僕らの旅路:準備編③・ナイフの女神様。
あの場の雰囲気というか勢いでつい使ってしまった。
攻撃用というのは信じていた。そういうことで嘘をつくようなひとじゃない。
強さというのに誠実で純粋なのは伝わった。
まあキスされてチョロくなったから使ったのは否めない。
「…………」
レリック【ビブラシオン】:振動する。振動を扱える。
「クエイクじゃないのか……」
振動……か。
試しに使ってみると、うわぁっ、右手がノイズみたいになった。
震えるとか特に変化はない。試しにそのノイズだらけの右手を岩に近付けてみた。
岩が震え出す。更に岩に触れ続けるとヒビが入った。
「うぉっ、これが【ビブラシオン】」
なんだか思ったのと違ってまだよく分からないな。
なにはともあれ。新しいレリックを手に入れた。
後はそうだな。
「……ナイフ買わないとな」
なんだかんだ結構、また折れていった。
今回のは戦利品ばかりだったけど。
「あっ、忘れてた。アガロさんのナイフ改2!」
直してくれるってリヴさんと約束したけど、リヴさん行っちゃったんだよな。
でも行先は偶然にも同じハイゼンだ。
「向こうで会えるから、あれも持っていくか」
アガロさんのナイフ改2は部屋に仕舞ってある。
忘れないで持っていこう。
「誰かにバレる前に帰るか」
見つかったら確実に捕まりそう。
「なんだなんだ。さっきの騒ぎは?」
「こっちだぞ」
「また誰か侵入したのか」
「直ちに捕らえろ! 抵抗するなら」
ゲッ、衛兵たちだ。それもゾロゾロと出てきた。
ヤバイ。このままだと、どうしよう。
「ニャア」
えっ、黒猫? いきなり目の前に現れた。
僕をジッと見ている。
「ニャア」
もう一度、鳴くと歩き出す。
少し進んで振り返った。
「ニャア」
ひょっとして付いて来いってことか。
「ニャア」
また歩き出す。
「悪党どもが根城にしていた可能性が高い。虱潰しに探し出せ!」
マズイ。こっちに来る。ええい、縋るなら猫の尻尾も、だっ!
黒猫の後をついていく。
不思議なことに衛兵に遭遇せず、無事に闘技場跡から脱出できた。
「あ、ありがと」
「ニャア」
黒猫は鳴くとやけに長い尻尾を振って去っていった。
「……まさか、猫に助けられるとは」
ファンタジーだなと思いながら僕は家に帰った。
夜。
真っ白い謎の霧が立ち込める謎の白い空間。
「……………」
僕はその空間で立ち尽くしていた。
あー、やっぱりなぁ……あれだけいっぺんに折ったからなあ。
寝たら来るんじゃないかとは薄々と思っていた。
「ウォフ」
刃物の煌めきを持った神秘的な超然とした美女が現れた。
ナイフの女神様だ。僕は一礼する。
「ご無沙汰しております」
「『破壊の崩者』にして王の守護神【サウザンド・キルアルコス】であるアルヴェルド・フォン・ルートベルトに勝利したようですね」
「はい。女神様のおかげで勝ちました」
そうだ。彼女にも渡そう。
僕はブレスレットを取り出す。
鋼色の輪に銀の宝石が填め込まれたブレスレットだ。
「こちら感謝の証です」
「あら、こうかしら」
手をスッと出す。僕は丁寧にナイフの女神様の腕にブレスレットを通した。
ナイフの女神様はブレスレットを見ている。
「どうですか」
「こういうの嫌いじゃないわ」
「よかった」
ふふっとナイフの女神様は笑って。
「感謝の御返しをしないとね。でも皆と一緒は女神として面白味が無いわ」
「やっぱり知っているんですね」
「ええ、まぁ一応……ね」
何故か歯切れが悪い。
「ナイフの女神様でもブレスレットの効果の影響はあるんですか」
「それは無いわ。でも私だけ仲間外れは嫌なの。そうね。決めたわ。ウォフ」
「は、はい」
ナイフの女神様は急にバッと両手を大きく広げた。えっなんだろう。
「あなたの好きなところにキスしなさい」
「え」
「私の身体の好きなところにキスしなさい」
「…………体の好きなところ……」
僕は女神様の身体を眺める。
白い布越しに膨らんだ胸。キュッと締まった腰。大きなお尻。
理想的なペットボトルボディ。魔女と同じくらいスタイルがいい。
するとナイフの女神様は顔を赤くして言う。
「好きなところとは言いましたが、だからといって……胸とかお尻はさすがに」
「ち、違いますっ」
僕は慌てる。つい見てしまっただけだ。男なら誰だって見る。
それほどナイフの女神様は神秘的にうつくしい。まさにビーナス。
「そうですか……?」
ジロっと白い目で見る。
「誤解です。あの手を差し出してもらえますか」
「こう?」
「はい。で、では、失礼して」
その手の甲にキスをする。ふわっと優しくを心掛けた。
「…………」
「ナイフの女神様?」
「……まぁいいでしょう」
明らかに不満そう。大きなため息をつかれた。
いやでも穏便にこうするしかないじゃないか。
「他のところが良かったですか」
「そうではありません」
「唇が良かったですか」
「ウォフ。女神の唇を奪うのはどういうことか分かっていますか」
睨まれた。
わからないけどヤバそうだ。
「ごめんなさい」
「もういいです」
「……」
「……」
「はぁ……」
ナイフの女神様は溜息をつく。なんだか空気が微妙になってきたな。
話題を変えるか。ちょうど聞きたいことがある。
「あの、ナイフの女神様に尋ねたいことがあるんですが」
「なんでしょう」
「僕に剣を持てない呪いを放っている剣の神様が戦争で砕けたと聞きました」
「……それは事実です。砕けた破片はそれぞれ剣の女神の娘となりました」
「娘だけですか」
「ええ、何故なら剣の神は女神だからです。器物系の神は男神との交わりで神を産みますが、砕けることによって神を生むこともあるのです。それは神の性別に左右されます。男神が砕かれれば男神だけ。女神が砕かれれば女神だけになります」
「へえぇ……」
ナイフの女神様は何か思案顔をする。
「ひょっとしたら剣の女神の娘ならば呪いが効かない可能性があります」
「本当ですか?」
「ええ、ただし。砕かれてもうどのくらい月日が経っているのか分かりません。それにどのくらいの娘が居るのかも不明です。出会えたとして協力してくれるかもわかりませんし、出会えるのかもわかりません」
つまり時と運次第か。
「分かりました」
「ごめんなさい。それくらいしか言えないのです」
「いいえ。希望が持てるだけでも収穫です。剣の女神の娘は、その剣の姿をしているんですか?」
「人の姿になっていてもおかしくありません。種族問わずです」
「なるほど……ひょっとして子供とか」
「あり得ます」
「そうなると子孫とかも」
「剣になるかどうかは難しい質問です」
「わかりました……」
まぁ結論として期待はするなってことかな。
「さて、それでは……本題に入ります。ウォフ。妙な方法でナイフを手に入れませんでしたか」
「は、はい。ポーチを掃除していたらナイフがありました」
僕は見せる。鞘に付いたフジツボと貝とサンゴは何故かどうやっても取れなかった。
ナイフの女神様は頷く。
「それはお礼です」
「御礼?」
「あの『デス・アブストラクト』を倒したことによるサハギン達の解放の御礼です」
「だ、誰から? サハギン?」
サハギンってあの襲ってきた。御礼?
「あのサハギンはイベント発生装置によって発生したダンジョンの魔物です。ですがダンジョンの魔物とはいえ、眷属の姿をしたモノたちの哀れな姿に心を痛めていたのでしょう。彼女は慈愛が深いですから」
「かなり倒しましたけど」
「それで良いのです。もはや救いはそれしかありません」
「彼女……海の神様ですか」
「———『大海抱母』です。いいですか。ウォフ。全ての生命は魂の海から生まれて魂の海に還るのです。神々も例外ではありません。そして貴方は気付いていませんが、海と深い関わりがあります。髪の色が青なのがその証拠です」
「僕が……」
確かに髪の色は青だけど……そういう理由だったのか。
「さて今回はその異なる海のナイフの使用方法を教えましょう」
「ナイフの使い方?」
「はい。それは特殊なナイフです。扱い方を覚えればこの先で必ず役に立ちます」
「……ご指導お願いします」
異なる海のナイフって、特殊ってなんだ。一抹の不安が僕を襲う。
「それと私からも特別なナイフを差し上げます」
「あ、ありがとうございます。あの僕、これ以上ナイフを折りたくないんですけど、どうすればいいですか」
「わかりません」
「呪いとかじゃ」
「ありません」
「ええぇぇ…………」
即答すぎる。ナイフの女神様は仕方なさそうにする。
「正直、ナイフの女神でもある私にもわかりません。単なる偶然が重なっているだけかも知れません。とにかく気を付けてください。そうとしか言えないのです」
「は、はい」
そうとしか言えないのか……これまで以上に気を付けるしかないのか。
それしかないのか。ナイフの女神様の表情を伺うと……それしかなさそう。
「それともうひとつ。レリックを手に入れましたね」
「は、はい」
「【ビブラシオン】―――扱い辛いですが、便利なレリックです。こちらも使用方法を教えます」
「ありがとうございます」
「しかし、所持できるか確かめずにレリックを入手するのは感心しません。何故セイホウ教へ行かなかったのですか?」
ナイフの女神様は僕を非難するように目線を細めた。
まるで刃物みたいな光を宿していて、僕はゾクっとする。
「セイホウ……?」
何の事だろう。
ナイフの女神様は不思議そうにしている。
「ひょっとしてご存じないのですか」
「はい。セイホウが……なんでしょう?」
セイホウってあのセイホウ教だよな。
「セイホウではお金が掛かりますが、魂の器の総量を確認することが出来ます」
「えっ! そんなこと可能なんですかっ?」
初耳だ。
「可能です。そうでした。今のあなたの時代は、レリックプレートが当たり前では無いから知らないのも無理はないですね。では覚えておきなさい」
「は、はい」
「いいですか。今度からプレートを手に入れて使用することがあるならば、しっかりと最寄りのセイホウで確認してから使用してください。最悪、死にます」
ナイフの女神様は厳しい言葉を投げる。
「す、すみません」
頭を下げる。
そうか。セイホウ教はそんなことが出来たのか。
前世の記憶も含めてあまり教会とか縁が無いんだよな。仏教だったし。
あっでも叔父さんが教会は必ずお祈りに1回は行っておけって言っていたな。
そういうことなのか。でもなんで叔父さんは知っているんだ?
あのひと、なんなんだ。
「では、ウォフ。こちらへどうぞ。ナイフの使い方を教えます」
「はい。お願いします」
僕はナイフの女神様に誘われた。
そして僕は知る。異なる海のナイフを。
次の日。
魔女から呼び出された。
え? ついにとうとう完成した? 籠手かな。籠手じゃない。違う?
じゃあ、なにが?
スキアー・コフィン・エレ?
なにそれ……?




