アヴスドラクドゥの遺跡③
アガロさんたちはリッチの討伐に出掛けた。
リッチ討伐に出たのはアガロさん。ナーシセスさん。スィードさん。ドッカスさん。
ミレースさんは非戦闘員なので留守番。
切り札を殆ど使った僕。
【フェンリル】を使い果たしたジューシイさんは彼女の護衛だ。
ここも完全に安全とはいえない。何か起きてからでは遅い。
それと僕はアレを倒して疲れていると判断された。
ゆっくり休んでいて後は任せろ。ということだった。
アンデッド特攻あるんだけどなあ。
まぁアガロさんたちが負ける未来が見えないから大丈夫だろう。
「…………」
ミレースさんは休憩室。
ジューシイさんはシャワー室。
だから僕は制御ルームでぽつんとひとり考えていた。
終わりが見えてきて疑問がある。
まず盗賊団はどうやってここに入ってきたんだ。
44階は特別階だ。普通の方法では入ってこれない。
そしてソレが封印されたこのアヴスドラクドゥの遺跡。
ダンジョンで再現されたとして、ソレまで再現することが出来るのか。
いいや無理だ。いくらダンジョンでもソレごと再現は無理だ。
そうするとこの遺跡は本物ということになる。
アガロさんは町があることを知らされていない。
ギルドが言い忘れたというのは考えづらい。
44階には元々町は無かったが、なんらかで転移してきたのだろう。
ひょっとしたら盗賊団と一緒に転移してきた可能性がある。
「そうだ。ここにも台座がある」
幸いに誰もいない。さっそく台座のコンソールを操作した。
まずはアーカイブを確認する。
「エネルギー循環の研究施設……? これは」
世界にはプラスとマイナスのエネルギーがある。
プラスのエネルギーは生にして聖にして正。
マイナスのエネルギーは死にして魔にして負。
生命が溢れている世界にはプラスのエネルギーが充満している。
生命が減少している世界にはマイナスのエネルギーが充満している。
プラスとマイナスのエネルギーをうまく循環させないと世界が滅ぶ。
どちらか片方だけに偏っている世界は滅亡寸前の状態。
「しかしだからといって大量虐殺を出来るわけがない。そこでマイナスのエネルギーが溢れる世界からマイナスのエネルギーだけを取り込み、逆にプラスのエネルギーを送り込む……正常な循環を目的とした研究施設か」
とんでもないことをしているなぁ。
最初はうまくいっていたように見えた。だが予想外のことが起きた。
というか、そもそもうまくいくわけがない。
「抽象の実体化。膨大なマイナスのエネルギーが意志を持つ生命体となってしまった。ソレが……『デス・アブストラクト』……以後、研究施設は地上と合わせて巨大な封印都市となった。それでも研究は続けられたのか。同時に実体化したモノをエネルギーに戻す研究もしていたけど、それって生命体を殺すことと同義だよな」
その後のアーカイブで分かっていたけど失敗したみたいだ。
そして……プラスのエネルギーから意志を持つ生命体を造り出し、それを『デス・アブストラクト』にぶつける計画を立ち上げたが、プラスとマイナスによる対消滅が起こる危険性が発生した為、中止された。そのときの予想破壊規模は大陸の半分が消失……うわぁっ、封印し続けるしかないか。
当時のセイホウ教の力を借りたりしたが駄目だったみたいだ。
「ん? 封印劣化における再封印実験の過程で研究主任が『デス・アブストラクト』に取り込まれる。だがその彼女を利用して一種の制御装置が出来た。あー、あの頭部にあった女性の上半身の……エッダだったみたいだな。研究主任の名はルニエリカ=エルドラド……これまた唸ってしまう」
なんともいえない。
エルドラド。ムニエカさんの先祖だよなあ。
そういえば顔立ちも身体つきもどこかムニエカさんに似ていたか。
「美人だったのは確かだ」
苦笑する。
アーカイブは膨大だが、唐突に途切れた。
その数十ぐらい手前から戦争が起きるようなことが書かれていた。
戦争が勃発して滅んだんだろう。
「そういえば研究資料のアーカイブに―――あった。プラスのエネルギーが充満した世界はピークから一気に下がる現象が発生する。その主な原因が戦争。最も残酷だが効果的な手段か」
ただし戦争は劇薬だ。
マイナスのエネルギーが増大し、プラスのエネルギーが減ることもある。
そして正しく循環された世界でも戦争は頻発に起きる。
「……麻薬の常習症状みたいだと」
言い得て妙だけど、辛辣だな。
ふと今の世界はどうなんだろうか。
ハイドランジアに居るとプラスのエネルギーが充満している気がする。
ただしマイナスのエネルギーもそれなりにはある気もする。
でも正しく循環しているとは思えない。
もっとこう何か歪な感じがする。うまく言えない。
「そういえばダンジョンとかレリックとかそういうのについての記述が無いな」
それと魂の器についても無いなあ。
探してみるか。ん? 神の欠片? 剣? 剣は扱えないから興味ないな。
うーん。見つからない。膨大すぎるアーカイブのどっかにあるはずだ。
「ふうぅっ」
探し疲れて台座から離れる。
けっこう捜索したが見つからなかった。もう探す気になれない。
でも重要な情報を得た気がする。
ただしそれが今後。何に役立つか分からない。
「そうだ」
僕はメモリープレートを台座に差し込んだ。
別ウィンドウに『宝』の地図が出る。
それを遺跡のマップと照らし合わせた。
「地下36階。研究棟。研究主任室……」
研究主任……だからエッダの文字なのか。
「な、なにを、し、しているんですか……?」
ミレースさんが台座に立つ僕に対して警戒心を込めた表情をみせる。
僕は誤魔化せないなと思って正直に言った。
「調べものです」
「そ、それを、あ、扱えるんですか……」
「実は、まあ、その以前に扱ったことがありまして」
僕は本名はウォフで魔女の弟子で、偽った理由も説明する。
「な、な、なるほど、ま、魔女の……や、夜王の……」
ジロジロと僕をおどおどしながら髪の隙間から見ている。
やっぱり知っているのか。
「あの、あのあの、さっぱりしました。わん。ありがとうです!」
ジューシイさんがとってもご機嫌に髪を拭きながらやってくる。
「よかったですね。ジューシイさん」
「はい。わんっ」
「え、えと、そ、それで、な、な、なにを、していたの。う、ウォフ殿」
ジューシイさんをちらっと見てからミレースさんは再び尋ねる。
陰キャだから陽キャのジューシイさんが苦手みたいだ。
「色々と調べていて、それでちょっと行きたいところが出来ました」
「あの、あのあの、ウォフ様。どこかに散歩へ行くんです? 散歩です?」
ジューシイさんが耳を立てて尻尾をぶんぶん振って瞳をキラキラさせる。
「そうですね。ちょっと行ってすぐ戻ってきます。だからミレースさんを頼みます」
「あの、わん。はい」
耳を垂れて尻尾が下がって瞳のキラキラが消える。
もう見て分かるくらいガッカリするジューシイさん。
すまない。だけどミレースさんを放っておくわけにはいかないんだ。
そのミレースさんが言った。
「ど、ど、どこに行くか。き、きょ、興味があります……ぁぅ‥…」
「あのあの、ウォフ様。皆で行きましょう!」
「う、うん。わかった」
ふたりに押されて僕は思わず頷いた。




