アヴスドラクドゥの遺跡①
何故か【フェンリル】になっているジューシイさんを抱きとめる。
「あの、ワン。ワン。あの、あのあの、ワン。ワワン。ウォフ様っ!」
「ジューシイさん。どうして? 落ち着いて、落ち着いて」
「ワン。ワン。ワン。ワン。ワワン」
「ダメだ。完全に犬になっている」
顔を舐めないだけましか。足絡めて胸すっごい押し付けてくるのは至福だ。
ん? 【フェンリル】って犬だっけ? まあ、今更か。
「すげぇな。ウォフ。さすがアルヴェルドに勝っただけはある」
「アガロさん……それ一応秘密なのでは?」
「あっ、やべ。まぁ今日だけは勘弁な」
「いいですけど」
いいのかな。まぁ言いふらしたわけじゃないか。
というかあの場にアガロさんも居たんだな。
「いきなり全力全開ね。まあ、相手が相手だから無理ないわね」
ナーシセスさんも無事だった。
アガロさんが尋ねる。
「ありゃいったいなんなんだ。今までで一番死ぬかと思ったぞ」
「詳しくは知らないけど、たぶん。至宝級ね」
「ゲッ、マジか」
やっぱりか。
ナーシセスさんはジューシイさんを見る。
「それにしても、タサン。まさか【フェンリル】だったとはね」
「あの、はい。ワン」
「なんで今吠えたの?」
「ワフ?」
「ナ~」
ダガアがくたっとする。力尽きていた。
ナーシセスさんが拾って抱き抱える。
「平気?」
「ナ~」
「ウォフ。この子。ダメそう」
「しばらく面倒みてくれますか」
「いいわよ。あんた。ナイフになったわね。レリック【武器化】かしら」
「ナ~」
「やっぱり。奇遇ね。うらのレリックのひとつも【武器化】なのよ」
なるほど。【バニッシュ】を【武器化】で武器にしていたのか。
本来の【武器化】ってそういう使い方をするレリックなのかな。
「ウォフ。もう町は安全なのか」
「ちょっと確認してみます」
レリック【危機判別】を使う。
赤い点がいくつか。黒はない。
「敵が居ます。でも死の危険はないですね」
「敵がまだいるのか」
「ちらほらと点在しています」
「たぶん。ゾンビよ」
そんな感じがする。
しかしジューシイさんが【フェンリル】のまま僕に抱き着いている。
それなのに誰も何もそのことには言及しないな。
ひょっとして2人には真っ白い大きな犬にしか見えてないのか。
「あのあの、ウォフ様。くすぐったいです」
「あっごめん」
無意識にジューシイさんの頭や耳を撫でていた。
止めるとジューシイさんがクゥーンと鳴く。
「あのあの、気持ちいいです。だからやめないで」
「おーい。ふたりとも、そういうのは夜でやれ」
「あっ、はい」
いや、はいじゃない。
「行くわよ。町の探索よ!」
「ジューシイさん。行こう」
「あの、はい。わかりました」
名残惜しそうにジューシイさんは離れた。
僕もちょっぴり寂しく思った。
町は全て無人で全部を探索したわけじゃないが、中身が無かった。
敵はゾンビだけで、倒すのに苦労はしなかった。
そのゾンビも探している3人じゃなくホッとする。
「それにしても変な町ね」
「そうだな。細長い建物ばかりだ」
「あのあの、塔も屋敷もお城もありません」
「そうだよなあ」
「教会や神殿も無いわ」
「……」
町はビル群だった。
前世の記憶にあるマンハッタンとかトウキョウとかそういうのに近い。
ただしあまりにも朽ちていた。
窓ガラスも無く穴が沢山開いた変な建物にしか見えない。
内部は中途半端な再現のせいかそれとも朽ち果てたのか、調度品が無い。
道路もひび割れて歩きづらい。
益々出来損ないのオープンワールドみたいだ。
静かで僕たちの声だけが木霊する。
風の音もない。
まるでこのビル群が墓標みたいだ。墓場の町か。
だからあんなのが居たのかも知れない。
いやでも、僕は【フォーチューンの輪】を使った。
紫の光の地点は―――そのとき【ジェネラス】が解ける。
これで僕は【ジェネラス】の代償として1日のクールタイム。
更に【レーヴフォーム】の1週間のクールタイムに入った。
つまり切り札は出し尽くした。
「ところでジューシイさんはどうして【フェンリル】になっているんですか」
「あのあの、なったほうがいいと思ってなりました」
何か野生の本能的な感じかな。
確かに普通のままだったら死んでいたかも知れない。
「なんだか、見た目だけでなにもないわね」
「…………そうだな」
ナーシセスさんはつまらなそうで、アガロさんはガッカリしている。
3人がもう生きていない可能性が出てきた。
さっきのソレに襲われたら死体も残らない。
だが僕のレリック【フォーチューンの輪】は紫の光の柱を映す。
それは……この先にある…………巨大な裂け目からだった。
「うわっ、なにこれ」
「深いな……」
しかも隆起している。何かが地下から這い出てぶちやぶった。
そこまで考えて思い当たる。ひょっとして。
「あのあの、何か見えます」
「なんだ」
僕は光球を割け目に降ろした。
右横に扉がある。
「おい。あそこから入れそうだぞ」
「アガロさんっ!?」
「ちょっと、『滅剣』っ!」
扉を照らすとアガロさんが飛び降り、ナーシセスさんが続く。
そしてジューシイさん。僕たけが残った。
「よくそんな簡単に降りられるなぁ」
僕は普通の人間だ。【レーヴムーヴ】を使い果たして扉に着く。
パルクールと曲芸を合わせた跳躍移動。
どんどん使える札が消えていくと苦笑いが自然と浮かぶ。
扉の先は通路だった。無機質で近代的で非常灯が生きている。
そして紫の光はもっと下からだ。
「なんなんだ、ここは」
「知らないわよ」
「あのあの、わん。あっ」
ジューシイさんの【フェンリル】が解けた。
「なんで今吠えたの?」
「わふ?」
「ウォフ。敵は?」
「———今のところ、敵はいません」
反応なし。
通路の先には等間隔に閉じられたドアがあった。
どうやっても開かない。たぶん動力が通っていないんだろう。
「この向こうに何かあるかも知れないのに」
ナーシセスさんが悔しそうに言う。
安心してくれ。それはない。【フォーチューンの輪】に反応が無い。
紫の光だけだ。すると、ジューシイさんがこそっと僕に耳打ちする。
「あのあの、ウォフ様」
「なんです?」
「あの、なにもないんです?」
「はい。反応はひとつだけ。この真下です」
ジューシイさんは【フォーチューンの輪】を知っている。
僕がふたりに話さなかったから、こうして小声で聞いてきた。
話さない理由は、ナーシセスさんが調子に乗りそうだったから。
まぁでもアガロさんに気を使って宝とか言わなくなったのには気付いていた。
通路を非常灯と光球頼りに進む。一本道じゃなくいくつか分岐点があった。
降りる階段を見つけて下る。また通路だ。
途中で今にも開きそうな壊れたドアがあった。よく見ると歪んでいる。
ドアの隙間に『柄が質素で真っ直ぐした両刃ナイフ』を差し込んだ。
いくつか試して太さ的にこれがピッタリだった。
ナイフの柄を強く掴んで動かす。
「えいやぁっ!」
ドア全体が揺れた。
「でぇいいぃっっ!!」
ドア全体が動いた。これはいけそうだ。
「どりぃああぁぁっっっ!!!」
力を込めるとドア全体が激しく揺れて、よし、このままいったれえぇぇっ。
「よいっしょっとおぉぉぉっっっっ!!!!」
ボキっという音と共にドアが外れた。ガタンっと落ちる。
ナイフの刃と共に。
「…………」
カツン、カランと折れた刃が落ちる。
まあ、そんな気はした。そんな気はしていたんだ。
アガロさんがすまなそうにする。
「なんか悪いな」
「いえ」
「案外、脆いのね」
「そうですね」
所詮は戦利品か。
「あのあの、あの、ウォフ様。あたくしが新しいナイフ。買ってあげます!」
「ありがとう。でもまだありますから。お気持ちはありがとう」
その気持ちだけで充分。買って貰ったナイフを折ったら申し訳ない。
購入したナイフを折ったときでも胃が痛くなるんだ。
という感じで僕たちは部屋で休憩する。
部屋の中は机があるぐらいで他は何も無かった。
アガロさんが絨毯を取り出して敷く。
僕が干し肉の塊を出し、簡易な調理器具で豆のスープをつくる。
それを木の器に入れて配る。
それとひとりにひとつずつ小瓶を渡した。
中身は毎度おなじみのエリクサーだ。
「なあにこれ」
「回復薬です」
「ふーん。貰っておくわ」
アガロさんが複雑な表情をみせる。
「……俺、まだ前に貰ったやつがあるんだが」
「あのあの、あの、あたくし。これで三つ目です……」
「そうでしたっけ?」
片っ端から配っているので覚えていない。
なにせ小瓶は雑貨屋で安く大量に入る。
エリクサーは元出がゼロだ。まだポーチに沢山ある。
そうだな。ちょっと思った。戻ったらポーチの中身を整理しようかな。
「まぁ、貰うけどよ」
「あのあの、あの、ありがとうございます」
何本あってもいいものですからね。
そして『三日月の器』でつくったハーブティーを配る。
ハーブティーだけど魔女みたいなやつじゃない。ちゃんとしたやつだ。
心が落ち着くのを調合してみた。
「悪くねえな……」
「こういうのもいいものね」
「あのあの、心が暖かくなります。ホシホシ。ホシホシ。ホシホシホシ」
ジューシイさんはまた干し肉の塊を2本食べた。3本目はもちろん駄目です。
ナーシセスさんは干し肉を何枚か豆のスープに入れて食べていた。
まさかの裏ワザ。美味しいのかな。
「おいしい?」
「ナ~!」
「ゆっくり食べなさい」
チビチビッとダガアに食べさせている姿は乳幼児に離乳食をあげているようだ。
意外な姿だけど似合ってもいた。食べて飲んで、疲労が減る。
休憩が終わると通路を行く。
降りる階段を見つけ、更にエレベーターがあった。
もちろん。乗り込む。
開ボタンから最下層のボタンを押し、閉ボタン。
エレベーターが動く。到着してドアが開くと通路だった。
僕たちはうんざりする。
だが変化があった。
「えっ、赤い点が三つ。エレベーターに近付いてきます!」
「なに」
「あのあの、わん」
「やっとね。ん。なんで今吠えたの?」
「わふ?」
僕たちは武器を手にして構え、ゆっくりと警戒しながら歩む。
それにしても妙だと僕は思う。
この三つの赤い点。ゾンビにしては整った接近だ。
ゾンビの場合は徘徊するからバラバラに動く。
サハギンかと思ったが、サハギンならギャパギャパと鳴く。
じゃあ、なんなんだ。変な緊張感をもつ。
通路の曲がり角で、接敵した。
先手を取ったのはアガロさんだ。フレイムタンを振るう。
「ぜぇぁっ!」
「うおっ!?」
ん? アガロさんの剣撃を受け止めたのは槍の柄だった。
そして長柄を両手で持っているのは男の探索者。
見た感じゾンビじゃない。生身だ。ということは?
「お、おまえ……スィード!?」
「アガロ……っ!?」
そのまま互いに心底驚いた顔をしていた。
まさかの生存者だった。
生きていたんだ。




