僕らの旅路:準備編②・カエデ=アキマの流儀。
『黒い刃のナイフ』が折れる。いやカエデさんに切断された。
咄嗟に別の……『鋸の刃みたいなナイフ』を出して構える。
彼女の斬撃を弾く。『鋸の刃みたいなナイフ』の鋸部分が欠ける。
そこからポッキリと折れた。あっけない。
「どうしたでござるか」
「くっ」
やはり刀は強い。切れ味が段違いだ。
それなら―――カエデさんの刀をソードブレイカーで受け止めた。
ここは『ハイドランジアグランドホール』……闘技場跡だ。
僕とアルヴェルドがやらかした後、修復の目途が立ってない。
だから今も破壊と崩壊の疵が生々しく闘技場内に残っていた。
どこか寂しい風が吹く。
「ほお、それはなんとも面白いでござるな」
ソードブレイカーの櫛状になった刃に刀はうまく挟まっていた。
どうしてこうなった。なんでこうなった。
回想する。
カエデさんに暇かと聞かれて暇だったのでついてきた。
色々と楽しく話をしながらやってきたのがこの闘技場跡だ。
こんなところと不思議がる僕にカエデさんは刀を抜いて、笑顔でこう言った。
「某も暇で暇でしょうがない」
「そ、そうなんですね」
間合いをとる。嫌な予感がする。
「もうそろそろ発とうと考えていて。だからその前に某は、あの御仁を倒したウォフ殿とたわいのない遊戯をしたいなと思っているでござる」
「へっ? 遊戯?」
そして彼女はいきなり刀を抜いて『ワンステップ』で接近すると切り掛かった。
「斬り合いという遊戯でござる」
「っ!?」
反射的に防いだナイフが切断される―――っという経緯だ。
それにしても、リヴさんといい。ナーシセスさんといい。
どいつもこいつも女性陣はいきなり攻撃するのが多いんだ?
「その奇怪な形状。知っているでござる。確かソードブレイカーだったでござるか」
「ご名答……!」
「むっ」
彼女の刀がソードブレイカーの櫛に完全に絡まっていた。
あとは捻ると刀が折れる。そういう仕組みだる
「これで終わりにしませんか。折りますよ」
安っぽい脅迫。慣れていない。
そういえば彼女、目隠ししてどうしてこう正確に見えているんだろう。
「……まだまだ、まだでござる。ウォフ殿。某は遊び足りないでござる。それに『鬼一法眼』はこの程度で折れるような《《鬼業物》》ではないでござるよ」
カエデさんがニヤリと口の端を愉快に歪ませ、刀を引いた。
明らかな自殺行為だ。しかし刀を引くと同時に折れたのはソードブレイカーだった。
「っ!」
櫛状の刃がボロボロと崩れていった。
ナイフが悉く折られていく。
これだけ折れたのはアルヴェルド以来だ。
僕は下がった。カエデさんも距離をとる。
『鬼一法眼』を軽く振って鞘に仕舞う。
「ウォフ殿。某は『難攻不落』と呼ばれる女人のひとりでござるよ」
「そうですよね」
知っています。だからなんだ。
「であるならば、このまま某を攻略するのは筋であろう。『難攻不落の攻略王』」
「なにを言っているのかわかりません」
ホントいきなり何を言っているんだ。
呆れた途端、空気が変わった。
「———そうつれないことを言わないで欲しいでござるよ」
カエデさんは愉しそうに髪をまとめている白い布を取った。
彼女の黒髪が艶やかに流れ、先端から中程まで一気に桜色に変わる。
彼女の額の真ん中も膨張して突き破るように剃り立つ長い角が生えた。
この変化の仕方。
「疑似化神レリック―――っ!?」
反射的に本能的に僕も【ジェネラス】になる。
カエデさんは紅に染めた唇を揺らして笑う。
「ご明察でござるな」
言いながら赤く線が引いてある目隠しの布を取る。
「……」
濃く深い紫色の双眸が僕をとらえた。
「疑似化神レリック【キシンドウジ】……さあ、某を攻略しておくれ。旦那様」
刀を鞘に納めたまま構える。前世の記憶で知っている。
あれは居合いだ。直感する。あれはマズイ。
「【ファンタスマゴリア】」
無数の【バニッシュ】をカエデさんに一気に勢いよく放つ。
彼女なら死にはしないだろう。
「———鬼一文字」
抜き放った刃が線を描いて【ファンタスマゴリア】を全て断った。
それを見た瞬間、【レーヴフォルム】しそうになった。
使えば勝てる。勝てるだろう。しかしクールタイムに1週間も掛かる。
これからの旅。もしかしたら万が一がありえるかも知れない。
グッと我慢する。それにこのままで【ジェネラス】で勝たないといけない。
それと、あれにばかり頼っていたら、本当の意味で強くなれない気がする。
僕は、僕自身が強くなりたい。
カエデさんが一瞬で間合いを詰めて刀を振るう。
槍の『木閃』を……いやダメだ。
「【宇宙の腕】」
『鬼一法眼』が僕の宇宙になった腕を擦り抜ける。
「ムッ、変な感触でござるな」
瞬時にカエデさんは離れた。判断が早い。
「それだけじゃないですよっ!」
今度は僕が攻める。
『ワンステップ』で間合いをゼロにして【宇宙の腕】で殴った。
『鬼一法眼』の刀身を―――同等の切れ味を返すと、その刀身がポッキリ折れた。
「なんと!?」
【宇宙の腕】は宇宙を纏って相手の攻撃を通す。
またその攻撃を相手に殴ることで返すことができる。
だから僕は『鬼一法眼』の切れ味をそのまま返したわけだ。
「どうだっ」
大業物か鬼業物だか知らないけど、同じ威力なら折れるだろ。
「よもやその様な手段があるとは、ふっは、わっはははははははっっっっ」
カエデさんは大笑いした。
「へ……?」
拍子抜けする僕。
「うむ。ここは某の負けでござる」
カエデさんは大笑いするとあっさり負けを認めた。
その証と刀を収めて疑似化神レリックも解く。
僕も解く。カエデさんは赤い線の入った目隠しをした。
「負けって」
「某の負けでござる。いやー完敗。天晴れでござる」
「…………」
「久しぶりにとっても楽しかったでござるよ。やはり強者との戦いは身も心も弾む」
「そ、そうですか……」
「ウォフ殿も案外まんざらでは無かったでござろう」
「僕は必死なだけでしたよ……」
カエデさんは強い。
まだまだ切り札も奥の手もとっておきも絶対にもっているはずだ。
だからこんなにアッサリと負けを宣言するとは思わなかった。
「ふむ。しかし、ナイフは申しわけない。良い短刀があれば差し上げでござるが、生憎と某この二振りしか持っておらぬ」
「いえ、まあ、仕方ないです。僕もカエデさんの刀を折りました」
「そうであるがしかし。やはり何か、おおっそうであったな!」
カエデさんは手を打つと、胸元に手を入れて何かごそごそと取り出した。
普通はポーチから出すのでは?
やや呆れた僕はそれを見た瞬間、目を見開いた。
カエデさんが見覚えのある黒いプレートを持っていたからだ。
「それは」
「これはレリックプレートでござる。使えばレリックが与えられるでござるよ」
「これを僕に?」
「斬り合って気付いたのでござるが、ウォフ殿は攻撃の手札が弱いでござる。それは自身も感じておるでござろう」
「……は、はい」
アルヴェルドの勝負で痛感した。僕には攻撃の手札が少ない。
槍の『木閃』を手にして『蒼穹突破流』を習っている。
だが習い立てで、【レーヴムーヴ】がなければまともに技も使えない。
それに僕の槍の才能は、年数を重ねればいずれ上達するかも知れないレベルだ。
つまり普通。
僕の才能はアルヴェルドと同じタイプだ。レリックを扱う才能。
それでもアルヴェルドには及ばない。あれは天才で僕は秀才だ。
「通常レリックプレートを使って授かるレリックはランダムでござるが、このレリックプレートはアタックタイプ。攻撃専用レリックを授けてくれるでござる」
「攻撃専用ですか」
そんなのもあるのか。言われると知っているレリックプレートと少し違う。
僕が知っているのは赤い線が入っているが、このプレートは白い線だった。
「どのような攻撃レリックであれ、きっとウォフ殿の手助けになるでござるよ」
そう言って僕はレリックプレートを渡される。
「……ありがとうございます」
「某こそ、礼を述べるでござる。充実してもはやこの地に未練はなし。早々に立ち去ることにするでござるよ。では、また斬り合えることを楽しみに……ああ、そうであった。うっかり忘れるところでござったよ」
「?」
カエデさんは苦笑し、僕の唇に軽く自分の唇を重ねた。
「———次に斬り合うとき、また某が負けたら……それで某の攻略は完了でござる」「…………それはどういう意味で」
「それでは、次に逢えるのを楽しみにしているでござる。では失礼つかまつる!」
意気揚々と満足したようにカエデさんは黒い傘を被って去っていった。
僕は複雑な感情で彼女の後姿を見届ける。
ふいに唇からほのかな桜の香りがして。
貰ったレリックプレートを僕はその場で使った。




