかーい!」
チャイブさんが手を叩く。
「えっ、巨……いやこれキャラバンのよりでかいですよ!」
僕はキャラバンの巨馬車に1週間お世話なったことがある。
だから巨馬車を知っている。この巨馬車はその2倍もあった。
「さあさあ、ウォフ少年。さっそく中に入ってみようかねえ」
魔女の三つの尻尾にぐいぐい押されて僕は巨馬車の中へ。
まず入り口は右前の1か所。非常口が左後ろにある。
ガルウイングみたいに開くタイプで、開いたドアはそのまま階段になる。
僕たちは前の右側から入った。まず入って驚くのはその広さだ。
キャラバンの巨馬車も面積はそれなりだったけど、これはもっと広い。
まず目に入ったのは左にあるキッチンだ。
それも最新式の前世の記憶にあるシステムキッチンそのまま。
そして食料保存庫。
キッチンの横にはダイニングルーム―――まるで家みたいだ。
ダイニングルームがあるのは先頭部分だ。そこから階段と各部屋がある。
部屋は全部で6つ。
全て左側で右側は通路になっていた。まるで客車両だ。
部屋はベッドと机と窓とクローゼット。まんま列車の客室だ。
通路の奥のちょっと手前に物置とトイレ。
1階の最後部はお風呂場になっていた。
更衣室があって大きな風呂場だ。
なんとこの巨馬車。水道管と下水管がしっかり通っていた。
水道は最上部にタンクがある。
下水管は中央の最下部に排泄物用の特殊タンクで処理されている。
なんでもスライムの溶解液を使った特殊なタンクらしい。
溜まった排泄物を1日かけて溶かしていくとか。
その溶解液は1か月ごとに交換する。
風呂場の下部には超小型のボイラーがあってお湯が出る。
前世の記憶だと当たり前だが、この世界だと信じられない技術だ。
そして2階へ。2階の先端部は御者室。
室内は思ったより狭く、台座と石が置いてあるだけだ。
「これは?」
「伝達親石だねー」
確か言葉を伝えることが出来る石だったか。
親石と子石があって、親石を使って子石に声を伝達する。
『シードル亭』のVIPルームで注文するときに使われている。
「これだけですか。手綱とかは」
「それはそれは必要ないからねえ」
「ないんですか」
馬車だから馬が引くはずだ。巨馬車は魔物の馬が引く。
当然、馬具は必要不可欠だ。どういうことだろう。
ひとまず置いといて、御者室から最上部に出ることが出来る。
ここには丸く柵があって簡易な見張り台になっていた。
2階は左が通路になっていて右側は魔女の作業場と寝室と客室。
1階と正反対になっていた。右側の奥に物置とトイレ。
トイレは1階と2階が同じ位置だ。
そして2階の最後部は前面ガラス張りの展望ルームになっていた。
「うわぁ……すごっ」
展望ルームは三段の円形になっていてソファが備え付けられていた。
座って絶景を見られる。なんて素敵なんだ。
「この辺はねーもう、かなり苦労したよーガラス張りとかさー」
「うんうん。いいねいいね。要望通りだねえ」
しかもガラス張りの左右にはドアがあり、ちょっとしたバルコニーになっていた。
「……動く家じゃないですかっ!」
「そーだよねーようやく完成だよー」
「うんうん。うんうん。長かったねえ。完成に8年近く掛かったねえ」
「そんなにですか」
「だよねー……本当に苦労した。苦労したけどーでもさー」
「……」
そうだ。僕も途中で気付いてしまった。
普通の馬車に転移ゲート置けば、それでいいのでは?
それかハイゼンに行くキャラバンか商人に頼んで転移ゲートを持っていってもらう。
そんな考えが頭をよぎったが僕は小さく頭をふる。
それは確かに便利だが、コスパも最適だが、そんなのは求めていない。
僕は楽をしたいんじゃない。旅をしたいんだ。
「さてさて、ウォフ少年。気に入ってくれたかねえ」
「は、はい。とっても凄いです」
前世の記憶にあるキャンピングカーでもここまでのモノは無かった。
「ではでは、ハイゼンまではこれで行けるねえ」
「えっ、これを使って?」
「そうそう。コンも一緒に行くねえ」
「ええぇっ!? 魔女が一緒に!?」
僕は驚いた。吃驚仰天する。それはそうだ。あの魔女が旅行だぞ!?
魔女はやや拗ねるような態度をとる。
「なになに、ねえねえ、ウォフ少年はコンと一緒に旅するのは嫌なのかねえ。そういえば誘われてもいないねえ」
明らかにしょんぼりする。ええっ、だって。
「いや、嫌ってわけじゃないですよ。誘わなかったのは、前にどこか旅行にいきたいですねって話をしたら、露骨に嫌な顔をされて素っ気ない態度をとられたから、引き籠もってたいんだろうなって思ったんです」
「あっあっ、そ、それは」
「あーそれはー魔女が悪い」
チャイブさんがじろっと魔女を見る。
魔女は困ったように狐耳と三つの尻尾をオロオロさせながら体を揺さぶる。
「うっうっ、い、今はとてもとてもコンは旅行したいねえ!」
「わかりました。一緒に行きましょう」
僕は子供みたいな魔女にくすっと笑った。
「うんうんっ!」
魔女は満面の笑みを浮かべた。
僕たちは『スキアー・コフィン・エレ』から出る。
後は細かい調整だけで明後日までには間に合うそうだ。
こんなでかいのに乗って旅か。
ああ、ワクワクしてくる。
旅か。




