即席狼団Ⅱ⑥
43階の城の正反対にある祠が次の階下の入り口だ。
しかしそこを使って行けるのは45階。
44階は限られた者しか入ることが出来ない。
そしてその入り口は城の地下にあった。
「この扉だ」
地下2階の通路の奥まったところに鉄の扉があった。
アガロさんが鍵穴にあの鍵を差し込むと、重い音をたてて扉が開く。
暗い通路に光球を飛ばして明かりにする。
僕は【危機判別】を使う。敵は居ない。
「そんなに長い通路じゃないらしいぞ」
「そうなんですか」
「ああ、そして44階に降りたら、制御ルームっていう遺跡の中心部に着くらしい」
「そんなに近いんですか」
「おまえ。昇降機って知っているか」
「エレベーターですか」
「エレ? 昇降機だぞ」
「あ、ああ、はい。知っていますよ。なるほど。それで降りるんですね」
「そうだ。ただボタンがあるとかで」
「ありますね」
「こういうの苦手なんだよなあ」
「良かったら僕が操作しましょうか」
「マジか。悪いな」
「そういうの得意なんですよ」
ちらっと後ろを見る。
「ねえ。それずっと見ているわね」
「ナ?」
「青いリボン? そういえば昨日はしていなかったわ」
「あの、あのあの、あの、わん」
「なんで今吠えたの?」
「わふ?」
ダガアとナーシセスさんはさっきからジューシイさんに構っている。
ジューシイさんは何故かツヤツヤしていつも以上に元気な気がする。
よほどブレスレットが珍しいのか。まぁ色々と怪しいモノなのは確かだ。
地上に戻ったらあの露天商がまだ居るか一応探すことにしている。
ブレスレットを渡したら必ずキスされている。
いくら彼女達がお礼といってもそこまでするはずがない。
ブレスレットがレガシーかレジェンダリーか。何かあるに違いない。
違いないけれど害があるわけじゃない。
もし害があるなら【危機判別】がすぐさま反応している。
しかしブレスレットは赤くも黒くもならない。
だから感謝の証として渡すのは問題なさそうだ。
お礼にキスされるだけで。
なお最初はエンスさんとかに渡そうか思ったけど、もう女性にしかあげられない。
余るくらい買ったので、もう知り合いの女性全員に渡そうかなと思っている。
お礼にキスされるのも悪くない。そう悪くない。
そしてエレベーターの前に着いた。
ああ、間違いなくエレベーターだ。開閉ボタンを押す。
「うぉっ、開いた」
「中は狭いわ」
「全員、乗りましたか」
「あの、わん」
「なんで今吠えたの?」
「わふ?」
「ナ?」
「せめぇな」
全員乗ったな。よし。ドアを閉めて44階を押す。
他にも階はあるが、たぶん44階にしか反応しないだろう。
扉が閉まってエレベーターが動く。
すぐにきた。下降することによる独特な酔い。
妙な懐かしさを感じた。
「なに、ぐにぃーって気持ち悪いぃ……」
「あの、クラってします」
女性陣は弱いみたいだ。
「ナ?」
「おいおい。大丈夫か。ふたりとも」
「アガロさんは平気なんですね」
「まあな。おまえも平気そうだな」
「まあ」
チンっと古風的な鈴の音がして44階に着いた。
44階。
水の音が聞こえる。すぐ横に白い壁に黒いガラスドア。
ここが制御ルームだろう。ドアを開けると、広い部屋に台座があった。
僕は台座に立ってコンソールを操作する。
「どうだ?」
「エラー……異常は無いみたいですね」
これでハイドランジアの水は守られた。
「後はあいつらか」
「ねえ、宝の場所。行ってみましょっ!」
「そうだなぁ……」
「ウォフ。書き写していたわよね」
「ありますよ」
ポーチからメモを取り出す。
あっそうだ。メモリースティックを台座にセットする。
別のウィンドウが現れて地図が映し出された。
地図なのは分かるけど、判るけど、わかりづらい。
というかどこなのかよく分からない。
僕はコンソールを操作する。文字は読める。
『項目』から『設定』で、いや『検索』があるな。
これで『マップ』と『アヴスドラクドゥの遺跡』……おっ出た。
ここから出て……なんだろうこの……メモするか。
「しっかしウォフ。よくそんなの動かせるよな」
「魔女に習いました」
「なるほど」
「あの魔女。そんなことまで出来るのね」
わからん。でも出来るかも。
「あのあの、魔女は凄いです」
「ナ!」
「悔しいけど魔女は偉いわ」
「それはそう。あっ」
「どうした」
「一か所だけ水量が減っていたので調整しました」
「調整……すまねえな」
「これでよし」
改めて確認。他は特に変なところは無かった。
全ウインドウを閉じて台座から離れる。
アガロさんが眼帯を軽く掻いて言った。
「一応、この遺跡も探索しようと思う」
「別にいいわよ」
「あのあの、はい。探します!」
「わかりました」
僕たちは制御ルームを出て突き当りの階段を降りる。
降りた先ですぐ僕は【危機判別】をした。
赤い点が3つ出る。
「この先に敵です」
僕たちは武器を構える。
降りた先は複雑に通路があり合間に小部屋があった。
どれも黒いガラスドアで、いくつか通路と部屋が崩れている。
行った先の曲がり角にある部屋に赤い点が3つ。ウロウロしている。
敵がいるドアは堅く閉じられていた。
放っておいても良さそうだが、アガロさんはこの先に居るかも知れないと言った。
その可能性もあったので入ることにした。
ドアは破壊可能だ。アガロさんが壊して、全員で一気に入る。
そこに居たのは探索者のゾンビだった。
3人ともゾンビだ。
「マジか…………」
アガロさんはショックを受けたようにつぶやいた。
その様子で僕たちは察する。
ゾンビは捜索していた探索者たちだと。
ナーシセスさんが尋ねた。
「『滅剣』……どうするの」
「やるさ。このままにはしておけねえ」
「そうね」
アガロさんはフレイムタンを抜いた。
「悪い。ひとりでやらせてくれるか」
僕たちに反論は無かった。
アガロさんはフレイムタンに黒い炎を宿した。
ひとりずつ丁寧に滅却する。
それぞれ遺品となるモノと探索者タグを手にする。
アガロさんは呟いた。
「足りねえ」
「え?」
「『タルタロスの蓋』は5人だ。それに点検員を合わせて6人」
「3人足りないわね」
「あのあの、その3人は生きているかも知れません!」
「もしくは別の場所で……なっているかもな」
「アガロさん。行きましょう」
「ああ……」
アガロさんは意気消沈していた。
無理もない。知り合いがゾンビになっていたなんて。
アガロさんは僕以上にこういうことに慣れているだろう。
それでもショックはある。割り切れないこともある。
僕の前世の記憶にもそういうのが沢山あった。
親しい人がもしゾンビになったら……アガロさんみたいに出来るだろうか。
ここには【危機判別】に反応が無かったので次のフロアへ。
次のフロアも同じような造りになっていた。
【危機判別】をしたけど反応なし。
階段を降りる。
次のフロアもきっと同じだろう。そう思っていたが。
「水浸しじゃねえか」
「あのあの、臭いです!」
「変な臭いがするわね」
「ナ!」
「これは魚か」
「……」
【危機判別】を使う。赤い点が無数ある。
『ギョプギョパッッ!』
『ギョプラパギョパー!』
『ギョプギョプラーッ!!』
『ギョプゥーギョプギョプッ!!』
サハギンどもだ。僕たちに気付いたのか次から次へと集まってくる。
だけどまあ雑魚は雑魚だ。
何十匹。いいや何百匹集まっても負ける気がしない。
それに今のアガロさんは無敵だ。
あっと言う間にサハギンを残らず殲滅してこの遺跡から出る。
外から見える光景は青黒かった。
まず滝だ。ナイアガラのような瀑布があり、絶景だ。
その滝壺近くに町らしきモノが見えた。
おそらく廃墟だ。
それ以外は何もなくグルリと岩肌の青い壁が続いていた。
44階はそれだけ。
僕は【危機判別】と、【フォーチューンの輪】を併用した。
【フォーチューンの輪】を使ったのは、あの町を見たとき何か感じたからだ。
まず周囲に敵はいない。
もうひとつは―――息を呑んだ。
「っ!?」
戦慄する。
廃墟の町から黒く紫の光が立ち上っていた。




