即席狼団Ⅱ④
41階。
ここには水のダンジョンのような川があって、サハギンがやはり大群で襲ってきた。
でもいくら束になっても雑魚は雑魚。僕たちの敵ではない。
「なんだか魚が食べたくなってきたわ」
アガロさんの滅却で焼けたサハギンの死体の山を見てナーシセスさんは呟いた。
「あの、わん。はい。食べたくなってきます!」
「そうよね。なんで今吠えたの?」
「わふ?」
「これ見てよく言えるな……」
アガロさんは呆れる。僕もそう思う。
焼けたサハギンの死体の山を見て焼き魚食べたいとか凄いな。
ナーシセスさんは僕たちに言った。
「ウォフ。『滅剣』。うらは美味しい焼き魚が食べたいわ」
「あのあの、あの、お腹が空いてきました」
「空いてきたって言われてもなあ」
「でも確かに」
僕もお腹が空いた。戦闘は激しい運動だ。カロリーを多く消費する。
するとジューシイさんが犬耳をピンっと立てて尻尾を風が吹くほど振り回し始めた。
瞳を昼間なのに夜空のようにキラキラさせて僕に近付き、上目遣いをする。
「な、なんですか。ジューシイさん?」
「あのあの、あの、ウォフ様! 干し肉はあります?」
「ありますよ。でも魚が食べたいのでは?」
「あのあの、あのあの、わん。わわんっ! あたくしは干し肉が食べたいです!」
「わ、わかりました。わかりましたっ」
服を引っ張ってくっついてきたので、僕はポーチから包んだ干し肉の塊を取り出す。
薄ピンク色に艶めいた片手サイズの肉の塊。
包みを取ってナイフで切ろうしたらそのままでいいですと言われて渡す。
「わん。ありがとうです! わんわん。ホシホシ。ホシホシ。ホシホシホシホシっ」
しゃがんで両手で干し肉の塊を持ってがぶりつくジューシイさん。
侯爵令嬢の食べ方じゃない……ちなみにダガアはナイフになって寝ている。
いつものことだけど自由だな。
ナーシセスさんが興味津々と聞いてきた。
「ホシホシってなに? ウォフ。干し肉あるの?」
「まだありますよ。食べます? あっでも焼き魚のほうが」
「食べるわ」
魚はどうなったんだ。僕は包んだ干し肉の塊を出す。
さすがに塊ごと欲しいとは言わないのでナイフで切る。
切ったモノをナーシセスさんに渡した。
「おっ、うまそうだな」
「食べます?」
「ああ、悪いな」
アガロさんに干し肉の塊を渡した。これで3本だが。
まだある。まだまだあるぞ。
干し肉づくりはライフワークだから欠かせたことはない。
ポーチの中は結構入るのにストックは充分だ。
だからジューシイさん。実家の犬みたいな、もうないのという悲しい顔やめてね。
とても侯爵令嬢がしていい顔じゃない……ほら新しい干し肉の塊だよ。
「あの、わん。わんわん。おかわりわんっ! ホシホシ。ホシホシホシホシ」
おかわりわんって。
ナーシセスさんが唸っている。なんだ。
「悔しいけど美味しいわね。ちょっと待って。今おかわりわんって言った?」
「ホシホシ。ホシホシ。ホシホシ。わふ?」
「ウォフ。これ前に食べたやつより美味いぞ」
「それはそれは、日々研究を重ねていますからねえ」
思わず魔女口調になる。ただ今はちょっと停滞中。
桜の木のチップが欲しいんだよなあ。
どっかに桜の木が無いかな。ダンジョンにありそうだけどなぁ。
「酒が欲しくなる……」
「そうね」
うんうんっと同意するけどナーシセスさんお酒飲んでいいのかな。
アガロさんもそう思ったらしい。
「待て待て。おまえ。未成年だろ」
「失礼ね。24よ!」
「マジか!?」
「ホント!?」
「わん!?」
僕たちは驚いた。24歳ってウソだろ。
「失礼な連中ね」
そう言われても……そして気付いた。
ジューシイさん。もう食べ終わっていた。
おかわり欲しそうな顔をしたけど、さすがに3本は身体に良くない。
お茶をあげてモチモチの白パン豆で我慢してもらった。
休憩後、42階へ。
42階は森だった。
そこに真っ白い身体に黒い顔の半分以上を占める一つ目をした犬が群れでいて。
「うおあぉぉっぉぉっっ!」
「【ファイアボール】っ! 【ファイアボール】っ! 【ファイアボール】っ!」
「サハギンに! ゾンビに! しかもイチガンドッグだとっ!?」
探索者のパーティーがその奇怪な犬魔物の群れと戦っていた。
剣と盾を持った狼人種の少年。槍を持った男性。杖を持ったエルフの女性。
男2人で女1人。まるでドリカ……善戦していた。
「ああ、この辺イチガンドッグの庭か」
「あのあの、あの、イチガンドッグってどんな魔物です?」
「銀等級中位の魔物だ。レリック【ビーム】を持っている」
「それって眼から放つんですね」
「そうだ。よく知っているな」
「放てそうなところがそれぐらいしかないですから」
「あの、あのあの、さすがウォフ様です!」
「変な犬ね」
まったくだ。目からビームを放つ犬ってなんだよ。
「魔物だからな」
「あっ放ちました」
イチガンドッグの黒い一つ目から一筋の閃光が撃たれた。
それを少年は盾で完全に受ける。
凄いな。あの盾。丸く小さな鉄の盾っぽいけど、よく受けられたな。
ひょっとしてレリックか。あと少年といっても僕より年上だ。
黒髪に緑目。血気盛んな感じ。たぶん16歳かな。
「うーん。アガロさん。どうします?」
すぐに助けに行かないのは判断が難しいからだ。
依頼でイチガンドッグの討伐なら獲物の横取りと思われるときもある。
その辺の見極めが難しいので僕たちは見守っていた。
「連中。戦えてはいるがイチガンドッグの数が多いな」
「『滅剣』。彼等、押されそうよ。どうするの」
イチガンドッグが一斉に【ビーム】を斉射したら彼らに勝ち目はない。
アガロさんは決めた。
「行くぞ。死なれたら酒酔いが悪い」
寝覚めじゃないのか。それを聞いたナーシセスさんが喜々として猛ダッシュする。
【バニッシュ】を長柄の両刃斧にしてイチガンドッグの頭をかち割った。
「うえぇっ?」
割った後、ナーシセスさんは変な声を出した。どうしたんだ。
「だ、だれだっ?」
「えっ、うそ。紫の髪と瞳……『ジェネラスの再来』!?」
「あっちにいるのは『滅剣』のアガロっ!?」
探索者たちが口々に言う。
さすが第Ⅰ級探索者。有名だなぁ。
「しかもあれは『トルクエタム』の雇い仔!?」
槍の男性が言った。ジューシイさんも結構、知られているのか。
まあ僕は第Ⅴ級の探索者。一部界隈で不本意だが有名だけど、一般的には無名だ。
これが普通だ。うん。これでいい。
「【バニッシュ】」
イチガンドッグの目から【ビーム】を【バニッシュ】で相殺。
戸惑うイチガンドッグを『木閃』で貫いた。
「うげっ」
思わず奇声が出た。まるでヌルヌルしたウナギを刺したような変な感触がした。
ああ、だからナーシセスさんは変な声を出したのか。
「わぉんっ!?」
ジューシイさんも変な声じゃなく変に吠えた。
まったくなんなんだ、このぐにゃりとした妙な触り。
そのイチガンドッグが三匹並んで【ビーム】を放った。
狙われているのはドリカ……探索者の3人だ。
「しゃらくせえぇっっ」
アガロさんがフレイムタンを振る。【滅】の青黒い炎が拡がって【ビーム】を消す。
すると何故か3匹は僕の方に向かってきた。
真正面から思いっきり【ビーム】を放つ。
渾身で放ったのだろう。3匹のビームが合わさったそれは【ごん太ビーム】だった。
なんてもん放つんだよ。まったく。
「【レーヴ・ムーヴ】」
思い描く夢のような———『木閃』を構えて腕を引いて一気に突く。
僕は【ごん太ビーム】を『木閃』で真ん中から突き裂いた。
その勢いで3匹のイチガンドッグを薙いだように貫通させて切断する。
うん。感触が気持ち悪い! しかも3倍!
残りのイチガンドッグは敵わないと思ったのか逃げだした。
逃げ足は速く、森で追うのも面倒なのでやめた。
「あのぶっとい【ビーム】を突き貫いたっ!?」
「おいおい。ウソだろ。ありゃあ極技じゃねえか。何者だ。あの少年」
「ただの雇い仔じゃないわっ」
「一応、第Ⅴ級探索者です」
「おっと、失礼。そうなのか」
「そうだったのか……」
「ごめんなさい。そうなのね」
「はい。そうなんです。それで僕の名はウ」
自然に自己紹介に入ろうとすると。
「あのあの、わん。わわん。さすがウォフ様!」
「やるじゃない。ウォフ。なんで今吠えたの?」
「わふ?」
「やるなぁ。ウォフ」
自己紹介する前に僕の名前が伝わる。しょうがないなあ。
苦笑すると瞬間、探索者3人の眼の色が変わって僕を見た。
わなわなと震えて僕を凝視する。えっなに。
「ウォフ!? ウォフってあのウォフ!? あの『夜の攻略王』……っ! 道理で強いわけだ……実在していたのか……」
「あの『難攻不落』を堕としたっていうあの『夜の挑戦王』ウォフかっ! 道理で納得したぜ! 実在していたのかよ……」
「あの魔女の弟子で『トルクエタム』と親しく、というかあの3人を篭絡させた『夜王』……にして『レッドルームの王』……いま噂されているハイドランジアで一度は抱かれたい男———それが、こ、こんな少年が……ウォフ。実在していたのね……」
彼等は口々にまるで化け物に遭遇したかの如く驚愕するように言った。
「………………」
あはっ、あはっはははははははははははははははっっっ!!!
はぁーはっはははははははははははっっっっ!!!!
あはあぁっはっははははははははははははっっっっっ!!!!!
あーはっははははははははははははははははははっっっっっっ!!!!!!
ふう。
あー。
とりあえず全部に王を付けるのやめようか。




