穏やかなハイドランジア⑧・手紙。
頭にターバンを巻いた褐色の肌をした男。
異国風の衣装を身に纏い、絨毯の上には商品はなく古いトランクがあった。
ターバンで目元が隠れて顔がよく見えない。
だけど間違いない。僕がブレスレットを買った露天商だ。
「お久しぶりです。ブレストレット。ありがとうございます」
「にいちゃん。その様子だと役に立っているみたいだな」
「はい。あのブレスレットはレガシーなんですか?」
そう尋ねると露天商の男は笑った。
「よく気が付いたな」
「どんなレガシーか伺っても?」
「構わねえが、その前にひとついいか」
「なんでしょう」
「ブレスレットは異性に渡したんだよな?」
「はい。感謝の証でプレゼントしました」
「そのお礼は貰ったよな?」
「は、はい。それが……」
「貰ってないのか。そうか。そういうこともある」
あるのか。ちょっと言うのが恥ずかしいけど誤解されているような。
「いえ、その、キ、キスです」
「は? 待て。おい。待て待て。それは、そうか。あれだけ大量に買ったんだ。ひとりかふたりはキスするのもいるか……」
「い、いえ、全員です」
「はあぁっ? ま、待て。待て。待てい。全員だと? 全員っ? ぜんいんっ!?」
「はい。渡した全員にお礼としてキスをもらいました」
そう言うと露天商は僕を信じられないという顔をしている。
なんだ。
「いやいや、いや、そんな……あり得るのか。あるのか?」
「えーとなにが」
「キスというのはお礼の最上位。つまり好きってことだ」
「えっと……?」
「いいか。ブレスレットは、たった1度だけだが、渡した相手に対する気持ちや想いがお礼として表れるようになっている。一番低いのは『ありがとう』の言葉だけだ」
「うわぁ……ああ、でもキスといっても頬や額が多かったです」
だから最上っていうのは無いかと。
「それは相手が唇にキスしたことがないからだろう。あるいはしたいけど、してもいいかどうか迷った表れだ。間違いなく好意がある」
なるほど。だが疑問がある。
「そういうことなのはわかりました。だけど、どうしてブレスレットに関して説明してくれなかったんですか」
「そいつは俺の親切心だ。説明すると相手の気持ちや想いがバレるだろ。意中の相手に渡したら、ありがとう。の言葉だけ。これは知らなかったら喜んだはずだ」
「そ、それは……確かにそうですけど」
「真実は知らないほうがいいこともあるのさ」
「でもそれで勘違いしたら」
「まぁ、そんときはそんときよ」
露天商は苦笑する。
「それはさすがに」
「それくらいは見抜けないとな」
「……それも確かに」
難しいなぁ。露天商は腕を組んで感心するように言う。
「だがあれだけのブレスレットを―――にいちゃん。まるでウォフだな」
「ごほぉっ!? ごぼっごほっごほっごほっっ」
「お、おい。だいじょうぶか。にいちゃん」
思わず咳き込んでしまった。
「だ、だいじょうぶ。ところで、ウ、ウォフって?」
「知らねえのか。身長2メートルの大男で、なんとあの魔女の弟子だ」
「……身長2メートル……」
「しかもやたら強くて無類の女好きで女誑しで色欲魔。あの第Ⅰ級探索者の『難攻不落』を堕とそうとしている天下の無謀者らしい。だから『夜の攻略王』とか『夜王』とか色々いわれている。だが最近は、『夜の槍王』だな」
「よ、夜の槍王……?」
「槍が得意で、特に『夜の槍』は凄まじいらしいぞ」
「……へ、へえー」
『夜の槍』ってなんだよっ! 『夜の槍王』ってなんだよっ!?
身長2メートルって化け物じゃないかっ!
どうなっているんだ。悪化している。
『ケルベロスターン』……なにをしたんだ。
まあ、でも彼らに噂を払拭できるとは思ってなかったよ。
ただ僕という真実を彼等は知った。
ほんのちょっとでも和らげることが出来るかもとは思った。
悪化しているとは思わなかった。
『夜の槍』とか『夜の槍王』とかもうなんかそういうのしか聞こえない。
ああ、でも身長2メートルのデマで僕だと特定されなくなったか。
いや知っているひとからすればなにそれってなるな。
「それで、にいちゃん。ブレスレット。買っていくかい?」
「あるんですか?」
「造った」
「えっ、ああ、そういえば作品でしたね」
このブレスレット。露天商が造ったものだ。
「そうだ。にいちゃんが沢山買ってくれて需要があると思って造ったんだが……そうはうまくいかねえもんだな。ひとつ1000オーロでどうだ?」
「あるだけ買います」
これからも感謝するひとが出てくるはずだ。
露天商はニッと笑う。
「まいどー」
ありったけ購入する。
露天商は絨毯を丸めて店仕舞いとトランクに入れた。
手に持つかと思いきやなんとトランクを浮かせた。おおっ。
「いやぁー最後に儲けたよ」
「儲かった……?」
最後は閉店サービスでひとつ500オーロになったぞ。
それとラストワンとかいって、こんなものを貰った。
無地の指輪がひとつ入ったケース。まぁこれもただの指輪じゃない。
しかもブレスレットの上位互換だとか。
「売れないよりはマシだ。それじゃあ、にいちゃん。じゃあな」
露天商は高らかに笑ってハイドランジアを出て行った。
後でよくよく思えば、あの露天商。
レガシーを造れるとか只者じゃないよな。
何者だったんだろう。
あれから3週間と5日経った。
街の『グレイトオブラウンズ』の熱も冷めてきていた。
犯罪は激減し、第Ⅰ級探索者も数えるぐらいしか残っていない。
シロさんを見送ったり、アルハザード=アブラミリンを見送ったりした。
チャイブさんも店に戻っていき、ムニエカさんは残った。
その合間にドヴァさんやシェシュさんやビッドさんにブレスレットを渡す。
ビッドさんに発情期とか囁かれ、押し倒されたときはどうしようかと思った。
それとエンスさんや『雷撃の牙』と『剣の剣』に感謝のナイフを渡した。
エンスさん夫妻は『雷撃の牙』のアジトに滞在していた。
もうそろそろ実家に戻るという。
ミネハさんはエミーさんとどうにか仲直り出来たみたいだ。
それには魔女とルリハさんの助けもあった。
ルリハさんはフェアリアルの郷に帰った。長なのでいつまでもここには居られない。
ミネハさんは少し迷ったが帰郷せず残った。
『剣の剣』は一通りの討伐依頼を終えるとセレストさんと一緒に旅立った。
メガディアさんはアガロさんを酔い潰し、意気揚々とキャラバンの護衛に向かう。
南の方を回って王都へ行くと言っていた。
ついでにナーシセスさんも楽しそうだからと彼女に同行する。
ちょっと寂しくなった。
ある日。僕は魔女の手伝いで土のダンジョンへ採掘に行った。
ドッハさんたちと遭遇し、遺跡で古のブリガンダインゴーレムと戦う。
別の日『ケルベロスターン』と一緒に膨れ上がった噂をどうにかしようとして失敗。
そればかりか噂や嘘などを食べるという虚構の魔物ヘルフトゥと戦う羽目になる。
他には魔女の弟子だとバレてスュウさんと決闘。ついにハイヤーン商会が出来たり。
1か月過ぎないうちに色々あった。
まだ『トルクエタム』は戻って来ない。ただ滞在で1か月や2か月は普通だ。
だから心配はしていないけど、寂しい気持ちにはなる。
「ふぅー……いい天気だ」
青い空に白い雲がゆっくりと流れていく。
「今日は平和だなあ」
特にすることもないので中庭の草むしりをしている。
たまにはこういうのもいい。
「あれ、この草。ハーブだ」
しかもポーションの原料だ。ラッキー。
「ナ!」
ダガアは蝶をひたすら追い駆けている。
「おーい。転ぶなよ。おっ、これもハーブだ」
意外にあるものだなぁ。
そんな感じでのんびり草むしりをしていると、何か空から降りて来た。
「なんだ?」
それは真っ白いキラキラと輝く四つの翼をもった大きな鳥だった。
僕の元に華麗に降り立つと、脚を嘴で示す。
そこには筒が括り付けられていて、筒の中には一通の封筒があった。
「これは……」
差出人は不明だ。
受け取ったら用が済んだと鳥は飛び立っていった。
「……誰からだろう」
ちょっと重い封筒を開けると便箋が入っていた。
二つ折りを開く。
『ウォフ。元気か。俺だ。叔父だ』
「叔父さんっ?」
『俺は相変わらずまぁ元気にやっている。ハイドランジアはどうだ? 良くも悪くも暮らすなら辺境にしてはかなりマシな街だ。隠れ家、役に立っているか。食料とか残したかったんだが、おまえが来れるかどうか分からなかった。すまんな。元気でやっていると嬉しい』
「元気にはやっているよ」
『おまえならきっといい探索者になれる。それとレリックはちゃんと使えるようになったか。レリックはおまえの手足だ。縛るようなことせず、ちゃんと使えるようにしろよ』
「分かっている。最近分かってきたよ」
『彼女はできたか? おまえはなんか色々危ないからな……普通に彼女が出来れば、それでいい。それでいいんだが』
「…………」
『そうだ。隠れ家で思い出した。貿易都市ハイゼンを知っているか。あそこもいい街だぞ。なによりも自由だ。まぁ自由すぎるところもあるが、それもそれで持ち味だと俺は思っている。情熱的な出会いもある街だ。熱い夜・熱帯夜に浸れるぞ』
「いったいなにが言いたいんだ。叔父さん」
僕は半分ほど呆れる。貿易都市ハイゼンか。
『そんな貿易都市ハイゼンに俺の隠れ家がある。第2の隠れ家だ。もし暇で気が向いたらでいい。おまえにやるから様子を見に行ってくれないか。その隠れ家には……いやこれは、おまえが実際に見た方がいい。きっと驚く。同封した封筒に地図と鍵が入っている。じゃっ、後は任せた。またいつか会おう』
手紙はここで終わっている。
「第2の隠れ家…………」
封筒の中を確かめると古い鍵と手書きの地図が入っていた。
「マジか」
無意識につぶやいて唖然とする。
自然と見上げる空は青々として太陽が少し眩しかった。
ふと、ミネハさんが見張り塔から僕を呼ぶ。
手を振って応え、僕はとりあえず全部封筒に戻してポーチに入れた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
ありがとうございます。
Season3はここで終了です。




